無題〜中編〜
他方自称悪のアレクと生粋の悪人フェル。 彼らはラ・ターシュ家のお茶会からの帰り道、たわいもない話をしながら丘を下っていた。
アレク「やはりあの家の紅茶はうまいな。茶葉の質が違うのか、はたまた
煎れる者の腕の差か……」
フェル「どーもすいませんね。僕、そういうのって苦手なんですよ。
…あれ、なんかいい香り…」
ヘカテ「会社からのようですね。確か、誰もいないはずですが」
フェル「料理作って待ってる侵入者、なんて心当たり、ありませんよね?
アンリエット、なんてことはあるはずないし」
アレク「ない…か(;_;)」
3人は玄関を抜け、周囲を確認しつつ普段使わないキッチンの方へ向かう。
アレクが扉を開けようドアノブに手を掛けたがそれは開かない。
どうやら内側から鍵が掛けられているらしい。
フェル「一応僕が前にいますから。危ないと思ったらすぐ逃げてくださいね
…たぶん、大丈夫だと思いますけど(^^;」
アレク「うむ、襲われるようなことはしていないしな」
ヘカテ「それは悪を自称する者としては情けないことでは(^^;」
軽い足音が急ぎ足でドアに近づき、それがドアの向こう側で止まる。
万一に備え身構えたフェルは、アレクの方を振り返り彼の様子を伺った。 アレクは物騒な事は無いだろうと楽観し、何が出てくるかを楽しみ事のように見ていた。
フェルは小さく溜め息をつくと再びドアの方を向く。 内鍵を開ける音が響き、すぐにドアは開かれた。
翼「お帰りなさい」
アレク「!?」
アレクは予想だにしていなかった少女の出現に当惑している。
アレク「……誰、だ?(^^;」
ヘカテ「日比野翼嬢でございますね。悪徳商人之介に狙われた」
フェル「……何やってんの、君」
翼「何って…」
アレク「なるほど…言うな、翼よ。私には全てわかっている。
お前は私の悪に共感し、そして今日我が元へとやってきた……
そうだろう?」
ヘカテ「確かにつじつまは合わなくはありませんが……(^^;」
翼はやや頬を赤らめてアレクの前に立っている。 そんな彼女を上から下まで入念に観察している者が居る…フェルだ。彼は翼を招かざる来訪者として受け止めた。
翼「この前私を助けてくれるって聞いた物で…それで今日はお礼に料理を
作りにやってきました…」
アレク「ほう……お前の真心のこもった料理、ありがたく貰おうではないか」
こうして3人と一人は食堂に向かう。 途中翼は準備をしていた料理などを運ぶために台所の方に向かい嬉々とした様子でその作業をこなしている。 その後に何故かフェルが付いて歩く、彼は翼を冷徹な視線で監視している。
程なくしてテーブルに料理が並び、おいしそうな香りが辺りに満ちる。 2、3度頷き嬉しそうな表情で上座に座るアレク、それを苦々しげに一瞥し相変わらずの視線を翼に送るフェル。 そうして少々うつむき加減で翼がテーブルに着いた。
アレク「ではいただくとしよ……」
フェル「ちょっと待ってください、毒でも入ってたらどうするんですか!
そもそも何の連絡もなしにこんな所に来ること自体、不自然だと思いま
せんか?」
フェルは翼の方を見て相変わらずの冷たい言葉を投げつける。
フェル「まず君から食べたら?」
アレク「何を言うのだ……我が理想を共に追い求めんとする少女の気持ち、
そのように疑ってはいかん!」
アレクは何事もなかったようにスプーンでシチューをすくい、口元に運ぼうとしたときフェルの左手がアレクの右手をはじき飛ばした。 スプーンとスプーンにすくわれていた内容物が後ろの壁にはじき飛ばされ、シチューは無惨に飛び散りスプーンは明後日の方向に飛んでいった。 アレクと翼はおどろきの表情を浮かべる。
そんなアレクを無視しフェルは翼に言い放つ。
フェル「さあ、食べなよ。まさか食べられないなんてこと、ないよね?」
翼「えっ? ええ…」」
怖ず怖ずとフェルの方を伺いながら翼はシチューを口に運ぶ。
フェル「とりあえずは大丈夫みたいだね…だけど、僕は君のことなんて信用
しないよ。お礼だかなんだか知らないけど、食事が終わったら出てっ
てくれ」
ヘカテ「……言い過ぎですよ、フェル」
フェル「どうしてこんな子のこと、すぐ信じちゃえるんだろ。考えられないよ…」
フェルは黙って椅子から立ち上がるとテーブルから少し離れた位置にある
別の椅子に腰掛けた。 相変わらずな視線を翼に投げつけている。
気まずい雰囲気を感じたアレクは翼に声を掛ける。
アレク「すまないな、翼。フェルの言うことなど気にするな。
しかし…普段はあんな風ではないのだが…」
翼「ええ…大丈夫です」
あえて翼は笑顔を作った。 内心はまた別だがアレクの前で悲しい顔など出来ないから。 その後は概ね和やかに食事は進んだ、翼は光がお茶が好きなこと、メカニックの主任の髪型がカニみたいに見えるなど、アレクはラ・ターシュ家に仕える爺の入れるお茶が美味しい話や、アンは誤解されやすいが、根は優しいいい子だと…翼はアレクがアンの話をしている時、彼の目が優しい光を湛えて居るのを特に気にも止めなかった。
|