野望へ


         16 巻




118−120話 封印


 モコナが羽根を感じたのは、この世界の命を支える地下の貯水槽。
 引き止めたそうな多くの視線をものともせず、小狼君は水中の淡い輝きを目掛けて飛び込む。
 それから程なくして水面に浮かび上がった、明らかに血と判るほどの大量の朱。
 そして。
 途切れ、また蘇る、今までの小狼君とは違う、気───
「だめだ、小狼君!」
 封印が、切れる……!

 モコナを放り出し、急いで飛び込んだオレの目に映ったのは。
 あの凍った目で、神威君の腕を容赦なく引き千切っている  小狼、君───?

 ……これが、『彼』の本性?
 右目に埋め込まれた力が、もう機能していない。創られた彼を 『小狼君』にしていた魔力が、ほとんど消えかけてる。
 ダメなの? もう、手遅れなの?
 あの優しかった、サクラちゃんのために一生懸命だった小狼君は、もういないの?
 ダメだ。ダメだ、そんなの!



 神威君は小狼君を 『餌』だって言う。
 違うよ。創られた命だって、ちゃんとその人として生きてるんだよ。
 チィはオレの家族として創って、オレのことを大好きになってくれたけど、それだって絶対にそうなるとは限らないものなんだ。
 自分の都合でチィを眠らせちゃったオレが、偉そうなこと言えないけど……
 創られたからって他の誰かに使われるための物だなんて、そんなことない。
 創られた命だって、ちゃんと自分で生きて、誰かの大切な人になれるんだ。

 小狼君。
 君は、とても危ういモノとして創られて、誰かがそれを止めようとした。
 危険な本性を、その人の『良い子』の心で封印したんだね。
 魔力が切れ掛けたせいで右目から浮かび上がる、見慣れぬ魔法陣。あれが『小狼君』の封印。

 君の心は、そうやって誰かに与えられた物だったけれど、君はそれを、君を大事に思う人たちの影響を受けながら、自分の物として育ててきたはず。
 作った人の思惑も、与えた人の願いも関係なく、自分で考えて行動してきたでしょう?
 何かを感じたり、大切に思ったり、興味を持ったり。
 嬉しいとか悲しいとか、綺麗とか温かいとか。そういうのは全部、君が自分で学んだものだよ。
 例え君がサクラちゃんのために創られたものだとしたって、必死に頑張ったり、笑顔に癒されたり、そういうのはいちいち作るものじゃないんだ。
 今の小狼君の心は、躯を創った人のものでもなく、心を与えた人のものでもない。
 愛してくれる人たちの中で、小狼君が自分自身で作り上げてきたものだ。
 だから……

 無くしちゃいけない。
 温かさや優しさを覚えて、それを周りに返せるほど良い子に育った小狼君。
 生まれた感情を、素直に伝えられるほど上手に育てた君の心。
 手放しちゃいけない。せっかくここまで育て上げた、とても大切なものなんだから。
 そう、持って生まれたのに潰してばかりの、オレの心なんかよりずっと……

 だから。オレが止められるものなら、何と引き換えにしても止める。
 例え、遠いあの人の許にまで届いてしまうかもしれないとしても───



このコーナーの趣旨に反して。わーん、黒ファイにできなかったー! 無念ー。つまんなーい!
原作で既にファイの内心がそのまま書かれている部分なので、いろいろ迷いました。
ここで私が同じこと言わせてもしょーがないし。かと言って、違うことをベラベラと喋るのもなー、と。
ま、考えたところで、結局ベラベラ言わせちゃってますが(開き直り)
19.2.17




120話 眼


 あぁ、また…… オレはまた失敗しちゃった。
 ごめん黒むー。サクラちゃんにも、どうやって謝ったらいいんだろう……
 オレ、小狼君を守れなかった。
 創られた命についてはオレの管轄だったのに、守ってあげられなかった。
 オレの本来の魔力を解放したのに、『小狼君』の心が抜け落ちるのを止められなかった。
 君なら、自分に任された役目は、いつもキッチリやり遂げるのにね。

 リセットされた作り物の命には、優しさも思い出もない。
 守りたい想いとか、忘れられた哀しみとか、そんな大切なことも全部抜け落ちてしまった。
 心の無い生まれたての命は、どんな命令にも何も感じず、善悪に関わらず無表情に従うのみ。それはとても哀しいことだ。
 オレのことも分からず力を振るい、ただ固執するのは羽根のことだけ。
 サクラちゃんに対しても、そんな風に接してしまうつもりなの?
 自分がかつて味わった最大の悲しみを、反対に彼女に与えてしまうことになるんだよ。
 それは小狼君が、いちばん許せないことだろうに。



