112話後 毛布
……いつまでもここに座り込んでいる訳にも行かないよね。
立ち上がろうとして、ここはさっきまで黒りんが座っていた場所だと気づいて、また動けなくなる。
別に、ここに温もりが残っているわけでもないのに。
こんなにも些細な繋がりまで手放したくないほど飢えているのかと、自分に呆れてしまった。
毎日毎日一緒にいるのに。オレ、ホントにどうかしてるね。
黒ぷいが戻ってくる前に、今夜の自分の居場所を確保しておかなきゃいけないのに。
同じ遣り取りを、また繰り返す気力は残ってない。
今日はもう遅いし、また今度──ずっと来ない方がいいけど──にしよう?
今夜はオレ、小狼君を看ながらずっと起きてるつもりだったんだけどー。
戻ってきた黒たんと向き合わないためには、卑怯だけど、オレの方が先に眠りに逃げ込んでしまうしかないかなぁ。
黒たんの分の毛布をその場に畳んで、もそもそと移動する。
場所は─── そうだなぁ、サクラちゃんの枕元、小狼君とは反対側のベッドの脇にしようか。
ここなら、ベッドに突っ伏してしまえば君の位置からは陰になるし、続きを話すために無理に起こされたりすることはないよね。
バレバレかもしれないけど、黒様は優しいから、子供たちを起こすかもしれない危険は冒さないでしょう?
小狼君の寝息も聞こえるし、熱で苦しそうになったらちゃんと起きて看病するから。
だからそれまでは、もう眠ったことにさせてもらおう。
そうして朝が来たら、ちゃんと普通に「おはよう」って言うんだー。
そうすればきっと、またいつもみたいに話せるよね?
部屋に入ってくる前から分かる、黒むーの気配。
あー戻ってきたー。何の話だったのかな。押し付けちゃってゴメンね?
オレ、「おかえりー」って君を迎えるの大好きなんだけど、今日はできないや。もう寝てることにしたから。
入口で立ち止まる黒っちの視線を、痛いほどに感じる。
反応しちゃダメだ。寝たふり寝たふり。黒さまー、オレはもう寝てるから、だから話しかけないでね。
近づく気配と、大きな溜め息。
と。
頭から背中にかけて何かがバサリと降ってきて、ビクリと全身が硬直した。それこそ起きてるのが一目瞭然なくらいに。
え、これ…… 毛布? オレに掛けてくれたの?
─── どうしよう。嬉しいけど……
違うよ、違うんだ。これはオレの毛布じゃない。黒みーの分なの!
起きてるつもりだったから、オレ、自分の分は貰ってこなかったんだよ。
どうしよう。オレがこれを使ったら、黒るーのがなくなっちゃう。
返さなきゃいけないのに、起きなきゃ返せないよぅー。
混乱しつつ、固まったまま身動きできずにいると、再び大きな溜め息が聞こえて、頭の上に圧力が掛かった。
1回、2回… 最後は少し長くて、3、かい…… そうして、離れて行く掌と気配。
叩かれた? 掴まれた? それとも、撫でられ、た……?
どっちつかずの黒ぴーの手は、益々オレを混乱させる。
また逃げちゃった仕返し? それとも寝たふりがバレバレで呆れたの?
それとも─── 怒ってないって、教えてくれた……?
うぇーん、わかんないよ黒みー。
起き上がるタイミングを完全に外し、オレは毛布を被ったままで眠れぬ夜を過ごすことになった。
薄い毛布はそれほど暖かく包み込んではくれないけど、それでもすっぽりと覆い隠してくれる安心感は格別で、まるで、不器用に優しい誰かさんみたいだと思った。
毛布をね、小狼に掛けてあげた後、あと1枚しか持ってないように見えるんですよー。黒鋼は使ってないみたいだし。
品不足とは言え、普通ならこの場合は人数分貸してくれると思うので、ファイが必要なだけ借りてきたことにしようかと。
黒鋼に何か一言言わせたかったけど気の利いたセリフが思いつかず、ちょっかい出しただけに終わりました。
黒鋼は黒鋼で、うっかり出してしまった自分の手に、何がしたかったのかと混乱してると思います。ヘタレですいません。
19.1.21
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113話 小狼
どんなに気まずくても、朝は容赦なくやってくる。
にっこり笑って朝の挨拶と、毛布のお礼と、あと黒りゅんから昨夜の草薙さん達との会談報告。
うん、ちゃーんといつもどおりだったと思うよ?
