100話前 記憶の本
『手にした者の記憶を写し取って、次に開いた者にそれを見せる本』
小狼君が見たのはそれだったんだね。
黒むーが最初に手に取って、それから小狼君に渡した。
小狼君が見たのは、黒るんの、記憶───
小狼君、泣いてた。
ごめんなさいって、謝ってた。
何を見たの? なにがあったの?
泣かずにはいられないような、見てしまったことを謝らなければならないような、そんな辛いことがあったんだ。
「泣きたくなきゃ、強くなるしかねぇ。何があっても泣かずにすむようにな」
阪神共和国で、雨に打たれる小狼君を見ながら黒みーが言った言葉。
日本国で、誰よりも強くなるために戦ってきた君。
知世姫を守るためかと思ってたけど、それだけじゃなかったのかな。
とても哀しいことがあったから、だから強くならなきゃいけなかったの? 泣きたくなかったから……?
小狼君ばっかり黒様の過去を見ちゃうなんてずるいー!
……って思わないでもないけど─── オレが知るべきことじゃないんだよね。
すごく聞きたいけど、黒ぽんが話してくれない限り、オレは知らないほうがいいんだろう。
きっと話してはくれないだろうけどねー。
それに、知ってしまったら…… もう後戻りはできない気がする。
……オレ、まだ後戻りできる気でいるのかな。こんなに君のことしか考えられなくなってしまってるのに。
もうとっくに、のっぴきならない所まで来てるんじゃないかな。
このままずっと旅が続けられるなんて思ってないのに、もう少し、もう少しって思っちゃうんだ。
あんまり楽しくて、一緒にいられるだけで幸せで。
こんなの、許されるわけがないのに。後悔するって分かりきってるのに。
黒たんがあんまりあったかいから、冷え切ってたオレは、どうしても傍から離れられないんだ。
けど…… 取り返しのつかないことを願ってしまう前に、少し頭を冷やすべきなのかもしれない。
あの人に追いつかれることほど怖いことはなかったはずなのに。
ごくたまに、もういっそのこと追いつかれて連れ戻されたほうがいいんじゃないか、って気がしてしまう時もあるんだ。
そうでもしない限り、オレはもう、自分からは距離を置けないから……
130話でファイが 「気づかなかった」って言ってるのに、うちのはもう、ずっと前から気づきまくっててすみません。
「今が楽しくて幸せだー」って、気づいてても止められない子になってます。イタタ。130話になったらどうしよう……
18.11.8
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100話 サンドイッチ
羽の生えた可愛いティーポットが、パタパタ飛び回って給仕してくれるオープンカフェで。
最初はオレの肩でおとなしく食べてたモコナだけど、記憶の本の説明に顔を上げた黒りんが咥えたままのサンドイッチ目掛けて、ジャンプしてパクッ!
怒られてもめげずに、黒るんが小狼君に気を取られてる隙に、手にしたサンドイッチに狙いを定めて……
「あーん」 まぐっ!
黒ぴーが黙々と食べてたから、オレも実は、君の好きな味なのかなーと思ってたんだ。
モコナにも美味しそうに見えたんだよね? そしてそれ以上に、とっても楽しそうー。
指まで一緒に食べちゃったモコナを、黒むーがきゅぽって引き離す。
「なんだよ」
「んーん。なんでもー」
ただ見てただけー。
……ただ、思い出してただけだよ。
思い出すのは、阪神共和国でモコナと黒ぴーとの間で壮絶に繰り広げられた、おこのみやき争奪戦。
モコナは本当に、黒っちにじゃれて遊ぶのが大好きだね。
ジェイド国でも、フォークと格闘する黒わんのお肉を取ったりしてたっけ。
あの頃に比べて、なんて空気が柔らかくなってるんだろ……
「なにしやがる!」って怒っても、ほら、全然恐くないものー。
あの時も微笑ましかったけど、今はもっとあったかい感じがするんだ。
あの頃だって黒みゅうは本気で怒ってはいなかったし、恐い顔はおんなじなのにねー。
なんでかな……?
