野望へ


         3 巻




14話 争奪戦再び


 黒たんとモコナは、また仲良くおこのみやきの取り合いっこ。
 モコナってばあんなちっちゃい手なのに、おはしがちゃんと使えてすごいなぁ。
 黒りんのおはしから一切れ奪うのに成功してパクンと食べたモコナは、哀れ耳を捕らえられて鉄板の上へ。
 モコナが欲しいって言えば、オレだって、たぶん小狼君だって分けてあげるのに、黒ぷーで遊びながら食べるのがよっぽど楽しいんだね。鉄板で焼かれる危険を冒してまで挑んでいくんだもん。
 力比べにはならないけど、こういう戦いなら、いい勝負になるものね。
 見てても楽しかったー。オレももっとおはしが上手に使えたら、一緒にやりたかったよぅ。



 そして、出発のとき。
 空ちゃん、嵐さん、ホントにお世話になりました。
 愛のコラボ料理? すっごくおいしかったよー。
 おいしいもの作ってあげられる人っていいよね。オレもいつか、どこかでやってみたいなー。
 それから、他人の面倒を見てあげられる人。今のオレには絶対ムリだもん。
 侑子さんに借りがある、って言ってたっけ。
 魔女さんに助けてもらって2人で幸せになれたから、今は他人の幸せまで祈る余裕があるのかな。
 あなたたちみたいに、いつの日かオレもなれたらいいな……

 さっきまでまた眠っていたサクラちゃんは、まだ虚ろな感じだけど、歩いたり話したりはなんとか大丈夫みたいだね。
 それを見詰める小狼君はまだ辛そうだけど、そっちは黒ぴーがフォローしてた。
 もともと強い小狼君だけど、もっと強く、サクラちゃんを支え切れるだけ強くならなくちゃいけない。
 それを手助けするために、黒ぷいがいるのかな。
 じゃあ、オレは? オレは何のためにここにいるのかな。
 オレにも何か、できることはあるのかな。

「前だけ見てろ」かぁー。オレには言えないセリフだなぁ。
 やっぱり相容れないよね。過去ばっかり気にしてるオレのこと、黒りんの目にはどんな風に映ってるんだろう……

 

 巧断たちとは、ここでお別れ。助けてくれてありがとね。
 彼らはまた、次に守護する相手を捜すのかな。
 今回はオレたち3人に憑いたけど、今度は全然バラバラの関係ない人に憑いちゃうのかな。
 できれば、彼らもまた近しい人に憑いて、一緒に守ったり戦ったりしてくれたらいいなー。
 ……なんて。余計なお世話な感傷だよね。
 


黒ファイ的には、お好み焼きバトルに尽きる話かと。頬杖ついたファイの視線の先がずっと追ってるのが好きー。
なぜもう1枚頼まないのかと言うと、取り合いっこのため以外の何物でもないという。
なんでサクラちゃんはお留守番だったのかな。寝てたことにしたけど。桃雪に会わせちゃ混乱するからか。

18.6.18




14−15話 高麗


 ドサりと到着した新しい世界。うー、着地が乱暴だよぅー。
 モコナの口からポーンと吐き出されるんじゃ仕方ないけど、それにしても…、イタタタ……
 なんか落っこちたのがお店の荷物の上で、思いっきり散らかしちゃったよ。うわぁ。
 でもあの、いかにも悪者ーって感じの奴が、もっと悪いことしたから怒られずに済んだ、のかな?
 ほら、黒ぴんも拾って拾ってー。
 見慣れない食材なのか、じーっと観察したりして、君はいつでも好奇心旺盛だね。
 おこのみやきにも興味津々だったし、子供と一緒にお店のディスプレイに引き寄せられたりしてたもんね。