……君の眉間の皺の多さと、それに気付いたオレが一瞬だけ目を伏せてしまったことを除けば。
外出に必要だっていう防雨服を借りて戻ってみると、わんこコンビの間の空気がおかしかった。
珍しく焦ったようなただならぬ雰囲気の黒ぴーと、そして……
「……小狼…君?」
呼びかけに振り返ったのは。凍ったみたいな目をした、小狼君の、容れ物……?
───大変だ。
黒みんが掴んだ腕に力を込めたら、すぐに正気に戻ったみたいだけど、でも……
「……あれ、小狼君…」
「じゃねぇな」
黒たんの目から見ても、やっぱりそうなの? オレの気のせいじゃないんだ。
しかも、聞いてみたら前にもあったって……
黒りんってば、そんな大事なこと、なんでオレには教えてくれなかったの!!
大変だ。
小狼君が、『小狼君』 であるための、右目の封印。
作られた身体に込められた、小狼君の心。精神。記憶。
封印が解けてそれらが抜け落ちてしまったら、後に残るのはあんなに冷たいモノだなんて。
もしも小狼君の右目の封印が解け掛かってるとしたら。
今みたいなのが、前から頻繁に起こっているとしたら。
目を離しちゃいけない。いざというときには、誰かがすぐに対応しないと。
チィよりも格段に上手に作られてる小狼君を、オレにどうにかできるか分からないけど……
「黒様、お願いがあるんだー」
外にはオレが行くー。黒るんは、サクラちゃんをお願いね。
外出は黒むー1人にお任せしようかとも思ったけど、小狼君がお出掛けしたいって言うなら、オレと小狼君で行ってくる。
今までは何かあるといつも黒ぽんが対応してきたけど、今回はオレの仕事。
戦いはいつも黒みゅうに任せっきりにしてたけど、これはオレの役目。
創られた命に関しては、どう考えても黒ぷいよりはオレの管轄だよねー。
もしも封印が弱まってるとしたら、原因を探ってちゃんと掛け直さなきゃ。
少しでも長く続くようにと、昨夜もあんなに願ったばかりの『今だけの幸せ』が、もう揺らぎそうになってる。
こんな形で終わるとは思ってなかったけど、これで期限切れだというなら、それはそれで諦めるしかない、かなぁ?
でもでも、サクラちゃんと小狼君の幸せだけは、壊す訳には行かないから……
オレ全力でやるから。
こんな大変なときに、昨夜みたいにフラフラしないから。
でも、もしも万が一のときは。
オレの手に負えなくて、もしも小狼君がいなくなってしまったら───
黒様、お願いがあるんだ。
何も知らずに眠ってるサクラちゃんをお願いね。
小狼君が 『小狼君』 じゃなくなってしまっても、その後の彼のこともお願いね。
で、その時オレが壊れてたら、その後始末もお願いしたいなー、なんて……
君の嫌いな、面倒臭いことばっかりだね。ゴメンね。いちばん辛い役目かもしれないね。
でも、黒さまにしかお願いできないことだから……
やってくれるよね?
ファイの 『お願い』 は、単純に「オレに行かせて」だけだと思ってていいんでしょうか?
最後の会話だし、種明かし的に回想シーンが出て来やしないかと待ってたんですけど、さすがにもう出ないかなー。
またしても親切に、捏造する隙間が与えられたってことでしょうか。
黒鋼にしたら、今までどおりのファイと小狼に会えるのはこれが最後です。ファイにとっても、今の関係はこれでおしまい。
ファイには最悪の場合の覚悟があったことにしてしまいました。できてる黒ファイだったら、ちゅーの1つくらいはするとこだ。
19.1.25
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113話 留守番
「……あの野郎」
俺に留守番を押し付けて行くたぁ、どういう了見だ。
眠ってる姫相手に、俺にどーしろってんだよ。
いつも肉体労働は俺に押し付けやがるくせに、今日に限って自分が行きたがったのは何でだ。
「お願いがあるんだー」
そう言ったときの、魔術師の笑顔が気になった。いつもどおり、っちゃあそうなんだがな───
何か企んでるに違いねぇんだが、それが何なのかがイマイチ分からねぇ。
実際に口に出した、「サクラちゃんまだ寝てるし、つまんないんだも〜ん」
やら 「黒様ばっかりお出掛けするのズルイー」 やらが理由じゃねぇことだけは確かなんだが……
おまえは、出掛けたい理由すら言えねぇのか。
隠そうとすればするほど怪しまれると分かってるだろうに、それでも言えねぇってのは何だ。
あの小僧の症状に、心当たりでもあんのか?