あ、わかった! あの時は子供同士のケンカで、今は親子ゲンカみたいな感じかもー。
オトナになったね、黒たん! なーんて言ったら、また怒られちゃうに決まってるけど……
でもそうなんだ。出会った頃に比べて、黒様は確実に大人になって─── 成長してる。
それこそ手に負えないガキ大将から、子煩悩で頼れるおとーさんになるくらいにね。
……ねぇ、あっという間に老成しちゃったらヤだよ?
小狼君もサクラちゃんも急いで大人にならなきゃいけなくて、でも君はもう、充分強いんでしょう?
まだ追い越していかないで。もう少しオレと同じところにいてよ。お願い。
君に置いて行かれるのは、もっとずっと先の話だよね?
─── まぁ、オレと追いかけっこしてくれてる間は、まだまだ充分子供だよねー。
東京編に引きずられちゃイカンと思いつつ、つい……
ファイがじーっと見てた理由が、小狼と黒鋼のやり取りまでも含んでるのか、イマイチよく解りません。
モコナには狙われ、小狼とファイには注目されて、黒鋼モテモテだな。
18.11.12
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101話 列車内
「ごめんねぇ。おとーさん甲斐性がなくてー」
モコナがオレたちの声マネして遊んでる。黒ぴーはいっつも遊ばれ役。愛されてるねー。
「お父さんはいいひとよ、ファイかーさん!」
…え? 今、オレの名前……
「ファイかーさん! おれ、父さんの分まで働くよ! 黒鋼とーさんの分まで
!! 」
えぇーーーー!?
……ちょっと眩暈がした。
……
………
…………あのね。
確かにオレは、黒ぽんのことをおとーさんって呼んだけど。
もうお父さんにしか見えないって思ったけど。
モコナの目には…… オレが、お母さんに見えてるの??
そ、そりゃ、お父さんがいれば、お母さんも欲しくなるのかもしれないけど。
確かにオレは、ゴハンを作ったりもしたけど。
黒みーのことを、す、好きだったりもするけど、でも、でも……
おかーさんは、おかーさんは、─── 女の人だよぅ〜〜 !!!
うううーー。
反論したいけど、ヤブヘビになりそうだから言わなかった。
ヘタなこと言われたら、顔が赤くなっちゃいそうだから黙ってた。
(だって。おかーさんは、おとーさんの………)
……でもね。でもホントは、ちょっとだけ嬉しかった。
オレも家族の中に入れてくれたこと、本当に嬉しかったんだ。
こんなオレでも、家族の役割の中で何かできる事があるって、それ、本当かな?
もしも本当に、家族ごっこの中にオレも入ることができるのならば。
それが本当ならオレは─── もう、おかーさんポジションでもいい。かな……
あれ、全然動じてないかと思えば、実は抵抗あったんだ
!? (笑) 書いてるうちに、こうしてたまに予想外のことが起こります。
黒鋼視点は書きませんが、それは 『いつものネタ扱いに対してお約束で怒っただけで、わざわざ心境を特記するほどの違和感はなかった』
からということで(笑)
駅に着いてからも、モコナとファイがまだ黒ぽんごっこで遊び続けてるのが楽しい。
18.11.15
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101−102話 満面笑顔
列車の中の白まんじゅうといい、図書館での魔術師といい…… おい、テメエらいい加減にしろよ。
いつもいつも、俺ばっか玩具にしやがって。
最近それに拍車が掛かってねぇか? むしろ命掛けてねぇか?