 来た早々に小狼君が跳び蹴りしたり、威勢のいい女の子にヘンだって言われたり、サクラちゃんを連れ去られたりで、なかなか慌しい。
 ああー、おじさん、最後まで片付けられなくてごめんねー。
「めんどくせー!」って口癖のように喚きながら走っていく黒りんの手には、前の世界を出る前に買った本が、しっかりと握られている。よっぽど気に入ったんだねー。
 カエルのお財布から小狼君に買わせていた黒ぴーは、なんて言うか、ちょっと悪い人っぽかったけど……
 えっと、言ったら怒られそうだけど、ガキ大将みたいで可愛かったよー。



 連れて来られたのは、さっきの女の子、春香ちゃんの家。ここに1人で住んでるの?
 家の中にはこの鏡を始めとして、力を持つけど未だ眠ったままの道具がいっぱいだ。
 春香ちゃんは、まだよく解ってないみたいだけど。
 いつか大人になってもっと力を使いこなせるようになったら、これらの持つ価値に気づくんだろう。

 そして自己紹介の後で襲ってきた、操られた風。
 風が吹き抜けて壊していった屋根の、その先に感じる誰かの悪意。
 これも秘術かぁ…… 
 この世界は、その類の力に満ちている。影響されて、うっかり力を使ったりしないように気をつけなくちゃ。
 オレはもう、魔法は使わない。
 今のも、防御しようと思えばできたけど、しなかったんだ。
 ごめんね。屋根、穴開いちゃったね。

 今よりもっと危険で誰かの命に関わるようなときでも、オレは魔法は使わない。
 いつかそんな場面が来ても、魔法は絶対に使わないよ。悪いけど。
 だから、あんまり親しくなっちゃいけなかったのに…… 

 忘れてた。君たちがすごく強いから忘れてたよ。
 黒りーの、小狼君の、サクラちゃんの命が危ないとき。オレの魔力があれば助けられる場面でも、それを使わずにいなきゃいけないんだ。
 見殺しに、しなきゃいけないんだ。……どうしよう、忘れてたよ。
 これ以上親しくならないようにブレーキ掛けなきゃ。でも、そんな急には止まれないよ。
 それに、今までの分は? 今更、無かったことにするのは難しいよぅ……



ファイ、蛙って知ってるかな……? 実際に見たことはなさそう。

黒ファイにならんー、とか唸りながら文を弄ってたら、なにやら勝手にハードなことを考え始めましたよ。
早くもメンバーが大事になってしまって困ったファイさんです。えっと、まだ4日目くらいですよね。
3歩進んで2歩下がった状態ですが、もう既に1歩踏み出してますから。

18.6.19




16話 屋根直し


 今日の予定は、年少組は偵察にお出掛け、年長組は仲良くお留守番。
 オレと黒ぴーは2人で力を合わせて、壊れた屋根の修理でーす。
 黒たん、釘と金鎚、よく似合うねぇ。かっこいー。
 それに直すの上手ー。あんなに休みなくトンカンしてたら、オレなら疲れちゃうよー。



 トンカンの音が止んだのは、サクラちゃんの記憶の話になったとき。
 羽根が戻っても、小狼君との思い出は戻ってこない、って話。
 小狼君に同情してるの? 屋根の上から深ぁーい溜め息が1つ。
 なんだかんだ言って、頑張ってる小狼君を見てるうちに情が移ってきたんじゃないのー?

 オレはね、サクラちゃんの方がかわいそうなんじゃないかと思うんだ。
 大切な人に忘れられる方も辛いけど、そんな人がいたことさえ思い出せないなんて。
 小狼君は自分で納得して決めたけど、サクラちゃんはそうじゃない。
 知らないうちに何もかも奪われて、そして1番大切なものは永久に還ってこない。
 大切な人のことなら、どんな些細なことでも忘れたくないよね。
 その人が自分にくれた言葉や視線や、行動もケンカした記憶さえ何もかも全て、みんな宝物みたいなものでしょう?
 以前なら、一緒にいるとすっごく嬉しかったと思うんだ。でも今は、いつも隣にいるのに何も感じないんだよ。
 大切な人が自分のためにこれほど一生懸命なのにも、自分の言葉で相手を傷つけてしまったことにも、気づいてさえあげられないなんて。

