野望へ


         7 巻




43話 寂しさ


 ……ねぇモコナ。オレ、そんなに解り易かったかなぁ?
 これでも、そんなの見せないように頑張ってたつもりなんだけどな。
 モコナにはなんでもお見通しなんだねー。
 オレが上辺だけでしか笑えてないことも、いっぱいいっぱいなことも。
 全然強くないことも、恐がってることも。
 ─── あの、まさか、黒たんのことは、バレてない、よねぇ……?

「寂しい人は分かる」かぁ……
 小狼君は解るよ。サクラちゃんに忘れられちゃったんだもんね。そりゃあ寂しいよね。
 でも黒ぽんもそうなの? やっぱり知世姫のところに帰れないから?
 ……そうだよね。あんなに帰りたがってるんだもんね。そっかー。
 オレは…… そうだね。オレも、寂しいよ。

 この国で暮らして、自分たちの家があって。
「ただいま」 とか 「おかえり」 とか(誰かさんは言ってくれないけど)言い合って、そんなママゴトみたいな生活。
 ほんの一時のことに過ぎないって判ってるから、寂しいよ。
 この旅だって、いつか終わりが来るって判ってるから寂しいよ。
 そうならないように、なるべく関わりあいにはなりたくなかったんだけど…… 無駄な抵抗だったね。



 サクラちゃんだけは、違うんだね。そっかー、あったかいんだぁ。
 でもね、記憶が増えていくたびに、小狼君のことを思い出せないのが寂しくなるんじゃないかなぁ。
 そんなことには、ならないといいな。
 サクラちゃんにはこんな痛み、抱えて欲しくないもの……

 まだ本調子じゃないのに、今できる限りのことを精一杯やろうとするサクラちゃん。
 そういういい子には、こっちもできる限り手助けしてあげたい気になるよね。
 できることもやらないオレには眩し過ぎることもあるけど、大事にしてあげたくなっちゃうんだー。
 せめてサクラちゃんの 『あったかい感じ』 を減らさないように、オレも頑張るからね。



ファイが寂しいのはアシュラ王と離れてしまったからではない! と思いたい。うちは腐っても黒ファイサイトですから。
でも本当は、いつも考えてなきゃいけないんですよねー。 「忘れようとしたって忘れられない」 そうなので。
うちのファイは最近、ホントに王様のこと忘れまくりですみません…… 黒鋼のことしか頭にないっぽい。

18.7.27




43−44話 星史郎


 一目で判った。
 相当な魔力と、右目の魔法具。魔力に頼らない部分の戦闘力。
 それから、本来の彼自身のものではない、何か圧倒的な力。
 その力で操る、際限のない鬼児たち。
 ……オレでは、敵わない。

 彼の今の狙いはオレみたいだから、モコナはサクラちゃんについていて。
 たぶん彼は、サクラちゃんは殺さない。
 自分の目的のために、邪魔になりそうな戦闘力のある人間だけを狙っている。
 もともとワンココンビを訪ねてきたんだから、オレの次には当然、小狼君と黒さまを狙う気なんだよね。
 2人に 「気をつけて」って伝えたいけど…… モコナ、2人が帰ってきたら伝えてくれるかな。



『羽根を手に入れるのに、ちょっとだけ手間取るといいなぁー』 なんて。
 この国に来た最初に、そんなことをちらっと思っちゃったから、罰が当たっちゃったかも。

 星史郎さんが入口近くにいるから、サクラちゃんが寝ているソファから離れるには、店の奥に誘い込むしかない。
 お気に入りだったカップもお皿も、みんな粉々になっちゃうね。
 今朝焼いたばかりのケーキも、黒ぷいが買って来てくれた小麦粉も、店中に飛び散っちゃうかも。
 テーブルもカーテンもズタズタで、黒ぽんたちが戻ったらビックリしちゃうよね。
 君たちが 「ただいま」って帰ってくる場所だったのに、ちゃんと守れなくてゴメン。

 ああ、だからヤだったのにな。大切な人なんてできちゃうと、こういう時に大変なんだよ。
 君と出逢わなければ、もっと生きたいなんて思わなかったのに。
 敵わない相手を前に、こんなにみっともなく逃げ回ったりしないですんだのに。
 もうこれで、あの人に追いつかれることもなくなるんだって、安心できたのに。
 やっと終われるんだー。って、笑って逝けたのに。