それすらも、俺には言えねぇってのかよ!
自分自身のことを話したがらねぇのは前からだが、小僧のことまで話せねぇたぁ、どういうこった。
1人で抱え込むつもりか。そうするからには、自信はあんだろうな。
信じて、いいんだろうな?
……ったく、どいつもこいつも問題抱えてやがるくせに、それが2人揃って出掛けて無事に帰って来れんのかよ。
ただでさえ、怪我人と狸寝入りの徹夜明けのくせしやがって。
引き受けたからには、やっぱり手に負えなかったなんて言うんじゃねぇぞ。
桜都国ン時みてぇに、自分を犠牲にして、なんてのも許さねぇぞ。
ちゃんと2人で帰って来い。
せめてもの気休めに白まんじゅうをつけたが、ちゃんと監視役を果たせてるといいが。
それに白まんじゅうが一緒なら、そうそう無茶もできねぇよな?
あいつは1度まんじゅうの目の前で死んだ前科者だが、何度も同じ悲しみを味わわせるほど酷ぇ奴じゃねぇだろ?
そう信じようと思うが、それでもいいな?
帰って来い。絶対に、小僧を連れて無事に戻って来い。
もしもちゃんと帰って来なかったら、そん時は─── てめぇを見限る。それでいいか。
あの原作の1コマ。自分が先を知っているものだから、つい黒鋼にもこんな思考をさせてしまいます。
実際は、『一暴れしたかったってのに』とか思ってるのかもしれないですけどね(笑) まぁそんな単細胞じゃないこと希望。
小狼のことは、お互いに心配させまいと相手に話さないでいて、却って怒らせるすれ違いパターンで。
19.1.28
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113話 おでかけ
黒りんとサクラちゃんをお留守番に残し、小狼君の運転でいざ、狩りにしゅっぱーつ!
今は小狼君から目を離せない。今朝みたいな状態にならないよう、しっかり見張ってなきゃ。
雨避けのフードの中には、ふかふかなモコナの感触。うぅ、癒されてる感じがするー。
ありがとね。オレの緊張が、モコナに伝わってなければいいんだけど。
「怪我してるのに大丈夫かな」
好意的にに接してくれるのは、草薙さんと、えっと、確か遊人さん。もう1人の人はちょっとおっかない。
「しかし、あっちのでかいほうが来ると思ったんだがな」
「神威とやりあったほうね」
黒っぴは昨日神威君を吹き飛ばしたりしたから、今日も活躍を期待されてたのかもね。黒ろんモテモテー。
「行きたがったんですけどー、オレがお願いしたんですー」
黒ぷい暴れるの大好きだもんねー。せっかくの機会を、オレが取っちゃってゴメンね。
本当は狩りはおとーさんに任せてお留守番してた方が、楽チンでいいんだけどねー。
「で、君の方はもう大丈夫なの?」
え、オレ?
「あいつとは仲直りしたのか?」
え… えーーっとぉ。
昨夜この2人が来たときの状況を思い出す。あぅー、バッチリ見られちゃってるんだっけ。
「ファイ? 黒鋼とケンカしちゃったの?」
「本当ですかファイさん」
心配そうに訊いてくるモコナと小狼君。ど、どーしよう……
「そんなのー、いつものことじゃん」
いつものじゃれ合いレベル、ってことにしとこうと思ったのにー。
「やせ我慢は良くないぞー。たまには泣いてあげたら?」
「だな。頼ってもらえなくてショボくれてたぞ」
な、な、何を言ったの黒ぽん。この人たち、何言ってるのー!?