 でも。
 あの子の心は、まだここにある。消えてしまった訳じゃない。

 要らないものとして無造作に投げ捨てられた、封印の媒体。
 それがオレの手元へと転がってきたのは、幽かに残った『小狼君』の名残が、無意識のうちに抗ったせいだと信じたい。
 オレはそれに賭けてみるから。
 彼がオレの魔力を取り込むつもりなら、それと一緒に、もう1度あの器に吸収させる。
 危険な本性を封じ直してしまうだけじゃ、あの『小狼君』は戻ってこられないから。
 この『心』をそのまま戻して、オレの魔力で新たに封印できたら。

 たぶんね、無理だって予測は付くんだけど───
 それでも何もしなければこのまま失われるだけだ。万に1つでも可能性があるのならやってみなきゃ。
 小狼君はサクラちゃんの大切な人で、黒りんの可愛い弟子だものね。
 やらなきゃ。小狼君にこれを返さなきゃ。
 どうしても取り戻したいんだ。

 小狼君。
 戻ってきて。
 小狼君。
 キミのためだもんね。
 小狼君。
 オレが失敗したんだもんね。
 小狼君。
 いいよ、欲しいならあげる。だから戻ってきて!






   ……でも
   あぁ、指、が…
   黒さま、
   黒様っ

    こわいよ



いくら長生きしてたって覚悟を決めてたって、アレのその瞬間は怖気づいてもいいんじゃないかと。
咄嗟に何かに縋りたいなら、神様じゃなく黒様でお願いします。

19.2.20




120話 地下


 ここの結界が消えようが、貯水槽に異変があろうが、俺には何の関係もないはずだった。
 アイツらが全員そこにいるとさえ言われなければ……

 いつの間に帰って来てやがった。
 姫の呼吸が止まってるってだけでも一大事だったのに、狩りに出掛けてったはずのアイツらにまで、何かあったってのか。
 何かってなんだ。一体何があった。
 俺に留守番を押し付けてまでわざわざ出掛けて行ったってのに、アイツは一体、何をやらかした。



 刀を手放すのは激しく抵抗があったが、押し問答する時間が惜しい。
 入口に投げ出すように立て掛けて階段を駆け下りる途中、抱えていた姫が突然消え失せた。
「消えたぞ !! 」
 オイ。何だ、魔法か? 一体、何がどーなってんだ!
「おそらく、水の中にある魂の元へ移動したのだと…」
 知世お得意の怪談じゃあるめぇし…… 生霊が抜け出て、更にそっちに身体が引っ張られたってことか?
 水ってのは───ちょっと待て。あそこで渦を巻いて吹き上がってるアレのことか?
 貯水槽ってのは、ただ水を溜めとくとこじゃねーのか。何だよアレは。
 あそこに、姫が移動しちまったって言うのかよ。
 一体、何が起きてるってんだ。
「黒鋼!」
 白まんじゅうの切羽詰った声。
「小狼とファイが、水から出て来ないの !! 」
 ……んだと? 
 姫だけじゃなく、小僧やヘラいのまで、揃いも揃ってあん中だってか !?
 テメェらみんな、一体そこで何してやがる!

「どけ!」
 邪魔だ。雁首並べて突っ立ってんじゃねぇ!
 何がどーなってんのかは解らねぇが、取り敢えず今すぐ全員引きずり出さなきゃマズいだろ。
 あの中の一体どこにいるのか見当もつかねぇが、取り敢えず飛び込んで捜すっきゃねぇだろ。
 飛び込もうとしたその瞬間、渦を巻いていた水の柱が、突然爆発したように飛散した───





 ……何だ、アレは。
 自分の目に映る光景が、理解できなかった。

 引き千切られたような服で、何事もなかったかのように平然と歩いてくる小僧と、
 その手に引き摺った、朱に染まったボロきれと壊れた人形みてぇな。それは……



一体一体言い過ぎて、ゲシュタルト崩壊起こしました。(そもそも平仮名じゃなくて漢字でいいんだっけか?)
実際あの水柱に飛び込んでしまったら、渦に巻き込まれて捜すどころじゃないよねー(笑)
この場にそぐわぬ感想ですが、水が飛び散るのがもう一瞬遅かったら、黒鋼は飛び込んでただろうと思うとね。
その後の彼の運命 (運が良くて繭から伸びる通路(?) に落下) を思うと、よかったねぇとしか言えません……
19.2.24




120−121話 寄越せ  


 小僧……
 たった今まで水の中にいたはずだってのに、その手元を鮮やかに染める色は何だ。
 逆の手で引き摺ってる奴の、頭の下で広がる色は何だ。
 てかそいつぁ─── 魔術師じゃねぇのか? 誰にやられた? ……生きてんだろうなオイ!