ちったぁガキ共を見習って、真面目にしてみようって気はねぇのかよ。
またキッチリ反応しちまうから面白がられる、ってのは解ってるんだが…… 俺もまだまだだな。
確かに場を和ませてるってのは認めるが、その矛先が俺ばっかってのはどーなんだよ。
俺が本気で怒れねぇと思って、白まんじゅうめ。
いっつもヘラいのと結託しやがって。たまには、逆にあいつにも絡んでみたらどうだ。
魔術師もまた、俺を怒らせることにかけちゃ天才的だよな。
その無駄な才能、なんとかしろ。何かってーとちょっかい出してきやがって。
それも、別に対立したい訳じゃなくて、ただ遊んでるだけっつーのがまたムカつく。
俺まで釣られて、つい絡んじまうだろうが。
俺が本気で怒れば、しゅんとするくせに。
大慌てで仮面を被って、何も感じてませーん、ってな顔をするくせに。
そのくせ、強ぇはずの酒でベロベロになるくらい、実はショックを受けやがるくせに。もう騙されねぇぞ。
向き合おうとすれば逃げ、そっぽを向けば纏わり付き、ほんっとに面倒臭ぇヤツだ。
自慢じゃねぇが、日本国で俺に絡んでくるような命知らずは、知世と帝くれぇしかいなかった。
いや、さすがにあの姉妹は、手までは出してこなかったか。
だから俺の顔をびろーんと引っ張れるなんてのは、世界広しと言えどもおまえくらいのもんなんだよ。
だから……
いや、何が 『だから』 なのか、俺にもよくわかんねぇんだが、あー。
そんなんで俺は怒らねぇ。だから試すのはヤメろ。
いや怒るが、それで深刻になるようなことじゃねぇ。
だから、楽しそうにからかいながら、まだ大丈夫かと人の顔色を窺うのはヤメろ。(てか、それくらいなら最初からするな)
それから、その嘘臭ェ笑顔もできれば止めておけ。それ、笑ってねぇだろ。
前の国ではウジウジ、この国ではピリピリ、一体何だってんだ。
頑張って気ィ遣って、笑ってるつもりなのかも知れねぇが……
それを向けられた方がどう感じるか、そろそろ気付いてもいい頃なんじゃねぇか。
それとも、それがおまえにできる精一杯の笑顔だと言うなら───
……俺にはどうにもできねぇが、姫にでも弟子入りして教えて貰え!
脈絡がねえー! すいません。ファイがなんか変だと思いつつ、何が変なのか判らない黒さまです。
いちいちムカつくのはファイがちょっかい掛けてるからじゃなくて、気になってしょーがないから目に付くんだと思います。
こんなにもうメロメロ(笑)なのに、まだ無自覚とかほざいてていいですか。
18.11.19
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101−102話 魔法
「盗みます」
小狼君が言い切った時点で、オレたちとこの世界は敵対関係となることが決まった。
オレは─── 進退を決めなきゃならない。
攻撃魔法って、結構容赦ないんだよねー。
力次第では何でもできちゃうって言うかー。遠距離攻撃は基本だしね。
黒むーは広範囲に及ぶ技も使えるけど、例えば動きを封じられたりしたら、いくら剣が強くたってどうにもならないでしょう?
そういう、魔力を持たない人にとっては反則みたいなこと、魔法はいっぱいできるんだ。
力が強ければ、そのまま心臓を止めることだって……
まぁ、まともな神経の持ち主なら、力が使えたところで、そんなことしようなんて思わないはずなんだけどね。
そもそも相当の力がないと、実戦では使いものにならないし。
でも、ここのシステムは───
オレは魔法は使わない。イレズミなしじゃ、絶対に使わないと決めてた。
春香ちゃんの家で、みんなを見捨てることになってでも使わないって覚悟も決めた。
秘妖さんのところでは、本当に黒みー共々危なかったけど、それでも使わなかった。
─── 今でも、そうできると思う……? オレ、ちゃんと、見捨てられるの?
サクラちゃんや小狼君、黒るんが魔法でやられそうになったら、それでもオレは、力を使わずにいられるのかな。
図書館の守衛機能って、どの程度のものなんだろう?
さっきの番犬さんだけなら、黒様と小狼君だけに任せておいても大丈夫だと思うんだけど……
魔法壁を、おとーさんの怒りのパワーで解除して。その奥は、いかにも妖しげーな洞窟。
うわぁ。壁から出てきた翼蛇さんたちも、結構強力だねぇー。困っちゃったな。
彼らみたいに物理的な攻撃をしてくるだけなら、こうやって力技で倒せるんだけどねー。
「小狼君かっこいいー!」 ぴゅー♪
……あ!
「今ちょっと口笛っぽい音出てなかったー? ね、ね、黒たんってばぁ」
やったー! できたよ黒っちー! 怒られても、めげずに練習してた甲斐があったよー。
ぴーっ、ぴゅー♪
……うん。鳴らせる。これなら……
これなら、もう少し練習すれば、なんとかなるかもしれない。
もっと多くの追っ手がかかる前に、なんとか使い物にできるかもしれない。
ぴゅー、ぴゅーっ♪
ちゃんと、音をコントロールできるように。
使ったことのない、別系統の魔法。
あの人に気づかれないように、オレのじゃない魔法。
外に向かう攻撃魔法じゃなければ、強すぎること、ないよね?