「ファーイ?」
訊かれても。オレにも何のことだかわかんないよー。
「喧嘩、したんですね?」
う。
「仲直りはできたんですか?」
「あ、朝はちゃんと普通だったでしょー」
「ファイさん!」
うぅ、怒られたー。
「……喧嘩じゃ、ないよ。オレが怒らせただけ。そんなの、いつものことでしょう?」
「ファイさん。もしも自分の方が悪いと思っているのなら……」
運転中だから振り返らない小狼君の声が、遠慮がちに、でも真剣なものになる。
「帰ったら謝ってくださいね? 黒鋼さんと、仲直りしてください」
「……小狼君?」
「───旅に出る前の日、おれは姫の話を最後まで聞けませんでした。続きを聞けないなんて、思ってなかった……」
「…………」
「だからファイさんも、必要なことは言った方がいいです。次に必ず伝えられるとは限りませんから」
大事にしまい込まれたまま、失われてしまったサクラちゃんの言葉。受け取れなかった小狼君。
そんな後悔をもうしたくないから、小狼君はいつも無茶ばっかりするのかもしれない。
───これじゃあ、逆だね。オレの方が小狼君に心配されちゃったー。
「はぁい。わかったよー。……ゴメンね、心配させちゃって」
「いえ。おれも姫も、おふたりの仲がいいと嬉しいですから」
「モコナもー!」
は、はは…… これ、別に、深い意味はないよね? 喧嘩はダメってことだよね?
言われた内容にちょっぴり焦りつつ、オレは祈る。この優しい小狼君が、失われることのように。
いつかまたサクラちゃんから、大切な言葉を貰えるように。
ここらで和みを入れようかと、草薙たちがファイをからかう話にする予定だったのに、なんだか話が思わぬ方向へ。
小狼が突然語り始めてしまったせいです(予定外)。 最初で最後 (!) のまともなセリフがこんなことに……
今まで決めてなかったけど、小狼は年長組の動向に気付いてるっぽいですかねー。サクラはどーなんだろ。
草薙と遊人さんはおしゃべりかなぁ? あの痴話喧嘩の一端は、既に都庁メンバーの間に伝わってること希望(笑)
19.2.3
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114−115話 外出先
あっぶなかったねー。
危機一髪で、突然変異のでっかい獲物を一刀両断にした小狼君。カッコいー! ひゅーひゅー。
「すげぇな」
思わず、といった感じの草薙さんの感嘆の声。
えへへー、小狼君すごいでしょ? 黒さまが先生なんだよー。
「なんか草薙に誉められると桜都国みたい」
「だねぇ」
思い出すねー、桜都国。
草薙さんって黒りんに似たタイプの人かと思ったら、甘いケーキも喜んで食べてくれたんだよねー。
楽しかった桜の国。いい夢を見られて幸せだった。
残念ながらオレはあそこで死んじゃったけど、死んでしまうのが惜しいような気がしたこと、自分でもビックリだったよ。
黒むーがわざわざお説教してくれたから、ちょっとは自分から生きてみようかなって。
そんな気持ちになれたこと自体、オレにとってはすごく画期的なことだったんだよ。
小狼君が剣の修行を始めたのもあそこだったね。
あの国で鬼児狩りのわんこコンビが誕生して、そうして小狼君は黒たんの愛弟子になった。
黒わんは口では面倒くせぇって言ってたけど、しっかりみっちり教えてるのは、今の小狼君を見ればよく判るよー。
こんなに可愛がってるのに様子がおかしくなっちゃったら、先生としては心配だよね。
「……取り返さなきゃならない。必ず」
たった今まで普通に話してた小狼君の、一瞬の変貌。
やっぱりだ。やっぱり、封印が解けかけてる。
何か切っ掛けがあった訳でもなく、こんなにも自然に、ふいっとスイッチが切り替わってしまうなんて。
ごめん小狼君。早く気付いてあげられなくて。オレ、黒みーのことだけで頭を一杯にしてたから……
1日でも長く続くようにと祈っていた『幸せ』の期限。
小狼君の変貌が前からあったことなら、気付かなかっただけでカウントダウンは既に始まっていたんだ。
もう一刻の猶予もないかもしれない。でも、どうしたら食い止められるだろう?