 ピクリとも動かねぇ魔術師の襟首を掴んだまま、無表情にこちらを見上げた小僧の目。
 その色───

 瞬間、肝が冷えた。
 まさか……
 おそらく血塗れになっているであろう、アイツの、隠れて見えない部分。
 ……まさか、オマエが?
 魔術師をモノみてぇに持ち上げて、紅く染まった小僧の指が、無造作に向かう先……
「やめろ !! 」
 それ以上は、許さねぇ!



「喰ったのか、そいつの目を」
 さっきからグチュグチュと音を立ててたのは、コイツの…… 目玉だってか。
 魔術師に向かって伸ばされた腕を封じると、不覚にも、ガキ十八番の蹴りを喰らった。
 クソ、俺としたことが。魔術師に狼藉を働いてる時点で、いつもの小僧じゃねぇってことは解ってたはずだってのに!
 朝の奴か。誰なんだテメェは !?
「右目も貰う。魔力の源は両の青い目。両方取り出せば用はない」
 ……魔力だと?
 そんなモンのために、コイツを傷つけやがったのか。テメェに何で魔力が必要だ。
 冗談じゃねぇ。……冗談じゃねぇぞ。そんなくだらねぇモンのために!
「寄越せ」
 そいつを放せ。死んだ猫みてぇにぶら下げてんじゃねぇ。これ以上弱っちまったらどうすんだ。
 腕を掴んだまま放さずにいると、両手の塞がったクソガキは、直接口で、アイツの目元に齧り付きやがった。
 まるで、俺に見せ付けるかのように……

 ……血が、逆流したかと思った。
 怒りに目が眩んで、小僧だと思って手出しできなかったことも忘れた。
 放せ。そいつを返せ。それはテメェのじゃねぇ。テメェなんぞに好き勝手されてたまるか!

 ガキを手加減も出来ずにぶっ飛ばして、ようやくこの手に取り戻した魔術師。
 身体はずぶ濡れで冷え切ってはいたが、まだ呼吸を繋いでいることに心底安堵した。
 と同時に、か細く今にも途切れそうなそれに、酷く焦る。
 どうすりゃいい。どうすりゃいいんだ!



 小僧であって『小僧』でないモノ。
 今までの世界で、『別人だが魂は同じ』って奴らはいろいろ見てきたが、これはその逆か?
 同じ奴のはずが、まるで別人じゃねぇか。そんなのもアリなのか。何かに取り憑かれやがったか?
 俺達を、敵と見做したか。
 小僧の折れてねぇ方の左手が上がり、指で空間に何やらを描き出す。そして。
 テメェ、その力は───!

 咄嗟に魔術師の身体を抱き込み、背を抉られる衝撃に耐える。
 ……この力、おまえのか? 目玉と一緒に、ガキに盗られちまったのかよ。
 フン。やっぱり、おめーが持ってたのは、大した力だったんじゃねぇか。
 あんな素人が付け焼刃で使ってみただけで、こんなにすげぇ攻撃力になるなんてな。

 おい、死ぬな。死ぬなよ。
 まだ生きてんなら、こんなに強烈な力があるなら、怪我くらいてめぇで治せるんじゃねぇのか。
 この非常事態に、いつまでも呑気に寝てる場合じゃねぇぞ。
 おい、目ェ開けろ。さっさと起きて、いつもみてぇに飄々と笑って何とかしてみせろ。
 早くしねぇと、手遅れになっちまうだろうが!



己の絶対的な力不足を痛感しております。
緊迫感とかアクションシーンとかは、私には無縁のもの。対極にあるものなんですゴメンなさい。
それから ─── もしかしてウチの黒鋼は、ここに至ってようやく所有欲を感じたかもしれない……(遅ーーっ !! )

19.2.27




121話 邪魔


 魔法……
 小僧にこんな力はなかった。これが欲しいがために、こいつの目玉を奪ったってか。
「こいつの魔力も喰ったのか」
 これがヘラいのの全力じゃねぇんだろうが、散々出し惜しみしてただけあって、癪だがかなり効いた。
 これなら確かに、それが敵であれば、自分の戦力にできるものなら奪いたくもなるだろう。
 だが相手は、ガキ共を甘やかすくらいに可愛がってたこいつだぞ。
 それを……
「羽根を取り戻す為に、必要なものは手に入れる。邪魔なものは消す」

 邪魔なもの、だと……?
 テメェ…!
「こいつは……」
 邪魔、じゃねぇだろう。
 こいつは、邪魔なものなんかじゃねぇだろうが!!

