Time
「そんなにフラフラしてるとはぐれるぞ」
イカの姿焼きを片手に、連なる出店を冷やかしながら歩いていると、火村から声が掛かる。確かに、並んで歩くのも困難なほどの混み具合だ。
桜まつり。
有名な大きな祭りではなく、ここの神社だけのお祭りのようだったが、それでも結構な人出だ。境内に所狭しと並んだ露店。子供たちが、ともすると桜そっちのけで群がっていたりする。
今年は桜の開花が早かったが、その後気温が下がったこともあって、かろうじてまだ散り初めの段階に留まっていて、なかなかいい感じだ。
誰にも覚えのある、懐かしい光景。
事件から解放されたばかりで、下宿でのんびりと過ごしたがった火村を、無理矢理に連れ出したのは私だ。せっかくの桜の季節。きれいに咲いている時期で、こんなに上天気の休日なんてめったにない。花見に出掛けないなんて嘘だろう?
それに。
昨夜、またアイツが夢でうなされていたから。
火村を苦しめる紅い悪夢。私の力じゃなんにもしてあげられないから。無力さをひしひしと実感しながら、せめて気分転換をと火村を連れ出した。満開の桜並木なんていかにも人を癒してくれそうで、藁にも縋る思いで出掛けた先で、この小さな祭りに出くわした。
確かに桜は凄く綺麗だけど、花に惹かれてやって来るのは私たちだけじゃなくて。
「お祭りや! 行ってみよ?」
どこに行っても誰かしら人がいるなら、どうせなら楽しいところがいい。こんな桜の洪水の中に1人きりでいたら、なんだか魅入られてしまいそうな気もするし。
「俺、小さいころ飴細工見るの好きやったなー。今日はやってへんかな?」
何かに取り込まれたりしないように、これくらいの喧騒がちょうどいい。
でも。火村はまだ、あんまり浮上できていないみたい。
人波に押し流されそうになってわたわたする私を、いつもなら腕をぐっと掴んで引っ張り出してくれるはずの火村は、今日は振り返ってもくれない。
私といるのも苦痛なのだろうか? 今は1人でいたいのだろうか。
火村は、今日は私に触れない。
まだ汚れてると思ってるの? あんなに長い時間、手を洗う音が聞こえたのに。そもそも初めから汚れてなんかいないのに。
私では無理なのだろうか。夢から解放することはできなくても、気分転換くらいはと思ったのに……
そんなことを考えながら歩いていたからだろうか。火村と本当にはぐれてしまったのは―――
絶対に火村を離さないつもりでいたのに油断したから、罰があたったのだろうか。
―――独りになったから、魅入られてしまったのだろうか………
「兄ちゃん兄ちゃん、未来を見てみたいと思わんか?」
むんずと腕を掴まれて振り返ると、白に近い長髪に眼鏡の、いかにも胡散臭げなおっさん(と言うよりジイさんか?)が、唾を飛ばしながら何やらとうとうと捲し立てていた。
(またか……)
私は1人でいると、よく人から声を掛けられる。
そんなにカモになり易そうに見えるのだろうか。火村と一緒にいるときには、1度もそんなことがないのがまたムカツク。よっぽど私に隙があるみたいで。
道を聞かれたりする分にはまだいいが、この手の街頭セールスには閉口する。
駅前で頭に手をかざされ、幸せを祈られたことも何回あったことか。いや待てよ。今の幸せは、もしかしてそのおかげだったりするのか? ……などと、トリップしてる場合ではない。
「この天才科学者のワシに不可能はなーい!」
ぬはははと笑うジイさん。
(まだしゃべっとったんか……)
アホくさ。
テキ屋のおっちゃんと話したりするのも嫌いではないし、子供の頃はテントに入り込んで、べっこう飴作りを手伝ったりして親に怒られたことも懐かしい思い出だが、いかんせんこのジイさんは胡散臭すぎる。
露店がずらりと並ぶ参道から、なぜか奥に引っ込んだ人通りの少ないところに建つ、いかにも怪しげなテント。
(なんや、未来がどうとか……? インチキくさ〜)
占いか? あいにくそんなものに興味はない。
振り払って行こうとした私の目に飛び込んできたのは、テントの前で風にハタハタと揺れている幟の、『たいむましんアリマス』の文字。
「は??」
……オイ。
「1回たったの1050円! 世紀の大発明にしては安すぎるが、まだまだ実験段階であるからにして、この辺で勘弁してやろう。本日限りの大サービスじゃ!」
突っ込みどころ満載のジイさんのセリフ。客が1人もいないのも無理はない。だが――私の足は動かなくなっていた。
だって、ずっと、欲しかったんだ……
「どうじゃ! 未来を見てみたくはないか? 覗き見るだけではないぞ。ちゃんとその時代に降り立つことができる。最新技術も、自分の嫁さんの顔でも、何でも好きなものが拝めるぞ」
「……おっちゃん」
「なんじゃ?」
「これ…… 過去へも行ける?」
ああ。やっぱり私は、相当カモになり易いかもしれない。
「もちろんじゃ! 実際に行ったことはないがな。――安心せい。今度は、ちゃんと今の時代に戻ってこられるように改良も加えてみた!」
今度は、って…… 実験第1号???
