Bother to me... (前編)
「はぁ…」
 小さく溜息を付き、今日起こった事件の報告書作成していた手を一旦止める。本来なら事件の報告書をまとめ提出するまでが執行官である私、六合塚弥生の仕事である。
 …しかし、近頃は思考が仕事とは違うモノに染められていく時がある。職務怠慢と言われれば否定しようがないが、今日は上手く仕事脳になってくれない。


 原因はわかっている。先ほど解決した事件の報告書を執行官から分析官にも提出する様に指示されたからだ。 分析官…唐之杜志恩…今はその名前を聞くだけで心がモヤモヤし出す。正直このモヤモヤの原因が分かってはいても、理由が私には分からない。
 なぜあの人の名前を聞いただけでモヤモヤするのかが分からない。そんな理解できない感情を何とかしたい為、仕事を切上げて体を動かす事にした。幸い提出期限までにはもう少し時間がある。


 上司である宜野座監視官に許可を貰い、体を動かすためにトレーニングルームへと向かう。その途中で見慣れた同僚がとある部屋から出てくるのが見えた。
「それじゃ志恩、例の件宜しく頼むな♪」
『ちょっと佐々山くん私まだ良いともなんとも返事してないわよ?』
「わーってるわーてる♪志恩は良い女だから頼まれた仕事はきっちりこなす奴だってわーってるから♪」
『もうっ!いっつもそうやって厄介事もって来るんだから!』
「はははっ今度抱いてやっから♪」
『そんなのこっちから願い下げだわ〜』


 二人の楽しげな会話を耳した途端胸の辺りがやけにイラついた。
 なんでだろう?先ほどのモヤモヤとこのイラつきは似てはいるものの何か少し違う気がする。そんな事を考えていると、先ほどの同僚に声を掛けられしてしまった。


「おう六合塚、何ぼーっとしてんだ?」
「別にしてない」
 佐々山と呼ばれていたこの同僚は私より随分前に執行官になった先輩だ。女癖が悪く公安局内でも悪評高いセクハラ野郎だ。
「そうか?してるように見えたんだがな…まいっか。ところで今からどこに行こうとしてたんだ?」
「あなたには関係ない」
 私の肩に置かれた佐々山の手を払いのけ、そう冷たく言い放ったにも関わらず、
「かーっ弥生ちゃんクールだねー、お兄さんそんなクールな子も好きだぜー」
 なんて返事が返ってくるものだから会話もしたくなくなる。
「トレーニングルーム」
 言わないとこの場から離してくれなさそうなので嫌だが答えることにした。
「お?なになに訓練?いいねー!俺もたまには弥生ちゃんと訓練やりてー!」
 やっぱり正直に言わなければよかったと後悔したが後の祭りだった。
「私はあなたなんかと一緒になんかしたくはないのだけど?」
「まーそう言うなや、気分転換程度には付き合ってやるって」
「別に無理に付き合って貰わなくても結構よ」
「素直じゃないねー、今のお前のストレス解消には俺が適任だとは思うけどな」
 佐々山は私のストレス発散とかに適任と言っていたけれど何のことだが分からないが、一度言い出すと絶対引かないこの先輩執行官に連れられ仕方がなくトレーニングルームに向かった。


 公安局のトレーニングセンターは普通のジムの設備はもちろん、スパーリング用ロボットに戦闘プログラムを組み込んだ模擬戦も出来る様工夫が施されている。執行官はとにかく戦闘が多い。だから大概はロボットを使って対人模擬戦をするのだが、それは対ロボットだと相手の怪我の心配が要らないからだ。力加減はロボットの設定しだいで確認できる。だが今回はロボットではなく生身の人間との模擬戦闘、否応なしに気合が入る。しかも相手はセクハラ野郎の佐々山だ。力加減が上手く出来るかわからない。


「さてっと…六合塚、準備はいいのか?」
「大丈夫です」
 佐々山はなぜかニヤニヤしている。私が相手だと余裕という事なのだろうか?それなら私も舐められたものだ。少なくとも公安局内ではそこそこ強い方だと自負している。もちろんそれに驕ることなく日々の鍛錬は欠かさない。いつ死ぬか分からない執行官だけど、わざわざ自分で死期を早めたりしたくはないから。
「おーし、んじゃ一丁はじめますか?」
「はい」


 始まったと同時に佐々山は蹴りを放った、私はそれをかわし彼との距離をとる。身長差のせいで佐々山と私とでは手足にリーチ差が出てくる。増してや男女の差もあるので威力差もバカにならない。彼に有効打を与えるには私はどうしても蹴りをメインに攻撃スタイルを組むしかなかった。
「どうしたー、距離ばかりとってると俺には何も当たらないぜ?現場で俺が臆病な奴ならとっとと逃げてるぜ」
「…っく」
 佐々山に攻撃を当てるには、どうしても彼の攻撃範囲内に入る事になる。タイミングを見計って、拳が届かないギリギリで尚且つ蹴りが当たっても最小限の痛みで済む場所に入るしかない。幸いな事に身長がある佐々山は蹴りを放ったあとは少しだけ隙が出来る。
「お?やっと攻めてきたな、待ってたぜ〜弥生ちゃん♪」
「…」
「少しは会話も楽しもうぜ〜」
「うるさい」
「そう言うなよ、せっかくお兄さんが相手してあげてるんだから…おっと」
「…」
「痛てっ、ちょ…待て、おい、ってマジかよー、…ってー」
「…」
「…っく」


 少しずつ私の攻撃が佐々山に当たり始めて、やっと彼は静かになった。お互い息も乱れ始め痛みもじわじわと増して来始めていた時に、私は先ほどまで感じていたイラつきがなくなっていた事に気が付いた。唐之杜さんと佐々山が会話していた時、確かに私はイラついていた。そして今それが消えている。そういえばさっき佐々山が言ってた…


「今のお前のストレス解消には俺が適任だとは思うけどな」


 …ストレス?私は二人の会話にストレスを感じていた?だからイライラした?確かにつじつまは合う。でもなぜ私がストレスを?それじゃまるで私が誰かに嫉妬しているみたいじゃない。
 嫉妬?…佐々山との対戦でストレス発散出来ているって事は、私は佐々山に嫉妬していた事になる。私が佐々山に嫉妬した理由…そうか、だから私はあの時もモヤモヤしていたんだ。分析室と聞いただけであの人の事を思い出して、体の関係を持ったあとから常にモヤモヤしていたのは、私はあの人に…


「六合塚―――――――!!!」



 強烈な痛みと共に遠くで佐々山がなにか叫んでいる中、私はやっと理解した。




 唐之杜志恩さんを好きになっていたのだと…。


 まともなSS書くの初めてなので、もしかしたらいろいろ読み辛かったりしたらごめんなさい。まだまだ精進していきます。とりあえず・・・今回は全く百合要素ないですね(笑)