イレズミがなくても、大丈夫だよ、ね?
あぁでも、できることなら……!
これを使わないうちに、羽根が見つかりますように。
魔法を使ってしまわないうちに、次元移動できますように。
魔法が当然の世界に着いてしまったときから、ある程度の覚悟はしてたのかな、と。
だから、満面笑顔のあたりは、全然心からは笑ってないってことですね。
あ、『春香ちゃんの家云々……』っていうのは、うちのサイト限定の話ですすいません。
18.11.23
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102−103話 力
「んー、これも魔法の一種だからねぇ。ちょっと勉強してれば、ね」
……またかよ。
今の本の記憶の話といい、さっきの壁といい、俺らが魔法に疎いかと思って適当なこと言いやがって。
魔法で作られた仕掛けだから、魔法を扱う人間には解って当然みてぇな言い方しやがって。
違うだろ。逆だろうが。
盗難防止のための策を施そうと思ったら、盗人の上を行く力で対抗しなきゃならねぇ。
全ての人間が魔法を使える世界ならば、その世界の誰よりも強い魔力で封印することが必要だ。
盗もうとする輩だけじゃなく、図書館を利用する全ての人間の目までも眩ませなきゃならねぇわけだからな。
ちっと勉強したくれぇで見破られるようなシロモノなら、とっくに誰かに盗まれてるっつーの。
魔法が当たり前なこの世界で機能してるってことは、誰にも見破れてないってことだ。
その鉄壁の守りをいとも簡単に突破してみせたってことは、お前はそういうヤツだってことだろう。
面と向かって問い質してやれば、いつにも増したヘラヘラ態度で全力で逃げる。
けっ、……嘘くせぇ。
別に買いかぶってるつもりはねぇ。正当に評価してるつもりなんだがな。
そんなに踏み込まれんのが恐ぇのか。
そりゃ謙遜じゃねぇ。誤魔化しだっつーの。
とんでもねぇ魔力の持ち主だってのが俺達にバレたからって、何か不都合があんのかよ。
最初から、魔女のとこには自力で来たって言ってたじゃねぇか。そりゃ相当すげぇことなんだろ。
実は魔女並みの力の持ち主でしたー、とか告白されたとしたって、別に驚きゃしねぇよ。
例えそうだとしたって、今更その力を当てにしたり、むやみに畏れたり拝んだりするかよ。
力が強すぎて昔何かあったとしたって、今は使ってねぇんだから関係ねぇだろうが。
俺がそれを納得した訳じゃねぇが、おまえが信念を持って文字通り死んでも使わなかったモンを、無理に使えとは言わねぇよ。
どういうつもりで自分を軽く見せようとしてんのか知らねぇが、そんな余計な心配してるんだったら、お門違いもいいとこだ。
お前に力があろうがなかろうが、俺には関係ねぇ。
御伽噺の鶴じゃあるまいし、正体を知られたからって一緒にいられなくなる訳でもねぇだろうが。
本当のことを言いさえしなければ、近づいたことにはならねぇとでも思ってんのか?
今までさんざん懐いてきたくせしやがって、それこそ今更だろ。
お前が隠し事を止めようと続けようと、今まで過ごしてきた事実は変わらねぇ。
気付け。気付けよ。いいかげん観念しろ。
どんなに深く関わりたくねぇと思ってても、もう手遅れなんだよ。
今のうちに黒鋼に方針を決めさせておこうかと。例の112話は、もうこの日の夜のことだからね。ハードスケジュールよね。
「関係ねぇ」と「面倒臭ェ」が口癖だった人とは思えません。そして「気付け」って… お前が言うな!(朴念仁/笑)
自分の推測に基づいて勝手に苛立つ黒さまですが、それ、微妙に外れてるから。
18.11.27
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104話 おるすばん
遺跡の地下深くに開いた、真っ暗な穴。羽根はこの中にあるらしい。
サクラちゃんは止めたけど、小狼君はもちろん、黒りゅんも迷わず飛び込んで行った。
……ったく、残って心配する方の気持ちも考えないで、困ったお父さん達だねぇ。
「わたし、なにも出来ない……」
危険があるかもしれない時、いつもお留守番になってしまうサクラちゃん。
待つしかできないって、結構辛いよね。
でもね、待っててくれる大切な人がいるってだけで、どれだけ支えになるか知ってるかな。
無事を願って、信じて待っていてくれる存在が、どれだけ大きな力になるかって。
温かく迎えてくれるサクラちゃんの笑顔が、頑張ってきた小狼君にとって1番のご褒美なんだよ。
小狼君も黒様も凄く強いって、サクラちゃんも知ってるでしょう?
