Bother to me... (後編)
 頭に少しだけ鈍い痛みを覚えながら目を開けると、いつもとは違う天井が見えた。見慣れた天井ではあるがどことなく違う気がする。
『あら、弥生ちゃん目が覚めたのね?』
 すぐ側でやさしく私を気遣う声が聞こえた。顔だけを声がした方へ向けるとそこには唐之杜さんがいた。


 なぜココに彼女がいるのだろう?
 今の私は色相レベルを安全な数値まで下げる為の更正施設にいるはずなのに…。施設に唐之杜さんはいなかったはずだし、唐之杜…分析官…公安…執行官…
「そうだ!私あっつ…」
 やっと今いる現状を把握し勢いよく体を起こしたはいいが、頭の痛みが増し体もふらついてしまった。
『こーら、まだ急に体おこしちゃダメよ〜。当たる直前に弱めたとは言え一応頭蹴られたんだから、もう少し横になっておきなさい』
 そう言いながら唐之杜さんはふらついた私の体を支えつつまたベットに横たえてくれた。ここは更正施設などではなく公安内局にある医務室、唐之杜さんは分析官だが医師免許も持っているので、執行官の健康管理も行っていた事をやっと思い出してきた。



「あの…唐之杜分析官、私は一体」
 少し自分の状況が分かってきたのは良いが、何故自分がここにいるのかが分からない。
『ん〜?やっぱり覚えてないのね?あなた佐々山くんと模擬戦して頭を蹴られたのよ』
 少し呆れた感じで唐之杜さんはそう説明してくれた。
 佐々山に頭を蹴られた…?模擬戦をしていたことは覚えているがどう蹴られたのかはまるっきり覚えていなかった。
『こういっちゃ何だけど、佐々山くんって結構強いのよ?本人は人前ではあまり努力とかは見せたがらないけどね。影では相当頑張っているみたいなのよ。だからあんまり甘く見ちゃダメよ。わかった?』
 子供をあやす様な口調で私にそう言いながら頭を撫でてくれる唐之杜さんに心がざわつく。
「…っ」
 この感覚は少し前にも感じた気がした瞬間思い出した。佐々山との模擬戦闘中、私は二人の事を考えていた。何故モヤモヤしていたのか何故イラついていたのかを、そしてその理由を理解したのだった。



「はぁ〜、その時に隙が出来たんでしょうね」
 自分の手で顔を覆い隠し自嘲気味にそう呟いた。
『佐々山くんが言っていたわよ?途中からなんか上の空だったって』
 まだ私の頭を撫でていた唐之杜さんはその手を離し、愛用のタバコを箱から取り出し吸い始めた。私が起きるまで吸うのを控えてくれていたのだろう。タバコを持っていない反対の手で顔を覆い隠していたのをゆっくり退られ、まっすぐ私の目をみつめながらやんわりとした口調で、だがしかし手厳しい言葉を掛けられた。
『安全な場所にいる分析官の私が言うのも何だけど、模擬戦とは言え対峙している最中に他の事に気を取られるのは頂けないわね。あなた執行官なのだから現場では即命取りになるわよ?』
 口調はやさしいが目が笑っていない。
『それともまだ例の事で悩んでいるのかしら?』
 手を離し口腔内に溜めた紫煙を吐きながら唐之杜さんはゆっくりと話を進める。いつものおどけた態度だが、やはりまだ目は笑っていなかった。
『そらまぁ衝撃だったでしょうけど、元カノなんだしぃ…あんなにも曝け出せる相手なのだからあなたにとって  大切な人だったんでしょう。潜在犯になってしまったから会うのも難しいでしょうけど…』
 そこまで言われてふと気づいた。私が隙を作ってしまったのはリナが送ってきた映像の事でも、ましてやリナに会いたいから悩んでいたからでもなく、今私がココにいる原因を作ったのは紛れもなく目の前にいる唐之杜志恩さんだった事を。



『弥生ちゃん…大丈夫?またぼうっとしてたみたいだけど。もしかして思い出させちゃったかしら?ダメね〜やっぱり私にこの手の説教は無理だわ』
 ベッドから起き上がりまだ一人何か言っている唐之杜さんに向かって質問をしてみた。
「唐之杜分析官の事で悩んでいるとは思わないのですか?例の映像見られたのだし、ましてやその流れで体の関係も持ったのですから」
 吸っていたタバコを灰皿に押し付け、彼女はとても清々しい笑顔でやさしく言い放った。
『あら〜それだったらどんなにうれしい事かしらね♪でも、もしそうだったら弥生ちゃん今、私の目を見て質問してこなかったと思うわ〜残念。』
 そうけらけらと笑っている唐之杜さんは、まったく私と関係を持った事を気にしてなさそうだった。私自身いままでいろんな女性と関係を持ってきたけれど、こんな女性は初めてだ。これが大人の余裕なのかとさえ思ってしまう。