 まだほとんど空ろの状態だけど、記憶がだんだん戻るにつれて、以前の彼女の中で小狼君の存在が大きければ大きいほど、その空白のせいで不安定になったりしないのかな。
 その頃までには、2人がもう1度、新しい関係を結び直せてるといいよね。
 その空白を乗り越えられるくらいにしっかりとした、新しい絆を。
 小狼君、強いもんね。きっとできるよね。



 ねぇ、音が止まったままだよ? どうかした?
 疲れたんなら休憩にしようよ。このお茶、とっても香りがいいんだー。
 ……って。わーん! カナヅチ投げるなんて酷いー。
 黒様の分も、ちゃんと淹れてあげるったら! これは練習だよー。
 オレでも上手に淹れられるのかどうか、試してみたんだ。だって、美味しく淹れてあげたいもの。
 えへー、大成功だよー。
 ほら、なんかゲームみたいなのもあるんだ。屋根の修理が終わったら、一緒に遊ぼうね。



カナヅチ直撃してますが。平気なんですか。
あのゲーム、2人のどちらかが遊び方知ってたんでしょうか? それとも適当にルール決めた?
その辺を入れたかったけど、捏造力が足りませんでした。
てか、昨日の反省が活かされてないファイですいません。
距離を置かなきゃ、って頭では解ってても、無意識の仲良くなりたい本心が大き過ぎてダメなんだよ。きっと。

18.6.20




17話 魔術の元


 時間の流れが違う、だと……?
 考えてもみなかったことを言うな。魔術師ってヤツは、普段からそういう奇妙な考え方をしているモンなのか。
 最も、『別の世界』 なんてモンを旅してるって時点で、もう何が起きても不思議じゃねぇのかもしれねぇが。
 こいつぁヘタすると、ガキの頃聞かされた御伽噺の主人公みてぇに、国に帰ったら既に百年も経っちまってた、なんてこともあり得るんじゃねぇか? 冗談じゃねぇぞ。



 聞いた途端に小僧はもう確かめに行く気になってるが、術を解かねぇうちは、ただ行っただけじゃ城には入れねぇと言い出したのは、またしてもコイツだ。
 魔術師の言うことだから詳しいのかと耳を傾けてみれば、満面の笑顔で一顧だにせず 「無理」 ときた。
 ……って、いかにも策あり気な顔で言うなー!
 あの魔女に封じられたからしょうがねぇのかと思ってみれば─── 何だぁ? 実は違うだと?
 ─── 聞いてねぇぞ。
 コイツ…… 魔女に魔力の元を渡して、使えないんじゃなかったのかよ。
 渡したのは 『魔力を抑えるための魔法の元』 だぁ? じゃあ使おうと思えば使えんのか。
 抑えるものがなくなったんで、魔法は使わないってか。何だ、暴走でもすんのかよ。
 ガキも意外そうな顔して見てやがる。

 それにその杖。使わねぇからって、手放しちまってもいいのか。。
 取られたイレズミの次に大切なモンなんだろ。1番目も2番目もあの女に渡しちまっていいのかよ。
 魔力はあってもその杖がなければ、今度こそ魔法は使えないってことなのか?
「人質に取る」だのなんだの、そんな物騒な作戦が平然と出てくるような生き方をしてきたんだろ。
 今までその魔力とやらで戦ってきたんだろうに、それを封じられて平気なのか。
 そんなへらへら笑ってられんのかよ。
 ……まぁ、その力がなくても弱くはねぇようだが。



 魔術師の杖と引き換えに送られてきたのは、なんとも小汚い、得体の知れねぇ球。
 どうにも、いいモンじゃなさそうな気配がするんだが…… こんなんで術が解けんのかよ?
 あの無駄にキラキラした杖と引き換えにするだけの価値が、ホントにこれにあんのかよ。