だから、こんなにたくさんの桜の中に、1人でいるのはよくないと思ったんだ。
あのジイさんは魔法使いか、ただのペテン師か、はたまた悪魔の類だろうか。これから私がやろうとしていることを知っていて声を掛けたのなら、間違いなく最後のヤツだな。ああ、自称は天才科学者だったっけ? 過去から一方通行でやって来たのだとか。……よくもまぁ吹いてくれるものだと思う。でも。
もしかしたら催眠術師かもしれない。だって、あんなに胡散臭い眉唾ものの話で、私をまんまとその気にさせてしまったのだから。科学よりも魔法の領域じゃないかって思ったんだ。
あれから私は実験台になることを承諾してしまい、腑に落ちないながらも1050円を支払うことにした。あのジイさんがきちんと消費税分を国に納めているとも思えなかったが、まあいいや。
「よいか、きっかり30分じゃぞ。30分で自動的にここに戻る」
「…………」
「行きたい時代、見たい場所、会いたい人物。行き先は頭で考えた処じゃ。しっかり思い浮かべるのじゃぞ」
ああ、
(そんなご都合主義の道具があるならドラえもんは要らへん!)
……って、頭では思うんやけどなぁ〜〜
「おっちゃん。ここ、何時までやっとる?」
「あ?」
「夕方、また来ていい? いろいろ準備してから行きたいんやけど」
「む…… 仕方がない。よかろう」
なんでこんな出会い頭のおっさんを信用してんのやろ、俺。
大丈夫だって、なぜだかそう解ったんだ。……って、そう感じたこと自体が、やっぱり妖しの類に化かされてしもた証拠ってことなんかなぁ?
ごめん、火村。何の相談もなしに。俺らにとって、未来を左右する大問題かもしれないのに。
でも、行かなきゃって思ったんだ。
君があんな思いを抱いてしまう前に、俺が―――
……さて、何が必要だろう。準備をしなくちゃ。
返り血はあんまり浴びたくないからビニールコート。黄色のじゃ小学生みたいだし、100円ショップで売ってるような透明なヤツでいいかな。
それから、大きなタオル。
コートを着てても、着替えが必要なくらい汚れるだろうか?
ああそうだ。1番肝心な凶器はどうしよう。
良く切れそうなナイフを買わなきゃ。それとも包丁?
それはさすがに100均じゃアカンよな。ちゃんとよく切れるヤツを。
ミステリ作家にあるまじきことだが、他の方法は思い浮かばなかった。
『手が紅く染まる』って、もうインプットされすぎていて。
完全犯罪なんて必要ないんだ。例え捕まったって、どうせその時代には30分しかいられないんだし。戻って来たら、たぶんもう時効も成立だ。
ただ、刺すだけでいい。それとも切るのかな?
ああ、だから、用意するものは……
時間はあまりない。
ああ、そうだ。 火村を見つけて、 今日は帰る って断らなきゃいけない。
さよならを 言わなくちゃ……
ずっと以前に書いた500リクの話を、ここでもう1度読んでいただけるとありがたいです。
ウチのアリスは、常々こんなことを思っていたのでした。
じーさんのモデルは、ママ4の江地さんということでひとつ(爆) みんな知らんだろうな^^;
胡散臭いタイムマシンと言えば、この人しか思い浮かばんかったよ。