だから、きっと無事に羽根を取り戻してくれるよ。
今はここで待つ方が小狼君のためだから。信じて待っていてあげよう?
だからそんな泣きそうな顔しないで。
小狼君が羽根を持って帰ってきたら、笑って「ありがとう」って言ってあげようね。
───って。そんなの建前だよぅー!
サクラちゃんにはそう言って説得するけど、本当はやっぱり心配だよ。
特に今みたいに、危険と判っている所に行くのを見送らなきゃならない時は…… 恐いよね。
何もできなくても、せめて傍で見守っていたいよね。
オレが今やらなきゃならないのは、ここに残ってサクラちゃんとモコナを守ること。
小狼君にお願いされちゃったしねー。
でもでも、オレだってすっごく心配なんだよー? わかってる?
大丈夫大丈夫。2人とも強いんだから大丈夫。
サクラちゃんのことはオレが任されてあげるから、黒ぽんは小狼君のことお願いね。
しっかりお留守番してるから、ちゃんと無事に帰ってきて。
笑顔で「おかえり」って言わせてね。
「オレは、待てない」と矛盾しないように調整を図りつつ……(笑)
黒鋼の言った「蝙蝠の刀のヤツ」ってセリフに、「なんのこと?」とか反応させたかったけど、今のところファイの過去が、おっさんと繋がってる恐れがないとは言い切れないので止めときました
。
18.11.30
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105−106 逃走
警報ブザーが鳴ると共に、遺跡内部だったはずの景色がユラリと溶けた。元の洞窟みたいな回廊に戻ると同時に、目の前に黒たんたちが現れる。
わ、どうしたのー? 小狼君ボロボロじゃない。
でもちゃんと羽根は手に入ったんだ。よかったね。
ある意味いつもどおりの展開なのに、黒様の眉間のとこ、いつもよりきゅーっとなってる。
……小狼君が、どうかしたの?
小狼君に急かされて次元移動しようとしたけど、モコナは魔法陣を出すことができなかった。
あーあ。やっぱり、か……
だよねー。泥棒に逃げられないための魔法は、当然仕掛けてあるよね。
それは攻撃に対しても同じこと。刀も出せない。当然だよねー。
向こうはありったけの追っ手を出すだろうし、魔法相手に走って逃げるには限界がある。
わかってた…… ことだよね。
ぴゅー♪
……うん。大丈夫みたい。
覚えたてだけど、ちゃんと操れる。
この場に張り巡らされている魔法の影響を、全て遮断すればいいだけでしょ。
そんなの、簡単なことなんだ。
ただ、ね……
道はなく、背後には追っ手、空からは魔物の炎。
……ここまで、かぁー。
やっぱりもう、これしかないよね。
サクラちゃんや小狼君を、ここで死なせるわけにはいかない。
黒りんを、オレは死なせたくない。
みんなを見捨てることになっても、絶対に使わないって決めてたけど、そんなの───
そんなの、できるワケないじゃないか!
こんなの、オレにとっては簡単。ごく簡単なことなんだー。
ただね、イレズミなしでうまく最小限に抑えたままでいられるか、それが心配なだけだよ。
今までのオレのとは系統が違う、初めて使う魔法。
この場以外にまで影響を及ぼすほど、強過ぎたりしないよね。
次元の向こうで眠るあの人に、オレだと気づかれたり…… しないよね?
ファイの魔法放棄は、アシュラ王のセンサー避け(笑)のためだと思ってたんですが、強大過ぎて制御困難とかあるのかな?