 ……って、あの女、最後に俺を脅して行きやがった! 
 白まんじゅうを粗末に扱ったら、何だってんだ。
 魔女め…… 悪徳高利貸に見えてきたぜ。




あの杖邪魔だもんね。最初からモコナのお口に収納できるって知ってればよかったのにね。
ファイの綺麗な杖が小汚い球と交換になったので、微妙に不満タラタラな黒様です。(←笑うところ)
まぁ眠らせておくより、向こうで布団叩きとしてでも活用されてる方が、杖も寂しくないかもね。
侑子さんが黒鋼を脅したのもHOLiCで。何気にキャシャーンを知ってる百目鬼が地味に謎だ。何者だオマエ(笑)

18.6.21




18話 →城


 出発前に、春香ちゃんと一悶着。彼女、自分も行くってきかなくって。
 困ったなぁ〜。オレじゃあ言うこときかせらんないんだよねー。やっぱり顔に迫力がないから?
 ここはひとつ、恐い顔の人からガツンと言って欲しかったんだけどー。
 もー、黒みんたら照れ屋さん。小狼君がきっぱり断ってくれたから助かったけど。
 ……ねぇ、本当は連れてきてあげたかったんじゃないの? 黒るんて、一生懸命な人には絆されちゃうタイプでしょ。
 でも、危ないから。
 オレたちだけで倒せば、それで済むことだもんね。春香ちゃんの分まで頑張ろーね。



 せっかちさんな黒みんが力任せに開けた門の中は、秘術に守られ、城内じゃなくて遥か空の上に繋がってた。これじゃあ入れないよねー。
 そこで! 次元の魔女さんにもらったモノの出番だよー。
 なにやら禍々しげに見える塊。あれはきっと、魑魅魍魎の成れの果て。
 そっかー、より強力な邪で包んでしまえば、中の邪は維持できずに打ち消されるってことかな。

 城の中ももちろん、息が詰まりそうなくらいに秘術でいっぱいだ。
 目晦ましの回廊でも、小狼君は大活躍。目印を落として置くなんて、あったまいー! ひゅー。
 キミは羽根まで辿り着かなきゃならないんだから、こんな入り口で躓いてらんないよね。
 真っ直ぐに続く回廊に、臆病者がクモの巣みたいに幾重にも張り巡らせた、センサーとしての力。
 その中に紛れて僅かに感じ取れる、それとは明らかに異質の、揺るぎない幻術とその源。
 微かにしか感じられないけど、それは巧妙に隠されているからで、本当はすごく強い?
「……ここかなぁ」
 それを指摘しただけなんだけど───

 やめてよ。黒みんも小狼君も、そんな目で見ないでよ。ただのカンみたいなものだってば。
 オレが魔力に神経質になってるから、君たちにまでおかしいと思わせちゃうのかな。
 力は使ってないよ。ただ、解っちゃうんだ。感じ取れちゃったんだよ。
 意識して使う力はゼロだけど、枷がないぶん感覚が鋭くなってて、無意識のレベルが上がってたりするのかも。
 知らないうちに力を使ってたらどうしよう。使ってないつもりで、実は使ってしまってたらどうしよう。
 あの人を、起こしてしまったらどうしよう……



春香ちゃんが駄々捏ねてるとこで、ちらちら視線を送るファイと、避ける黒鋼が好きー。
あー、解説者と化してしまって辛いです。実況中継。あと、結界破りってなんかそんな理屈だったような。
『魑魅魍魎』 の、ファイ的言い回しが思いつかずそのままに…… モンスター、じゃ違うよね?

