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       隣 人 3.5  カレー話。記念日ラリー用の話として書いたものです。



「よっしゃ。火村、学食行こう。カレー食おう」
「はぁ? なんだよ突然」
「まぁええやんか。今日は俺が奢ったるから」
 まだ昼食には少し早いが、強引に誘う。懐かしの、思い出の学食カレー。
 そんなのをいつまでも引きずっているのは、特別の思い入れを持っているのは私だけかもしれないけれども、今日は食べる。2人で食べるんだ。

「……ああ、また値上がりしよる」
 私はメニューを見上げてため息を吐いた。
「そんな世にも哀しげな声出すなよ」
「せやって、あの頃は150円やったのに」
「お前なぁ…… 何年経ってると思ってんだ」
 当時150円だったはずのカレーはじわりじわりと値を上げ、いつの間にやら倍近い値段になっていた。なんてことだ。それでも学生の懐具合を考えた、安さとボリューム重視のメニューの1つなのは確か。そこそこの味でしかないところも、当時と変わらない。
 まだ学生も疎らな中、外が見渡せる窓際に陣取って火村と2人、カレーをぱくついた。
「何かあったのか?」
「ほぇ?」
 突然の質問に、スプーンを咥えたままの間抜け声で返事をしてしまう。
「何で?」
「お前、何かあるとここでカレー食ってるじゃねえか」
「…………」
 気付いていたのか。
 確かに、仕事に追われて書けなくなっていたときも、会社を辞めた報告に来たときも、ここで火村とカレーを食べた。水っぽい、具の形が見付かればラッキー!ってなこのカレー。
 ただし『何かあった時』ではなく、正確には『火村が欲しくて堪らない時』なのだが。
 火村の励ましや慰めが欲しいとき。力を貸して欲しいとき。一緒に居たくてたまらないとき……
 私にとってここのカレーは火村に直結している。
 『知らない』なんて言われて、私は切実に火村との思い出をかき集める必要に駆られていた。普段から不足気味の火村が、更に遠くなって手が届かなくなりそうで。速やかに補給しないと、欠乏症で倒れてしまいそうだった。
「別に。ただちょっと懐かしくなっただけやんか」
「そうか? 何かあったら言えよ」
「……うん」
 言えるはずないけど。
 気遣ってくれる珍しく優しい言葉を、火村に飢えている私は貪るように取り込んだ。


 あの日。『気になるな』の一言で私の心を鷲掴みにしたあと、カレーを奢ってくれて、一緒に話をした。
 あれ以来、少しずつ少しずつ火村は私の中に入り込んできて、私をいっぱいにした。降り積もった想いはこんなに溢れそうになっているのに、君はそれを全部なかったことだと言う。
 火村にとってはその程度のことなのかな。私は君の中に、何も残すことができなかったのかな……?
「値段は上がっても、味は昔のまんまやんなぁ……」
 なぁ、懐かしいやろう?
 よっく覚えとけよ、火村。
 忘れるんやないで。ええな?






 その夜。
「また来たのか、お前」
「じゃーん。今夜は夜食の差し入れや!」
「…………」
「どや、美味そうやろ? 有栖川有栖特製カレー」
 わざわざ言うまでもなく、トレイに2枚載せた皿の中身を見れば一目瞭然。両手のふさがった私は、火村が押さえているドアの隙間から、遠慮もなく上がり込んだ。
「夜食にカレーかよ……」
「食うやろ? 嫌いやないはずや」
「……昼もカレーだった」
「へぇ。誰と?」
「1人」
「……ふーん。奇遇やな。俺もや」
 同じ場所で、同じ時間に、同じ物を食べた。
 君があれを1人だったと言うのなら、私もきっと1人だったんだな。そうだろう?
 あんなに私を嬉しがらせておいて。私が深く刻み込んだ言葉も、君には『なかったこと』なんやな……



「どや。美味いやろ? 学食のよりずっと」
 曲がりなりにも自炊している割に、料理の腕はいっこうに上達しないのだけれど、カレーだけは上手く作れる自信がある。カレーくらい誰にでも出来ると言うなかれ。本当に旨いんだから。家で出来る仕事をいいことに、何度も繰り返し火を通し、じっくりと煮込む。この情熱が他のメニューに向かないのが不思議だが、カレーだけは特別。
 学食カレーは、お世辞にも美味いとは言えない。昼のことを火村が覚えていたら、違いを見せつけてやろうと思ったのに。カレーを食べたことは覚えていても、一緒に食べた相手のことは忘れているなんて。なんてヤツだ。
 ほんの数時間前のことを忘れるなんて、この健忘症め!

 それでも、数日前まで見ず知らずだった(と言い張る)私のカレーを食べてくれるあたりは、なんだかんだ言って少しは特別扱いされているのだと思ってもいいかな? 性格までは変わってないと思うから。嫌なら断るはずだから。
 なぁ。前みたいに親しくなれるまで、どれくらいかかる?
 どんなにかかっても諦める気はないけど、私の辛抱が続く間にしてな?
 火村の手料理が恋しい。
俺らの間で料理担当は君のはずなんやから。包丁やまな板すらないこの部屋では望むべくもないけど、またいつか食べさせてな? 
 絶対やで!



H13.5.7


無理に挿入したのが丸分かりな話…… (-_-;)
ラリーでここだけ来た方には、更にワケの解らない話なこと請け合い。すまんです。

   
カレー記念日ラリーに参加してました。
このままバナー残しておいてもいいかなぁ〜
かわいいんだもんvv
リンクはもちろん外しました。