■原則、自衛隊

家からチャリンコで15分ほどのところに、航空自衛隊入間基地がある。
地図上では狭山市にあるのだが、世界的評価を考えると「入間」の名を使った方が良い、
という上層部の判断もあり、入間市がその名前を貸してあげているそうだ。
それはそうだと思う。
狭山と入間ではあまりにも格が違う。これは火を見るより明らかだ。自明の理だ。
逆に、入間名産で、日本で、いや、世界でも最高級といわれている茶に関しては、
狭山の名を使ってあげている。入間茶とは言わないが、狭山茶と言う。
これには語ると長い歴史的な背景があるのだが、 かいつまんでいえば、
「茶なら狭山の名を使ってあげても」
「でもあくまでも入間の方が高品質な茶を提供しているわけで」
「まあまあ、いいではないか。こういっては何だが、茶だよ、茶」
「それはそうですが!」
「ここで狭山に貸しを作っておくのも、のちのち何かと有利では」
「ん。まあ、狭山には貸しばかり作っているがな」
「わっはっはっは、それはいい!」
「これは一本とられましたな」
「わっはっはっは、…………はぁ」
というようなことが、ジュネーブで開催された第42回世界入間会議で話し合われたらしい。
自衛隊基地は、狭山にあるのに入間。
茶は、入間名産なのに狭山。 これで政治的なバランスを取っているわけだ。
ここまでは前フリ。ここからが本題だ。
ふだんは一般に固く門を閉ざしている入間基地だが(実際はそうでもない)
(たぶん)年に2回だけ、一般に開放される。
毎年11月3日の文化の日に行われる航空祭と、7月末に行われる盆踊り&花火大会である。
航空祭は、5年連続で累計6回、F15Jのパイロットとして参加している。
昨年はブルーインパルスの4番機のパイロットも兼ねた。
空から見た我が入間の地は、緑に包まれ、輝いていたものである。
いいなあ、そんなんだったら。
まあ、6回行ってるのはホントである。
しかし、盆踊り&花火大会には、一度も行ったことがなかった。
それはいったいなぜか! 以下次号!! うそ。
この盆踊り&花火大会は、毎年平日の午後5時30分から開催されているのだ。
会社員の身では、さすがに「すんません、今日、盆踊りがあるもんで」と早退するのは難しい。
僕にも一応社会人としての常識がない。違った。ある。
仮病は一通り使いきったし、親戚もあらかた死んだことになっている。
しかも、5時半に入間に帰着するためには、東京の会社を12時には出なければならない。
途中で寄り道するしー。11時に出社して、12時に帰るなら、休んだも同然だ。
そんなわけで、残念ながら一度も参加したことはなかったのである。
しかし今年、ついに我々は入間基地に潜入せしめた。
ゲートを通過。幹部がずらりと並び、最敬礼で私を迎える。
盆踊りの会場は、野球場である。
やぐらが組まれ、勘弁してほしいぐらい360度全面的におばちゃんな連中が、
妙に整然と踊っている。
安っぽいスピーカーから流れる民謡。
会場を囲むように並べられた出店からは、いろんな匂いや客寄せの声。
暮れてきた空は、赤、白、群青の滑らかなグラデーション。
走り回る子供たち。ビールを手にぶらぶら歩くおっさん。
そして涼しい風。
子供にわたあめを買い与えて黙らせたり、スーパーボールすくいを楽しんだりして、
メインイベント、花火の打ち上げ開始を待つ。
盆踊りが終わり、みんな芝生の上に座っている。
そして午後8時30分、定刻通り花火が始まった。
「プログラム一番、夜空に咲き乱れる花々」
「Program number one, The flowers nantoka kantoka」
(横田基地からの参加者も多いためか、アナウンスは日英二カ国語で行われる)
「ピュー、バン、バン」
「ドンドンドン」
「ババン」
「ドン」
「ドン」
「……」
「プログラム二番、入間基地百花繚乱」
「Program number two, Iruma Air Base nantoka kantoka」
「ピュー……、バンバンドンドンドドドンバンズドドンババンバンバンバン、バン!」
「……」
「プログラム三番、僕の名前はマイク・スミスです」
「Program number three, My name is Mike Smith」
粛々と花火大会が進行していく。
この日は月食だった。
欠けた月の横に打ち上がる花火。なかなかの風情だ。
午後9時、すべてのプログラムが終了した。
「いやあ、良かったねえ」
「また来年も来たいねえ」
芝生に腰を下ろしたまま、カミさんと花火の余韻に浸ろうとしたその時である。
「はい明かりをつけてください」(花火打ち上げに際して野球場の照明が落とされていた)
「カーッ」(明かりのついた効果音)
「これで全プログラムは終了しました」
「係員の指示に従って、速やかに出口に向かってお進みください」
「係員の指示に従ってください」
何だよー。もうちょっとのんびりさせろよー。
しかしみんなさっさと腰を上げている。
やむを得ない。追い立てられるように我々も出口に向かった。
できればもう一回りぐらい、出店を見たかった。
ヨーヨー釣りもしたかった。
何なら揚げタコを食べてもよかった。
無念である。
「チャンチャーンチャチャン、チャンチャーンチャチャン……」
しまいには蛍の光まで流れてきた。ますます高まる追い出しムード。
出店もあれよあれよという間に撤収されている。
「本年も盆踊りおよび花火は無事に完了!」
「一般人は速やかに退場されたし!」
「繰り返す、一般人は速やかに退場されたし!!」
「そこ、列を乱すな!」
「撤収、撤収!!」
「パッパラッパパッパッパー」(起床のラッパ)
「手は肩の高さまで振り上げろ!!」
「なんじゃ貴様のその態度は!!」
「精神注入〜ッ!!」
言葉こそ柔らかいが、そういう雰囲気は濃厚であった。
なんだかんだ言っても、自衛隊基地内なのである。
「時間厳守」「整理整頓」「迅速撤収」は隊員の鉄則であろう。
そういえば、我々高橋家が会場に到着したのは、
盆踊り開始から約30分経過した、午後6時頃であった。
いかんいかん。
来年は午後5時30分、定刻通りに到着するよう、精進したい。