18.6.22




19−20話 秘妖


   ああ、これで…… って、思ったんだ。
   ここで、君の隣で─── って。



 黒みんが壊した壁の中にいたのは、きれーなアヤカシさん。
 短気で俺様な黒ぷんの態度を面白がってくれてたみたいだけど、やっぱダメかー。すんなり通してはくれないんだね。
 このお姐さんとは、あんまり戦いたくはないんだけどなー。
 ……すごく、強い、から。

 やっぱり、春香ちゃんを連れて来なくて正解だったね。
 このきれいな危ない世界で、珠から逃げ回るだけでも結構大変だよ。
 黒みんが悪態吐きながらも壊してくれたポールで応戦したり、小狼君の進める路を探ったりで、もう大忙し。
 合間に、2人に声援を送ったりもしなきゃならないしね。ひゅー。
 言うたび君が怒って反応するから、面白くってヤメらんないよね。ひゅー。

 取り敢えず小狼君さえ先に進んでくれれば、羽根の方はなんとかなると思うんだ。モコナも任せられるし。
 黒さまはここにいてね。この場にオレ1人じゃ寂しいから。
 オレ1人じゃ…… 勝てないから。
 それにオレの腕力じゃ、小狼君を上まで送れないしねー。



 わぁ。今度は雨になって降ってくる水。
 顔も手もヒリヒリ痛くてピンチだったけど、君に背を預けていたら不思議と何も怖くなかった。
 こんなに楽しいなら、ずっとこうして戦っていたいかもー、なんて。
 だから───

 だから、ぐにゃりと変形した水の珠がオレの目の前で破裂したときも。
 一瞬、それもいいかな、って思ったんだ。
 ここで、君の隣で───
 君が傍にいてくれるここで、全てをおしまいにできるなら、って……

 ─── もちろんそんな甘えを、君は許してくれなかったけどね。厳しいよね。



 そしてまたまた最大のピンチ。空間を埋め尽くすくらい大きな水の珠に、とどめは大波だぁ〜。
 さっき君に助けてもらったのに、オレの方は魔法で助けてあげなくてゴメンね。
 絶体絶命ってカンジなのに、それでも魔法を使わなくてゴメンね。
 あの人から逃げ回るだけの弱っちいオレなのに、共同作戦に誘ってくれてありがとう。
 これで一方的に庇われるだけだったら、さすがに自己嫌悪に陥らなきゃならないところだよー。
 作戦に誘ってくれて、ちょっとは役に立たせてくれて。
 ……ありがと。絶対成功させるからね。



やっと秘妖さんまで辿り着きました。わーい。
このあとちょっと細切れになるかと。

18.6.23




19−20話 雨


 ガキを先に行かせるのは賛成だが、なんだよ、また俺にやらせんのかよ!
 コイツ、肉体労働は全て俺の担当、とか思ってねぇか? たまにはテメェでやれ!
 ま、確かに今のは細ェコイツには無理そうだが…… って、その気の抜ける「ひゅー」はやめろ!

 ちっ、あの女。
 ガキを逃がした罰のつもりなのか、珠の水を今度は雨みてぇに降らせてきやがった。
 これじゃあじっとしてるだけで溶けちまうだろうが。早ぇとこヤっちまわねぇと。



 そんな状況でも、コイツもヘラいくせに随分と肝が据わってるじゃねぇかと魔術師を見直した次の瞬間、あのバカはモロに水を引っかぶりそうになってやがった。
 チッ!
 竦んだのか動かねぇアイツを棒で弾き飛ばす。
 咄嗟に手加減できなかったんで、アバラの1本くらいイっちまったかと思ったが、咳き込みながらも軽口叩いてるところを見ると、なんとか大丈夫らしい。
 ……意外と頑丈なヤツだ。
 何が優しくだ。助けてやっただけでありがたいと思え。

 でかい水玉が一転、波の壁になって立ちはだかったときも、アイツはやっぱりヘラヘラと笑ってやがった。
 服はまだ辛うじて無事みてぇだが、白かった顔も首筋も無残に赤く焼けている。
 平気そうな顔しやがって。痛けりゃ痛そうな顔しろよ。そんな顔で笑うな。
 おめぇの事情は俺には関係ねぇが、逃げ回るだけってのが気に食わねぇ。
 水底で眠ってる人とやらが誰だか知らねぇが、死ねねぇってのが本当なら、本気で立ち向かえ。

 俺ァ行く。生き続ける気があるなら、言うことを聞け。俺と一緒に来い!