取り敢えず両方入れてみましたが、どっちもハズレだったらどうしよう……
『死なせない』の中にモコナを入れなかったのは、アレこそ死なない生き物のような気がしてねー。
きっと全ての役目を終えたら、また蔵の中で眠るんじゃないかな。
ずっとファイと一緒でもいいけど…… って、モコファイENDかよ!(1人ツッコミ)
18.12.3
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105−106話 魔術師
小僧が本を叩き割って羽根を取り出すと、術が切れたのか、場所が元の洞窟に戻る。
姫に名前を呼ばれて正気を取り戻したようだが、番犬に1度やられた後の小僧は、明らかにおかしかった。
ありゃあ、誰だ?
「黒様…?」
魔術師の気遣わしげな声。
だが白まんじゅうが移動できねぇなら、今はとやかく考えてる場合じゃねぇ。
こんなところに長居は無用だ。逃げるぞ。
羽根が戻ったせいで、例によって意識を無くした姫を担ぎ、来た道を駆け戻る。
当然、番犬が待ち構えてやがったが、刀が使えねぇんじゃ小僧の蹴りに任せるしかねぇ。
足止めにしかならねぇだろうが、本気を出しゃ相手に通じるのは、さっきの穴の中で立証済みだしな。
こんな時でも小僧は本の心配かよ。やっぱさっきのは別人、か…… ありゃ何だったんだ。
かろうじて追っ手をかわしたものの、来た時にあったはずの道が、海に変わっちまってる。
泳げってか! だが、それしかねぇなら……
「飛び込むぞ」
「駄目だよ」
コイツ、なに落ち着いてやがんだ! ─── と、魔術師の投げた帽子が音を立てて溶けた。
……正直、助かった。危うく溶けちまうところだ。
じゃあどうする? どうすりゃいい。
宙を飛んでくる背後からの追っ手。あれに蹴りじゃ対抗できねぇだろ。
刀1本ありゃ何とかなるんだが、素手で技は出せねぇ。他に道を探すか?
……って、さっきからピーピーうるせぇってんだよ!
いくら吹けるようになったからって、得意になってんじゃねぇ! 子供じゃねぇんだ、時と場所を考えろ。
チッ、番犬が追いついてきやがった。まんじゅうの悲鳴。ダメか !?
ピー ピュー
ピュ───────……
一瞬、何が起きたのか解らなかった。
番犬の口から吐き出された炎が、俺たちを焼き尽くす代わりに、周囲をグルリと取り巻くように広がる。
高く澄んだ音と、遮られる炎───
その音は、魔術師の口から出ていた。今まで散々フザケながらも拘り続けていた、口笛。
ついさっき吹けるようになったばかりとは思えねぇ澄んだ音を操り、見えねぇ壁のように俺たちを取り囲んだのは。
まさか……
─── 魔法、か……?
あれほど使わないと言い張っていた魔法。
死んでも使わなかった魔法を、今ここで使いやがった。
……いいのかよ。使っちまって、おまえは平気なのかよ。
どんな攻撃も通さねぇ空間を確保し、魔術師は白まんじゅうに次元移動を促す。
俺と小僧がたまげて凝視する中、そいつは穏やかすぎる顔を崩さなかった。
黒鋼は諦めない人だと思って、焦りながらも色々考えさせてみたら、なんだかヘタレになった…(笑)
あの魔法の唐草模様って、常人の目にも見えるのかな? アニメのは綺麗だったので、黒鋼にも見えてるといいなー。
18.12.7
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107話 どいつもこいつも
今まで使ってた魔法とは別系統の、音を使った魔法、だぁ?
さんざ今までひゅーひゅー言ってたのは、このためだったってか。
……フザケてたんじゃなかったのかよ。
何事もなかったような顔をして、責任を感じているらしい小僧を慰める。
なぜ笑っていられる。あれほど頑なに使わないと言い張っていたものを。
いや、違うな。なぜ笑っていようとする?
それが却って不自然だ、ってのが解らねぇおまえじゃないだろう。
一発で虚勢だと見抜かれると気づいてて、それでも尚且つ平気なフリをしようとするのは何故だ。
おめぇの目の前にいる小僧みてぇに、たまには凹んでる姿でも晒してみろってんだ。
で、その小僧は、なにやらじっと考え込んでいる。
アレか? さっきの、おかしくなった件。自覚があんのか?
