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        隣 人 14




 リビングに場所を移動して(その前に隣とウチの戸締りもして)、詳細な説明を求める。当然の権利だ。
 曰く、
  アリスの新しい隣人になる人間が気になって、不動産屋にそれとなく訊いてみた。
  ここを借りたいという人がいるが、仕事の都合で来月にならないと引っ越してこれないという話だった。
  そこで思いついて、1ヶ月間だけ貸してもらえるように頼み込んだ―――
「よ、よぉやるなぁ、オマエ……」
 呆れて物が言えないとはこのことだ。でも、なんで?
「賭けだったんだよ」
 賭け? 何の?
「でも俺は勝った。そうだろう?」

 言われて私は、ようやく先ほどの騒ぎを思い出した。自分が何を口走ったかも……
「あ、あれは。オマエ、あれを……」
 かかーっと顔が火照る。
「この卑怯モン! あんなんズルイわ。反則や!」
 賭けだと? 馬鹿にするな。
「あれもこれも、全部嘘やったんか? 俺を振り回して楽しかったか? ……最低や」
 『知らない』なんて言って、私を打ちのめしてくれたことも。
 だんだんと打ち解けてきて、私を嬉しがらせたことも。
 私を、好きだと言ってくれたことも?

「俺、君になんかした? なんでこんな大掛かりな嘘吐かれなアカンの」
「悪かった。……泣くなよ」
 火村が私の頭を抱え込むようにして胸に押しつける。
「誰が泣くか」
 泣くわけなんかない。私は怒っているんだ。たとえ、押しつけられたシャツに何かが吸い込まれていったとしても。

「火村は俺に言わんことはいろいろあっても、嘘は吐かんて思てた。けど、もう信じられへんよ? 君は俺の信用を無くしてまで、どうしてもその賭けとやらをやりたかったんか?」
 もう、戻れないのに。
 私から取り返しのつかない一言を引き出しておいて、君はこれからどうするつもり?
「今回お前に吐いた嘘は1つだけだ。いろいろと惚けたり小細工はしたけど、嘘は1つしか言ってない。―――信じられないなら仕方がないけどな」
 信じたい。信じたいけど。
「……隣にいたヤツは嘘吐きやったってことでもいい。けど、この部屋で嘘はお断りや」
「ここにいる俺は正直者だよ。嘘は言わない」
「…………」
「隣で言ったことも嘘じゃない。俺はお前が好きだ」
 さっきと同じ言葉。信じても、信じてもいい?
「10年以上、ずっと親友だったお前が好きだ」
「ひむ……」
「ずっと、ずっと前から。本当だ。信じろ」
 身体を起こして火村の顔が見たかった。でも私の頭は火村に抱えられたままで。
 私は逃がすまいと拘束する腕に逆らうのを諦め、くたりと全身の力を抜いた。温かい。押し付けられた額から、彼の早い鼓動が伝わる。




 ああ……
 もういいよ。全然構わない。
 君が何を言っても、言ってくれなくても。
 他の言葉の全てが嘘だったとしても。
 この言葉さえ、本当なら。



H13.11.4


まだ続くんかい。