なんでそんな偉そうなんですか。
でもここの会話を、黒様が後々まで一字一句覚えていたかと思うとね。この頃からよーく見てたんだね。

18.6.24




20話 礼


 心臓が、止まるかと思ったんだ。
 彼女の爪で、君の胸が貫かれたかのように見えたときと、……君が 『お礼』 を貰ったとき。

 戦ってるときから薄々、マズイなぁ、とは思ってたんだよねー。もしかして、ひょっとして、って。
 だってあんなに大変な状況だったのに、一緒にいるだけで楽しいって、ちょっと危険じゃない?
 まるで、1番大切な人と一緒にいるから嬉しい、みたいで。
 戦ってる間は気分が高揚するものだから、そのせいかもー、って一応は希望を持ってたんだけどね。
 きっとそうだよって、自分に言い聞かせたりもしてたんだけどね。
 でも、それだけだったら……

 ───キスされてる君を見て、こんなにも苦しくなったりしないよね。



 ……オレ、馬鹿じゃないかな。
 そんなことしてる場合じゃないのに。
 そんなこと、許される訳がないのに。

 そんなつもりはなかったんだよ。『大切な人』 なんて、作るつもりは。
 そんなこと、絶対、ダメなんだから。
 でも……
 だって君が、睨んだり怒鳴ったりするから(目が離せなくて)。
 オレとは正反対で、強かったり優しかったりするから(すごいなーって思って)。
 放っておいて欲しいのに、構ったり気に掛けてくれたりするから(困るけど… 本当はすごく嬉しくて)。
 だから、オレ……

 どうしよう……



自覚しました。やっとです。
でもこの人たち、出逢ってまだ6日目だったりしませんか。

18.6.25




20−21話間 上へ


 妖の額の石を叩き割った途端、景色が元に戻った。お、術が解けたか。
 雨に濡れた服はボロ切れみてぇに溶けかけたままだが、水分は乾いたというより、最初から濡れてなどいなかったかのように跡形もなく消え去った。
 焼けた皮膚がちっとはヒリヒリするが、これ以上酷くはならねぇらしくてやれやれだ。
 全身ずぶ濡れで、かわいそうなくれェだったからな。

 ……や、かわいそうってのは、アレだ。火傷が酷くなりそうで、や、俺も含めてな。
 ただ、あいつがあんまり生っ白いもんだから、真っ赤に爛れた皮膚がやけに痛そうに見えるんだよ。悪ィかよ!
 だから…… だー、もう面倒くせぇ!

 ─── 領主とやらは最上階だったな。行くぞ。



 階段の途中で、魔術師が遅れ気味なのに気がついた。なんだ、もうへたばりやがったのか。
「おい、どうした」
「黒さま元気だねぇ。ちょっと、先行っててー」
 息が上がったヤツの右手が自分の胸元を掴んでいる。
 ヤベェ…… やっぱさっき、骨イっちまってたか?
「見せてみろ」
「えっ、なにっ!?」
 手を退けさせて肋骨に一通り触れてみる。が、特別に痛がる箇所はなさそうだ。
「あ、あのっ」
「うし。折れちゃいねぇな。打ち身くれぇは我慢しろ」
「……うん」
 助けたつもりが怪我させたとあっちゃ、寝覚めが悪ィからな。

 これでひと安心だと手を放した途端、なぜだかヤツはへなへなとへたり込みやがった。
「おい」
 顔を膝に埋めてるせいで、赤く焼けた耳しか見えねぇ。
「……黒みゅう、痛いよぅー」
「……ここに薬はねぇ。片付くまで我慢しろ」
 気の毒だが。
「自分ばっかりキスされちゃってさー。あれが秘術だったら、黒むーなんか、とっくにやられちゃってるんだから」
「ありゃあ、礼だって言ってただろうが」
「ずーるーいー」
「オメェもされたかったのかよ」
 なんとなく面白くねぇ気分で言い返すと、「ちがうよー」と力なく首が振られた。
「黒みーのことじゃ、ないよ…」
 なんだ? よく解らねぇが、弱ってやがんな。