 でもオレは、君にこれ以上嫌われたくないから───


 ゴメンね。黒むーは怒るだろうけど、抑えがない状態じゃ魔法は使えないんだ。
 そりゃ魔法を使えば簡単だけど、使わないって決めてるんだ。
 でもできる限り、頑張って悪あがきしてみるからね。
 この足がいつまでもつか、わかんないけど
 逃げきれないって判ってるけど
 さよならも言えなかったけど
 ありがとうも、伝えられなか



18.7.28




44−45話 タイ


「一般人が襲われて死亡」 という緊急事態とやらも、なんら重大なこととは感じられなかった。
 その場所が、『猫の目』 だと聞かされるまでは───



 不思議なほど、姫とまんじゅうの心配はしていなかった。
 あいつがいて、あの2人まで殺られることはありえねぇ。その程度には信じられる奴だ。
 ……問題は、あのバカだ。
 めちゃくちゃに荒らされた店内の様子で、俺は自分の予想が正しいことを悟った。

 白まんじゅうが言うには、鬼児共に取り囲まれた後に何やら音がして、その後にはもう姿が消えていたんだそうだ。
 床に落ちた、ボロボロに引き千切られた布の切れっ端を拾う。魔術師が店に出るときに首に巻いてたヤツの残骸。
 さっきの塔の中と同じだ。死体も残らねぇっていうのは。
「……喰われたのか、鬼児に」


    ───遠い昔の記憶。
    見覚えのあり過ぎる腕と、それを骨ごと噛み砕き、咀嚼する音───


 あいつもか。
 あの生っ白い、ふにゃけた野郎を喰いやがったってか。
 あいつもあんなふうに、なっちまったってか。
 他人のことは笑って気遣うくせに、自分のことにはいっぱいで溺れそうになってたあいつを、喰っちまったってか。
 ただの肉の塊みてぇに、エサにしちまったってか。
 俺はまた、守れなかったってか!



 今朝の食事は最初と違い、それほど苦にはならなかった。むしろ、なかなか旨かった。
 その時は単に、腕を上げたのかと思ったんだが……
 今日の予定を確認しながら、姫と小僧に差し出された
皿の上には、俺に出されたものとは明らかに違うものが載っていた。蜜がたっぷり掛かってやがったし、焼いてるときの匂いからして既に甘ったるかった。
 それほど気を遣われていた。

 自分のことで精一杯と言いつつ、他人の世話をよく焼く奴だった。
 力があるくせに、自分がボロボロになっても決して使おうとしない奴だった。
 姫とまんじゅうさえ無事なら、自分のことには本気を出さない危なっかしい奴だって、俺は知っていたはずなのに。

 あいつは、俺が守るべき者じゃねぇ。
 力を持つ奴を、守ってやる必要もない。
 それなのに、なんでだ。こんなにも腸が煮えくり返りそうな感じがするのは。
 守ってやりたかったと思っちまうのは。身を切られるように後悔しちまうのは。



 星、史郎……!
 俺よりも小僧に因縁がある奴みてぇだから、ここは先に譲ってやる。
 だが今回限りだ。制限時間は深夜0時。そこまでしか俺ァ待たねぇ。
 それまでに決着が着かなければ、そん時はこっちに譲れ。
 その後は…… 俺が殺る。



黒鋼のトラウマ抉りまくり。既に過去形で語られると、さみしいですねぇ。
あのネクタイの切れ端は、ぜひとも黒様に拾っておいて欲しいものです。
ところで、黒鋼が今まで下駄だったのを7巻で草履に履き替えてるのは、塔からダッシュで帰るためだと思っていいですか。
アニメではちっとも全力疾走に見えなくて悲しかったです。まぁ緊急事態の内容からして違ってたけどね。

18.7.29




46話 夢卵


 最初、何がなんだかわかんなかったよ。
 透明なカプセルみたいのの中で独り目覚めて、他のみんなはまだ中で眠ってて。
 制服のお姉さんがカプセルを開けてくれて、グラリと視界が揺れて、記憶が流れ込んできて。
 そして…… 今までのことがみんな夢だったって知らされたんだ。

 あの国で経験したあれもこれも、みーんな夢だったんだって。
 確かに、あそこは楽しくて、幸せで、覚めるのが怖い夢みたいな国だって思ってたけど。
 でも、ほんとーに夢だったなんて。そんなの、ないよぉ。
 今更そんなこと言われても、オレ、納得できないよ。
 あそこでの暮らしは、オレにとって、本当に貴重な経験だったんだよ。
 そんなの、ひどいよ……