 こいつが、いつおまえの邪魔をした。
 いつもいつも、こいつはおまえと姫のために、協力を惜しまなかったじゃねぇかよ。
 おまえはこいつに、いつも助けられてきたんじゃねぇのかよ!
「おまえとあの姫の為に変わったんだ」
 前の世界ではおまえらを、……俺達を無事に逃がすために、こいつは力を使った。
 あんなに、魔法を使うのを嫌がってたってのに。
 自分1人なら、死んでも使おうとしなかっただろうに。
「おまえ達が少しでも笑ってられるように」
 おまえらの影響を受けて、こいつもいい方向に変わった。
 姫とおまえを可愛がるうちに癒され、他人を気遣えるまでになった。
 あんなに余裕なさそうにしてたこいつが、笑えるようになったおまえ達の姿を、どんなにいい顔で見守っていたか。
「聞こえねぇのか小僧 !! 」



 どんなに怒鳴っても、どんなに訴えても、小僧に届かねぇ。
 小僧はどうした。どこへ行きやがった。
 テメェは誰だ。あの小僧をどこへやった!
 あの、馬鹿正直でクソ真面目で善意のカタマリみてぇな小僧は、どこに消えちまったんだ……



本誌では黒鋼がファイのために非っ常ーに憤ってくれたので、最初に読んだとき萌え泣いた。黒さまありがとー。
しかし私が書くと、怒りも迫力の欠片も感じられない……(しょぼん) そんで真小狼の登場で尻切れトンボ。

19.3.3




121−122話 真小狼


 妙な音と共に、白まんじゅうのと同じような魔法陣が開く。
 その中から現れた人間…… もう1人の、小僧?

 チクショウ。一体、何がどうなってやがる。
 一瞬、さてはあっちがいつもの小僧かと思いかけたが ───
 そうじゃねぇ。小僧は1人で、時々おかしくなってた。決して、2人いて入れ替わったわけじゃなかった。
 だが現に、ここにもう1人別の小僧がいて……
「どういう事だ !? 」
 小僧が変わっちまったことと、何か関係があるのか?

 おかしくなった小僧の胸の辺りから抜け出た小さな光の珠が、もう1人の小僧の元へ引き寄せられていく。
 ……心の半分? あれが、小僧の心だってか? 



 新しく来た小僧によって、少しずつカラクリが見えてくる。
 昔、『小僧』に渡された、別の小僧の心の半分。その封印が切れた。
 それを元に戻そうとして、魔術師の野郎は自分の目玉まで一緒にくれてやったってのか?
 馬鹿な……!
 切れた封印は2度と戻らないと知ってて、それなのにおまえは……

 顔の半分を朱く染めた鮮血。この瞼の奥は、本当に空ろになっちまったのか。
「命に関わらない程度のことならやる」んじゃなかったのかよ。
 これは、その程度を越してんだろ。ヘタしたら死んじまうだろーが!



 小僧から抜け出した光の珠は、俺の目の前で新しく来た方の小僧の胸に吸い込まれていった。
 あれが 『小僧』 の心だっていうなら……
 それがこの新入りに戻っちまったってことは、俺らと一緒にいた小僧は、もうどこにもいねぇってことになるのかよ。
 こいつは、これを阻止しようとしたのか。
 恐らく無駄だと分かっていながら、なんとか珠を小僧に戻せないかと、ほんの僅かな可能性に賭けた。
 その希望が、たった今消えちまったってことなんだな……



 目覚めた姫が、目の前に広がる惨状に混乱して泣き叫んでいる。
 夢見の言うとおり、あっちはちゃんと生きてたな。…ったく、やれやれだ。
 だが小僧がいなくなったと知ったら、あの姫はこの先どうなっちまうんだろうな。
 大抵のことは乗り越えられる強さを持った姫だが、それは小僧の支えがあってのことだからな。
 小僧を喪っちまっては、一体どうなることか……