 でも、私は本当にあなたの事で悩んでいるんですよ?と言っても今は信じて貰えないだろう。だってあなたは私を恋愛対象とはみてくれていないのだから。映像を見られた事でも関係を持った事でもなく、今はあなたの事で悩んでいるってどう言ったら信じて貰えるのだろう。



『弥生ちゃん…真面目な話、悩みがあるなら私でよかったら聞くわよ。もちろんこっちも』
 そう言って胸元をちらっと見せるしぐさにドキッとしてしまう。
 本気なのか冗談なのか分からないその態度に無性に腹が立ってくる。あなたは誰にでもそんなに優しくしているの?誰にでも体を差し出すの?そんなのこっちが気が狂いそうだわ。
「そうですね…唐之」
『志恩でいいわよ〜』
 唐之杜分析官と言い終わる前にそう遮られ、戸惑いを覚えながらも名前を呼ぶことにした。
「し…志恩…さん」
『あら他人行儀ね〜まぁでも一歩前進?』
 また箱からタバコを取り出し口に咥えながら余裕を見せる志恩さんに、先ほど抱いた感情を悟られぬ様、されどつき返す様に自分の答えを言葉に載せた。
「ありがたい事に申し出があったので、また相談させてもらいます」
『私でよければどうぞ♪』
「志恩さんじゃないとダメなんですよ」
『言ってくれるわね〜お姉さんうれしいわ〜』
 乱れた服を調えそのまま志恩さんに近づきながら、火を付けようとするそのタバコを口から抜き取り、
「悩みの種である志恩さん本人じゃないと解決しそうにありませんから」
 そう言って志恩さんの唇に自分のソレを合わせた。先日体を重ねた時と違ってとても甘く感じた口付けだった。
 最後に下唇を軽く吸い音を立てさせて離れる。志恩さんは驚いているのか目をぱちぱちさせていた。
「治療ありがとうございました。約束守ってくださいね」
 そう言って私は医務室を後にした。



 いつも間にか例の映像の事も、志恩さんにそれを見られた後ろめたさもすべてなくなっているのだから、やはり彼女はすごい。それがもし彼女の計算でこうなったとしたのならさすがは分析官と言うべき事なのだろうか。
 だがそんな事はどうでもよかった。
 とにかく私、六合塚弥生は唐之杜志恩さんが好きな事だけはハッキリしたのだから。公安局に来たときから志恩さんの噂はいろいろ耳にした。男女問わず彼女に対する噂の多くは好意的なものだった。もちろん色恋沙汰の話もあった。なにせあの美貌にあの体つきだ。増してや誰にでも気軽に声を掛けるあの性格、モテない方がおかしい。それでも私は彼女を好きになってしまった。これからはどうやって志恩さんに恋愛対称として私を見てもらうかが課題だ。
 たぶん恋愛対象になりたがっている輩は私以外にも多くいるだろう。幸い門前払いはされなくて済んでいるので、あとはどうやってその輩を払い除け先に進むかだ。まさか公安局内でも戦わなければいけない相手が現れるとは思ってもみなかった。もちろん対犯罪者の様な物理的ではなく精神的なものだが、今後はその戦いを楽しむ事にしよう。彼女が私を見てくれるのなら何てことはない。もしかしたら私は犯罪者を追いかける以外でも猟犬の素質があるのかもしれない。自分の気持ちがはっきりした今なら上手く仕事脳に切り替えて報告書の続きが作成出来そうだ。



 潜在犯に落ちて以来久しぶりに自分が笑っていることに気が付いた。幸い一係の大部屋に行くまでの廊下に人はいなかったので、少し口角があがった顔を誰かに見られる事はなかった。





 書き終わったー!正直「百合要素」って言ったらそんなにある訳ではないですが、まぁ・・・一応個人的には二人の馴れ初め的なものです。なんかね今この「六合塚 弥生x唐之杜 志恩」がむっちゃ気に入っています。特に志恩が良い!!そんなわけでまたこの二人は書くと思います〜いつか絵も描ければいいな♪