あれは、小僧じゃなかった。
本来の小僧は、番犬にまで情けを掛けたり、あの騒ぎの中でも本が燃えないかと心配したりする奴だぞ。
それなのにあいつは、容赦なく番犬をブチのめし、本の表紙を叩き壊して羽根を取り出すと残骸を放り投げた。
小僧であって小僧でないモノ。
感情のない冷酷な目。痛みを感じねぇ術を掛けられたかのような動き。
ありゃ、いったい何だったんだ?
───ったく、不安定な奴ばっかじゃねぇか!
無事に逃げ切れたからよかったものの、今回は散々だったな。
小僧がおかしくなったことを知ったら、ヘラいのはどれほど心配することだろう。
ただでさえ魔力を使ったことで、いっぱいいっぱいになってるはずのコイツには、言わねぇ方がいいだろうな。
暫くは2人から目を離さねぇ方がいいとは思うんだが、姫は寝てるし、俺1人でどうするよ?
ま、手が足りなくなったら、白まんじゅうでもかり出すか。
おとーさんは大変です。
今まで小狼がサクラを、自分がファイを担当すると思ってたのが、一気に全員がぶら下ってきたような(笑)
でもいつの間にか、それに耐えられるだけの男に成長していた黒鋼にホロリ。
18.12.11
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107話 東京
「今度はどんなとこかなぁ」
瓦礫の中からヒョイと外に出てみたら ─── ドクリ。心臓が、1つ、打った。
廃墟。
見渡す限りの、壊れた世界。
暗く澱んだ空。幾重にも折り重なるように倒れ、半ば砂に埋もれた巨大ビル。
吹き荒ぶ風に乗って舞い上がっているのは、砂と、ボロボロに崩れた建物の破片?
一瞬。オレが、やっちゃったかと思った。
さっき使った魔法で、やっちゃったのかと思った。
上手にできたと思ったのに。実は失敗して、暴走させてしまったのかと思った。
たくさんの建物と、そこにいたはずの人を、オレは…………
黒、みー
どうしよう……
くろ、たん
だから魔力は……
黒さま、オレ、ちゃんとできると思っ───
……ちがう。違う違う。これは、オレがやったんじゃない。
ここは、さっきまでの世界じゃない。モコナはちゃんと移動したよね。
ふーーーーー
深呼吸を1つ。落ち着け、大丈夫。
あー、ビックリした。あー怖かった。
それが現実だったら、オレ、もうみんなと一緒にいられないもの。
魔法を使ってしまったせいで、黒みゅうとも、もうこれでお別れなのかと……
ずっと一緒にいられないのは判ってるけど、こんな急に、おしまいになることもあるんだと……
いけないいけない。いつまでも引きずってる場合じゃない。頭を切り替えなきゃ。
では。どこか落ち着ける場所を探して、いざ、しゅっぱーつ!
単にお姫様抱っこの前フリのつもりが、書いてる途中でどんどんシリアス分が増殖してしまい……
収集がつかなくなって2つに分けましたとさ。
あの後姿ファイがこんなことを考えていたとは、私も今の今まで思ってなかったー(待てコラ)
18.12.15
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107−108話 お姫様抱っこ
新しい世界に、取り敢えず踏み出してみる。誰か人はいないのかなー。
「お姫様だっこだー」
モコナが喜んじゃって、黒りんの回りを飛び跳ねながら囃し立てる。
図書館で逃げてる時は、黒様はサクラちゃんを荷物担ぎしてたけど、今はちゃんと横抱き。
「ずっと担いでると、さくらちゃん頭に血が上がっちゃうよー」
オレも担がれたことあるけど、アレけっこー苦しいんだよ。
女の子だもんねー。緊急事態じゃない時は、丁寧に運んであげなくっちゃ。
と。何もかもが砂に還ろうとしているこの世界に降るのは ─── 濡れると痛い雨。
大変だー。早く雨宿りできるところを探さなきゃー。
この辺りでたった1つの、崩れてない建物目指して走りながら、なんだか思い出しちゃった。
痛い雨と言えば、秘妖さんだよねー。彼女どうしてるかなー。
あの時、雨はヒリヒリ痛かったけど。でも黒ぽんと一緒に戦って、すっごく楽しかったんだー。
懐かしいなー。もうずっと昔のことみたいな気がする。
オレ、あの時にわかったんだ。
大切なこと。大切な人。大切な気持ち。
それは気付いちゃいけなかったことだし、後で辛いって解ってるけど…… やっぱりオレ、気付けてよかったよ。
黒ぽんはサクラちゃんの顔に雨が当たらないように、しっかり胸に抱き寄せながら走ってる。
………
えー? オレ、サクラちゃん相手に、ヤキモチなんか焼かないよー?