その時が来たら、オレはきちんと対処できるだろうか───
「モコナー、今度おでかけすることがあったら、オレと小狼君で行ってくるねー」
「なんで?」
「サクラちゃん、寝てるでしょ? 黒様さびしがるからー」
これはちょっと厳しいかもしれないから。
失敗したら、小狼君を取り戻せないかもしれないから。
だからモコナには、そんなの見せられない。モコナは黒むーと一緒にお留守番しててもらわないと。
でも、そんな気遣いは必要なかった。『今度』なんてなかったんだ───
弟子っていっても、実際に教えられたはずの期間ってすっごく短いんですよねー。最短で行くと半月くらいかな。
語られなかった世界が入る余地があるのはピッフルの前後なんですが、そこにいくつかの世界が挟まってると思った方がいいのかな。
でもあの獲物、やだよー。一行は果たしてご馳走になっただろうか? 他の食糧はないんでしょーか。
19.2.6
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114・116話 眠
眠り続けている姫の手が、ピクっと引き攣った動きをした気がしてそっちを見たんだが……
なんとなく嫌な感じがした。苦しそうな様子はねぇが、何かおかしい。
おい…? まさか。
乱暴に抱き起こしても、今度はピクリともしない。
顔の前に掌をかざしても─── 何も、感じない。
息を、していない……?
……おい。
……冗談じゃねぇ。冗談じゃねぇぞ!
病気でもねぇってのに、ただ寝てただけで息が止まってたまるか。
小僧が出掛けてるってのに、こんな敵もいねぇ所でいきなり死なれてたまるかよ!
とにかく医者だ! いや、医者でいいのか !?
ヘラいのにいくらお願いされたところで、俺じゃこんな時どうすりゃいいのかわかんねぇぞオイ!
慌てふためいているところに、この世界の夢見が来た。
そいつが言うには、体じゃなく、魂が眠ってるんだそうだ。
理屈はサッパリ解らねぇが、取り敢えず死んじゃいねぇってことだな。
絶対だな !? 間違いねぇんだろうな??
なら…… やれやれだ。
ふ──── 、……ったくどいつもこいつも、問題あり過ぎだろうが!
姫が死んだりしてみろ。
小僧はどうなる。あいつは姫のために生きてると言っても過言じゃねぇ。
あの魔女のところから今まで、姫のために羽根を集めることだけを考えて行動してきたんだ。それを無駄にさせる訳には行かねぇ。
精神的にもなかなか強ぇ奴だと見込んじゃいるが、姫を失っちまったらどうなるかわかんねぇぞ。
それに、アイツらだってどんなに悲しむことか。
白まんじゅうは、桜都国でアイツが殺られるのを見てる。またあんな思いをさせるのは忍びねぇ。
そして魔術師は。アレは泣きはしねぇだろうが……
アイツはいつの間にか、ガキ共を心底可愛がるようになってる。
いや、ガキ共を可愛がることによって救われているようなところがある。
だから…… せっかく綻びかけていた色んなモンが、また閉ざされちまったりするんだろうな。
忍者のサバイバル術に、蘇生法は入ってないのかな。いや、心臓は動いてるのか?
本当はここでファイのことなんか、気にしてる余裕ないよね。でもやる。
無理矢理にでも黒ファイに置き換えるのが、このコーナーの存在意義なので……
この辺から黒鋼は、共働き夫婦から奥さんも扶養することになった大黒柱な風情を醸し出し始めるのですな。
19.2.10
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語られなかった世界6 怪談
平和な国ー。おっきな山荘を借りられたし、今回はのんびり羽根探しができそうだね。
外は酷いお天気。でもモコナが言うには、「こういう所では恐い話」なんだってー。
こんなに荒れてる夜でも、それに合った楽しみ方があるってすごいよね。
誰かといれば、恐さに一緒に震えるだけじゃなくって、それを楽しむこともできるなんて。
オレはそんなことも知らなかったな……
小狼君の恐い話は、遺跡の石像を壊しちゃったことかぁ。あははー。小狼君らしーねー。
『貴重な歴史の遺物』、かぁ……
現物がそのまま残された遺跡。記録として伝えられる偉業や惨劇。
それを発掘し、意味を解明するお仕事をしてた小狼君。
……でもね。公にしない方がいい歴史ってのも、あるんじゃないかなぁ?
例えば─── オレみたいな存在とかね。
考古学って、どこまで踏み込んでしまうものなんだろう……?