 暫くしたら今度は小狼君が目覚めて、夢は夢でも、みんなが同じ体験をしてたんだって判った。
 あそこで生きたのも、オレが死んだのも、みんなが同じに経験してたんだって。

 だったら、……いいかな。
 ただの夢だったとしても、そこで暮らした記憶はちゃんとあるもの。
 交わした言葉も、覚えた料理も、戦いも、想いも、みんな本物。
 そう思っても、いいよね……?
 黒さまとお酒を飲みに行ったのも、お説教されたのも、ケーキを食べさせたことも、みんな本当にあったことだよね。
 あそこであんなに嬉しかったのも悲しかったのも、オレの一人相撲じゃなかったって、思ってていいんだよね?



 まだ黒りんたち3人は眠ったまま、向こうの世界で生きてる。
 オレと小狼君が死んじゃって、あっちはどうなっているのかな。
 気になるけど、死んでしまったオレたちには、もうどうすることもできない。
 ゴメンね。君たちが出掛けてる間に死んじゃって、ビックリさせちゃったよね。
 でもオレ、これでも、生きようと思って頑張ったんだよ。
 黒ぽんは、ちょっとは悲しいと思ってくれたかなぁ? ……やっぱり怒らせちゃったかな。
 ゴメンね。また会えたらちゃんと謝るから、だから…… これ以上、嫌いにならないで。



乙女度全開だなぁ。まずいなぁ。
18.7.30




47話 崩壊


 小僧が行って暫くすると、店の周囲に鬼児がわらわら増えてきやがった。
 姫を担ぎ、白まんじゅうを懐に入れて、入り込んでくる小物を倒す。どうにもキリがなさそうだ。
 狩りの標的だったはずの鬼児が、逆に人を狩る側に回ってやがる。これも全て、星史郎って奴の仕業なのかよ。何モンだ、そいつは。
「おい、白まんじゅう」
「モコナだもん」
「あいつはどうして殺られた。どういう状況だった」
 聞いてどうなる訳でもねぇが。

「最初はね、ワンココンビを訪ねて来たみたいだったの。ファイが何の御用?って訊いたら、消えてもらうって言って、いきなり鬼児を出したの。それでも暫くは2人でお話してたんだけど……」
「…………」
「ファイね、サクラの側を離れないでって言ったの。でもモコナ、ファイの言うこと聞かなきゃよかった。一緒に、星史郎と戦えばよかった。飛びついて、噛み付いて、それで……」
「馬鹿言ってんじゃねぇ。それで正解だったんだよ」
「ファイ、足が痛くてあんまり逃げられなかったの。魔法を使えばもっと楽に逃げられるでしょう、って言われたけど、使わなかったの」
 ……あんの、バカが。
 いくら使うのが怖かろうが、死んじまったら何にもならねぇだろうが!
 暴走しようが誰かに感づかれようが、知ったことか。死ぬより悪いことなんかあるか。
 もしもそうなっちまったら、そん時また考えるなり逃げるなりすりゃいいじゃねぇか。
 ……結局、あん時俺が言ったことなんざ、聞く耳も持たなかったってことか。

「ねぇ、侑子がイレズミを貰ったからいけないの? そのせいでファイはやられちゃったの?」
「違うだろ。使わなかったのはあいつの勝手だろ。……自業自得だ」
 馬鹿野郎が。その挙句に、勝手に死んじまいやがって。
「そんなこと言わないで! ファイ一生懸命だったの。鬼児がモコナたちの方に来ないように、遠くに行くように逃げてたの。あんなに頑張ったのに、見てなかったくせに、そんなふうに言わないで!」
「 ──── 」

 ……そうか。頑張ったか。
 まんじゅうがこれだけ言うんだ。本当に頑張ったんだろう。
 そんなら……、いい。
 いや、許すつもりはねぇ。だが。そう、か……



 鬼児狩りの連中が集まってきて、辺りの景色がドロリと溶けた。
 いったい何が起きた?
 次元移動ともまた違う奇妙な感覚の後、回復した見慣れない景色の中にそいつはいた。
 ───あれが星史郎か。
 小僧も戻らねぇが、これ以上は待たねぇ。
 あいつは、俺が斬る。