 しょうがねぇ、担ぐか? とか思っているうちに、ヤツは何事もなかったかのように立ち上がった。
「ゴメンねぇ。行こっかー」
 その表情は、まるで義務のように浮かべるいつもの 『笑顔』。
 ムカつくはずの顔なんだが、今は無理してんのがまるわかりだぞ。ホントに大丈夫なのかよ。
 小さく舌打ちを1つ。なるべく袖が溶けてない方のヤツの腕を掴んで、最上階目指して駆け上がった。



久々に捏造です。朴念仁な黒さま。保護者モードですが、自覚していないので自分に言い訳が入ります。
あー、この先、ファイを乙女にしないでいられるかどうか……
あ、一応言っておきますが、ファイの耳が赤いのは、火傷のせいじゃないですよ(笑)

18.6.26




21話 鏡


 オレたちが最上階に到着したときにはもう、決着はほぼ着いていた。
 遅いー !! って、モコナに怒られちゃったよ(主に黒たんが)。
 ごめんねぇ。オレのせいなんだー。だから頭突きは、1度でカンベンしてあげて?

 毅然とした態度で迫る小狼君と、道理をよく弁えつつ糾弾する春香ちゃん。そして彼女の痛みを分かち合うように、しっかり支えてあげているサクラちゃん。
 3人ともまだ子供だけど、ここにいる誰よりもしっかりしてて偉いよね。。
 子供ならではの強さかもしれないけど、あまりにも真っ直ぐで、真っ白で。
 失った命が戻らないなんて知ってるけど…… 正論過ぎて、オレにはちょっと眩し過ぎるかな。
 ねぇ、黒みーは? じっと目を閉じて聞いている君は、どう感じているのかな。

 失われた命。奪ってきた命。どんなことをしても、もう戻らない。
 そんなこと、言われなくたって解ってるよ。
 ……ねぇ、黒様は平気? たくさん殺してきたって言ってたよね? それでお姫様に怒られたって。
 みんな悪者だったの? お姫様を守るためだから、やるべきこととしてちゃんと受け止めてるから、後悔なんてしてないのかな。
 オレは…… 逃げてきたオレには、正直ちょっと痛い、かな……



 ここの領主は私利私欲のために力を使った。だから責められても当然だと思う。
 でもこれがもし、この国のためを思って羽根の力で隣国に攻め入った、なんて状況だったらどうだろう。
 隣の国の人からは恨まれて当然だけど、この国の人から見たらいい人、って場合。
 その領主から羽根を奪ったら、この国の人からは恨まれちゃうよね。
 あと、羽根がいい人に正しく使われて、すごく役に立っている場合も当然考えられる。
 それを奪って悪人として責められる覚悟を、彼らは持っているだろうか。
 小狼君は彼女のためにならやるんだろうけど、サクラちゃんの方はどうかなぁ。

 ……まぁここの領主は悪者だってことで、今回はメデタシメデタシなんだけどね。
 そういう状況がいつか来るかもしれないってことは、考えておいた方がいいんじゃないかな。
 結果的に悪者になってしまった時、彼らは逃げずに受け止められるだろうか。



ファイさんいきなり何考え始めてるんですか。私がビックリですよ。黒ファイと違うし。
なにせ3コマしか出番がないので…… 黒ファイ妄想するにも限界が。
ファイは受け止められずに逃げ出した人、なイメージで今回書いてみましたが、過去が全然違ってたら、削除、かなぁ……?
小狼については、今は何を書いても虚しい感じがするですよ。とほー。

18.6.27






野望へ