お姫様が異世界に行っちゃったなんて、サクラちゃんの国ではきっとすごい大事件だよね。
黒ぴーだって日本国では一番強かったって言うし、帰ったらまた知世姫の下で、国を動かす人たちの一員として働くことになるんだろう。
そういうのも、『歴史』になるのかなぁ?
……『王様が封印される』って、国にとっては一大事だよね。それこそ歴史に残ってしまうくらいの。
犯人の名前まで残っちゃったりしてー。わぁ、オレ極悪人だぁ。
考古学者さんって、どの程度まで明らかにしてしまうもの?
そうしなければならなかった経緯や想いや、それら全てが暴かれてしまうのかな。
国の繁栄も衰退も、後の誰かが理由を解明するのかな。
何もかも曝け出して、結論付けて、悪いのはコイツだと。
オレの痕跡も、誰か慌てんぼうの考古学者さんが、うっかり壊してくれたらいいのに……
サクラちゃんはパス。─── と見せかけて、一番恐い話を披露してくれた。
「1人で迷子になっても、必ず一緒にいてくれる人がいっぱいいましたし、全然恐くありませんでした」
……そ、そう、なんだー。あ、はは…… 『恐い物知らず』って、こういうことかもー。
恐くなかったのはきっと、サクラちゃんの心がまっさらだったからだね。
霊に恨まれる覚えもなければ、相手に悪意があるかもしれないなんて、思いつくこともできなかったから。
変に怯えたりしなかったから、優しくしてもらえたのかな?
敵意も同情もなく、温かく1人の『普通の』相手として接したから?
「オレたちに見える力がなくて、よかったねぇ黒ぽん?」
「……お、おう」
オレなんか、恨まれる覚え大アリだもん。
オレが関わらなければ不幸にならなかったはずの人、命を落とさずに済んだ人。
それらがみんな見えてしまったら、大変なことになっちゃうなぁ……
黒様もそう、なんでしょう? ……だと思ったー。
こんなお揃いはあんまり嬉しくないけど、黒みーと一緒だと思えばちょっとは心強いかもね。
モコナがサクラちゃんと一緒の部屋で寝るって行っちゃうのを待って、黒わんにお小言。
「ねぇ黒さまー。モコナのこと 『白まんじゅう』って呼ぶの、止めた方がいいんじゃないの?」
「ぁあ? 何でだ」
「だって。……モコナは『まんじゅう』が恐いんでしょう? かわいそうじゃんかー」
渾名は仲良しの証だと思ってたけど、嫌いな名前で呼ばれるのは、やっぱりイヤなんじゃない?
「や。『まんじゅうこわい』ってのは…… ありゃ落語だろ」
「らく、ご?」
「あーー、笑い話みてぇなモンだ。実は好物だってオチなんだよ」
「えーそうなんだー? 黒みゅう物知りだねぇー」
うーん。日本国って、楽しそうかもー。恐い話も笑い話もいろいろあるんだー。
黒ぽんは、前からこういう楽しみを知ってたんだね。
怪談の好きなお姫様と、怖いのにちゃんと集まってお話を聞く兵隊さんと忍者さんたち。
オレが知ってる話と、どっちが怖いかな……?
あ、そう言えば。
「黒たんてさー、実は恐がり屋さん?」
「…んだと?」
「だって、みんなの話、微妙に聞きたくなさそうだったしー」
「あぁ?」
結局自分からは話さなかったし、オレの話だって、明後日の方を向いてスルーさせたでしょう?
「日本国で泣いて逃げ出したってのは、実は黒ぴーなんじゃないの?」
「んなワケあるかー!!」
ホントはね、オレの恐い話も、ちょっとは聞いて欲しかった気もするんだー。
でも実際には、どれもこれも人には言えないことばっかり。……ゴメンね?
だって、オレのこと恐がられたら嫌だものー。黒っちが恐がり屋さんならなおさらだよ。
泣いたり逃げ出したりしちゃったら、おとーさんの沽券に関わるもんね。
だからね。聞かないでくれて、ありがと。
日本国に落語はなさそうな気もしますが…… でも他にモコナのネタを解ってくれそうな人がいない。
無理矢理1つの話に詰め込んでみました。けど、最初に1人ずつ話を分けようとしてた名残がありありと残ってます(笑)
19.2.13
過去編終了後、一部修正しました。
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