隣 人 4
何やかやと、私は毎晩隣の様子を見に行った。たまに留守のときもあったけれども、そういう日はきっと下宿に帰っているのだろう。
一刻も早く親しくなりたい。1日でも早く親友に戻りたい―――
ストーカーになるヤツの気持ちが解ってしまいそうな気がして、かなりヤバい。これで火村が嫌がっていたら完全にアレだが、幸い彼は受け入れてくれていた。
初対面のはずなのに親友だと言い張る男をいったいどう思っているのか、火村は私を拒絶するでもなく――かと言って歓迎するでもなかったが――部屋に入れてくれた。
確かめようとしているのだろうか? 私が本当に自分の友達なのかどうかを。
火村はたいてい難しそうな本を読んでいたが、私が行っても別に邪魔にすることもなく、相手をしてくれた。コーヒーを淹れてくれて、雑談でしかない私の話に付き合ってくれた。
どこかで夕飯を済ませてから帰ってくるらしい火村は、この部屋で食事をしている様子はなかった。こんな遠距離通勤してたら時間ないんだろう? ちゃんと食ってんのか? 包丁さえないのだから自炊しているはずもないが、いつも私を気遣って、『外食ばかりするな』と言っていたのを思うと胸が痛んだ。
せめておいしいコーヒーを飲ませてあげたくてコーヒーメーカーを持ち込むと、その時は嬉しそうな顔をしてくれた。
……こんなこと、他の人には許してくれへんよな? 私だけだと思ったらいけない?
それだけを願いながら、私は毎晩火村の部屋に通い続けた。
「なんやいろいろ増えたな」
「お前のせいだろ」
「おかげと言わんかい」
何もない部屋に、本だけが増えていくのがおかしかった。火村が持ち込むのはそれだけ。
コーヒーカップすら1つしかなかったので、私は自分用のカップを持参して、ここに置いた。ポケットティッシュだけじゃ不便で、ウチから1箱寄付してやった。コンビニの袋をゴミ箱代わりにしていたので、適当な空箱を持ってきて置いた。今どきは100円ショップで何でも揃いそうなものだが、火村がなぜか物を増やそうとしないので、いつでも処分できるもので。
それでも少しずつ生活必需品が増えていく。石鹸やシャンプー、髭剃りにキッチン用洗剤。
洗濯は下宿でやっているらしいが、この不便な2重生活は、火村に取ってどんな意味があるのだろう?
いっそのこと私の部屋に泊まり込んだ方が、どんなにか楽だろうに。
この火村にとって、私はまだ知り合ったばかりの、泊まるなんてとんでもない間柄なのだろうか。まだ友達とも思ってもらえていないのだろうか。全て私の1人相撲なのだろうか。
こんなに毎日、遊びに来ているのに?
そうだよな。泊まるどころか、俺の部屋には1度も遊びに来たこともないもんな……
それには、なにか理由があるのだろうか?
「どうした? さっきから黙りこくって」
ぐるぐると考えに沈んでいたところに、急に声が掛かった。
からかうような、それでいて少し心配そうな視線は、以前のままなのに。
「有栖川?」
ああ。その呼び方が諸悪の根源。
違うのだと。
以前の火村とは、違うのだと。
お前の親友だった奴は、ここにはいないのだと。
そう、突き付けられる―――
「有栖川、なんて呼ぶなや」
気がついたら言ってしまっていた。
「そんなじゃまくさい呼び方、初対面の時しかされたことないわ。気色悪い」
まだるっこしい。気色悪い。落ち付かない。寂しい……
「君はアリスて呼んでた。10年以上そう呼んどいて、なんで今さら有栖川やねん!」
「……知らねえよ」
それは何度も聞いた。けど、納得なんてできない
コイツはこの前、初めて私に会ったと言う。友達のように呼び捨てにされる程度で満足しなければならないのだろう。
でも……
「スマン。けど、どうにもこうにも落ち付かへんのや。頼むわ…… アリスにしといてくれ」
視線が上げられなかった。
俯いてしまった私には、火村がどんな顔をしてこちらを見ているのか判らない。
「わかったよ……」
ややあって、返事が聞こえた。きっと呆れられてしまったことだろう。
けれどその宥めるような声には、なぜだか哀しさと疲れも混ざっているような気がした。
H13.5.21
助教授が1番暇な時期っていつ?? その頃だということにしといてください(爆)
今頃は狙い目かとも思うのですが…… 学会もなにもなければ。
ま、少なくとも年度初めや卒論や入試時期ではないということで。