ファイがあんまり怖がるから、モコナにフォローさせてみた。
黒鋼も小狼も、ファイが連れ去られたって可能性は考えてないみたいですよね?
初めから、ファイは死んだものとして考えてるっぽいような。
血痕がないんだから、もっとそっち方面でも考えてみようよ!(笑)

18.7.31




48話 現実


 機械と空間が壊れて、こちらの世界に鬼児が現れた。
 鬼児たちだけじゃなくて、あ、黒わんこみっけー!
 え、目を覚まさないまま、そのままこっちに来ちゃったの? ……星史郎さんと、対峙してる?
 黒わんなら剣じゃ負けないと思うけど、あの人は何かイレギュラーな力を持ってる。
 ねぇ、もしもこっちの世界で負けたら、どうなるの? そんなの…… ダメだよ。



 向こうの世界から戻ってきた、鬼児狩りのみんなと合流できた。
 サクラちゃんも無事みたいだし、モコナは生きてたオレたちに飛び付いて喜んでくれた。
 えへへー。心配させちゃってゴメンねー。
 あとは黒りんにオレたちの無事を知らせたいんだけど、どうしよう。
 足場は危険だし、一瞬でも気を逸らせたら命取りになっちゃうよ。そんなの、絶対ダメだ。

 あの人の持つ剣は、鬼児を変化させたもの。意思を持ち、血を求める剣だ。
 意思を持って自在に動き、絡みつき切り裂こうとする。
 それに彼は魔力だって強いし、小狼君ばりの体術も使う。
 ……やめて。やめてよ。
 黒みーはなんとか互角に戦ってるけど…… 見てるだけなのは心臓によくないよー。

 ふたりとも、本気。黒たんは殺気を隠そうともしていない。
 ……いいの? 殺しちゃいけないんじゃなかったの?
 一刻も早く止めさせたいのに、その方法がわかんないよ。
 絶対によそ見をさせないで、なんとか知らせる方法は……


 わ!


 わぁー、さっすが魔女さん。
 あんな当たったら死にそうな勢いで何かが飛んできたら、さすがの2人も跳び退って避けるもんねー。
 あの2人に限って、避け損ねたりしないだろうし。
 そして、やっとこっちに気づいてくれたよ。
「黒様ー、やほー!」
 黒むービックリしてる。えへへー。手ぇ振っちゃお。
 黒さまー。また逢えて嬉しいよ。……あとで、怒られるかもしれないけど。



夢卵の中で眠っていた身体。アニメでは現実世界に戻ると同時に自然消滅してましたけど、原作では羽根が消えると同時に戻ったんだよね?
モコナのお口に吸い込まれる直前の、『いい具合に戻りきってないところ』
刀だけじゃなくて服も戻りきってなくて、下は袴のまま、とかだったりしたら面白かったのに(オイ)。
18.8.1




49話 お別れ


 星史郎さんの使う魔法陣は、次元の魔女さんのもの。そしてモコナも。
 あの人が羽根を持ったまま移動してすぐに、モコナにも変化が現れた。
 彼の魔法具の力に引きずられているんだ。光り、浮かび、羽と魔法陣が開く。

 あー、これは。……移動、するよねー?
 制御できなさそうだよねー。ここでおしまいかぁ。
「黒りんー! 小狼くーん! もう、この国と、お別れかも──」

 オレは一足先に現実に戻ってたけど、黒わんはまだだったよね。
 あのね、夢から醒めるんだよ。
 羽根の影響がなくなって、鬼児が、歪んだ空間が、仮の姿が消えていく。
 オレたちもあの国の住民から、また旅人に戻るんだ。



 ……楽しかったよ。
 家も、店も、お仕事も。
 料理も、お酒も、宿酔いも。
 デートも、お説教も、こんな想いも。
 初めてなことばっかりだったけど、みんな、みんな楽しかったよ。
 悲しかったり怒らせたりもしたけど、それも含めて全部幸せだったよ。

 変だよね。これで旅が終わるわけでもないのに、こんな寂しい気持ちになるなんて。
 みんなとは、まだまだ一緒にいられるはずなのに。
 小狼君は新しい友達と別れるのが辛いかもしれないけど、オレは別にそんなこともないのにね。
 なんだかわかんないけど、何かが終わった気がするんだ。
 それが何かは解らないけど……



だって寂しそうな顔に見えるんだもん。
終わったのはたぶん、『新婚生活(気分)』 だと思います。でも 『家族旅行(むしろWデート?)』 は続きます(笑)

18.8.3








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