妬くなら、怪我してるから自分でサクラちゃんを抱っこできない小狼君が、黒るーにだよね?
オレは自分で歩けるし、別に、うらやましくなんかないよ。
うらやましくなんか…、ないもん。
…………
……ちょっとしか。
秘妖さんとこで自覚したのは、ウチ限定の話ですー。って、言うまでもありませんが。
さてこの先、本編でこんなお馬鹿な話を書ける日が、いつかまたくるでしょうか……?
18.12.18
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108話 都庁
土砂降りになる前にかろうじて建物に駆け込んでホッとしたのもつかの間、そこは無残な死体でいっぱいだった。
うわぁ…… 酷いね。
未だ生々しい血の臭いの割に、呻き声1つ聞こえない。
全滅したのか、生き残った人はどこかに逃げたのか、それは分からないけど。少なくとも、このホールに生きてる人はいない。
「サクラちゃん、眠っててくれてよかったよ」
こんな光景、この子に見せるには忍びないもの。寝起きにこんなの見たら、ショックでトラウマになっちゃうかも。
サクラちゃんには、もっとふわふわした、綺麗なものだけを見ていてもらえたらいいのに。
ここは、女の子にはちょっと過酷な世界かもしれないね。
でも黒むーがしっかり守ってくれたから、髪もほとんど雨には濡れてないみたい。よかったー。
どこか、ゆっくり寝かせてあげられる場所があるといいんだけど……
小狼君もちゃんと手当てしなきゃいけないのに、道具も場所もないなんて、困ったねぇ。
そう言えば、今までもそれなりに危険な旅だったのに、薬の用意とか、してこなかったね。
こういうのは、オレが考えておくべきことだったかなぁー。
次に平和な世界に行けたら、救急箱とかテントとか買って、モコナのお口に預かっててもらおうか?
野宿用に、あったかいお布団もあるといいねぇ。あとは甘いおやつと、お酒なんか……
「なになに !?」
小狼君と偵察に行ったはずの、モコナの声が響いた。
何? どうしたの !?
ここで殺られてる人達がいるからには、当然、やった側の人間がいるはずだ。
今のモコナの悲鳴は、その人たちからの攻撃?
黒みんが無言でサクラちゃんをオレに手渡す。うん、任せて!
黒りんは小狼君のことをオレより信頼してる(ぶー)けど、でも何かあった時に助けに行くのは自分の仕事だと思ってる。
サクラちゃんを守るのは小狼君の仕事だと思ってるけど、今みたいに怪我してたり体力勝負のときは、ピンチヒッターで自分が担当する。
それはもう、ごくごく当たり前のことみたいに。
最初は 「関係ねぇ」「面倒くせぇ」ばっかり言ってたのに、あの頃からは考えられないよね。
今じゃ、サクラちゃんと小狼君のことが可愛くてしょうがないみたい。
あ、もちろんモコナもね。
黒様が傷一つ付けなかったサクラちゃん。オレだってちゃんと守るからね。
オレだって、2人が可愛い気持ちは負けないもの。
黒るーがオレを信じて預けてくれたサクラちゃん。大丈夫。絶対裏切らないからね。
あの死体の人たちは、タワーの人じゃないのかな? 後の展開を見ると、例のメンバーだけが来てる感じだけど。
薬の準備、次の国では遅すぎました。ここで必要だったんだよぅー。
でもこの先どっかの国で、また「薬がない」とかいう話になってしまったら、該当部分は削除しなきゃですね。
18.12.21
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