 そして腕の中のこいつも、正気に戻れば自分の犠牲が無駄に終わったことを知らなきゃならねぇ。
 取り戻すどころか、魔力を奪われ、状況は悪化していると悟ることになるだろう。
 それを思えば、この場では意識を飛ばしたままの方が、こいつに取ってはいいのかもしれねぇな。
 ───わかった。おめぇは頑張った分、手当てが済むまでそのまま眠ってろ。
 だがその後は、さっさと起きねぇと承知しねぇからな。




真小狼が解説してくれたおかげで、黒鋼の中でファイの株は本っ当ーに急激に上がったと思う。グッジョブ。
あと黒鋼がファイを庇った時の様子も、侑子さんがファイに見せてあげるとかしてくれないかなー(笑)
19.3.6




122−123話 緋炎


 小僧同士が戦っている。
 封印とやらが切れ、心が抜け出ちまった『小僧』の抜け殻。
 そしてあの『小僧』の基になっていた心の、本来の持ち主だっていう別の小僧。
 どちらに肩入れすることもできずに、ただ見守る。

 今までに数回目にした、冷酷な目つき。
 目的の為には手段を選ばねぇ残忍な手口。
 あれが封印によって抑え込まれていたヤツの本性だっていうなら、良いモンのはずがねぇ。
 何より、魔術師をこんなにしちまったことは許せねぇ。
 だが…… そう簡単に割り切れるモンでもねぇだろ。

 その危ねぇ本性を自らの心で封じたっていう、もう1人の小僧。本来は、そっちの方が本物だったってことなんだろう。
 感情はともかく理性の方は、新参の小僧の方に軍配を上げようとしていた。───が。
 顕になった、奴の胸に付いている紋様。……あれは!

 ─── 遠い昔、母上の命を奪った刃。その柄の意匠。
 忘れる訳がねぇ。……やっと見つけた。あん時の、あの腕の関係者か !?
「刀!」
 俺の刀は置いてきた。だったら。
「刀 出せ !! 」
 白まんじゅうが持つもう一振りの刀、それを寄越せ。事と次第によっちゃ、俺が切る!



 抜け殻小僧の腕が動き、その指先で魔術師から分捕った力を操る。
 まんじゅうの口から刀を奪い取り、緋炎に働き掛ける。
 緋炎自身が持つ炎の力。それを魔力で引き出し、増幅させ、その勢いのままに薙ぎ払う。
 周囲のもの全てを焼き尽くせとばかりに。
 ……クソ、あのガキ、やりたい放題じゃねぇか。
 ヘラいのが、使うのをあんなに躊躇してた力だぞ。ちったあ遠慮しやがれってんだ。

 魔術師の身体を引っ掴んで、取り敢えず走る。崩れ落ちてくる瓦礫を避け、炎の渦に巻かれねぇように。
 悪ィな。安静に寝かせてやりてぇのは山々なんだが、もうちっと我慢しろ。
 今度は俺がこいつを守る。こいつだけは俺が守る。
 いつもいつも目を離した隙に亡くしちまうが……
 目の前で、手が届く所にいるこいつくらいは、きっちり守ってみせる!




あの炎の中、どこをどうやって避けていたのか不明。でも1ヶ所でじっと蹲ってるよりは、逃げて走るかなー? と。
ファイのこと以外は全て省略にしてしまおうかとも思ったんですが…… なんかまた実況中継させてしまってすいません。
19.3.10




124話 片手抱っこ


 ……おい、ヘラいの、無事か?
 息してっか? どこも焦げてねぇな?

 腕の中で、相変わらずぐったりとしたままの魔術師。
 緋炎が巻き起こした炎が治まるのを待って、呼吸や火傷の有無をざっと確認する。
 傷は…、増えちゃいねぇな。
 だが───
 その生っ白い顔の半分、……ちっとも乾かねぇな。未だに朱く濡れたままだ。
 オイ、ちゃんと止まるんだろうな? チクショウ。止血するにも、場所が悪すぎんだろーが!

 せめて傷を高い位置で固定させようと、身体が縦になるよう抱き起こしてやる。
 これで少しはいいか? 傷には触れてねぇな?
 頭の右っ側で、俺の肩に凭れ掛かれるように高さを調節すると、途切れそうな、心許ない息遣いが耳に届いた。
 おい、しっかりしろ。
 戦いが終われば、俺にはもうこんなことくらいしかしてやれることがねぇ。あとはおまえが持ち堪えられるかどうかなんだよ。



 ……もう、ボロボロだな。
 魔術師はこんなだし、あの小僧は行っちまった。俺は背中を、新参の小僧は脚をやられた。
 羽根を入れられてまた眠っちまった姫は、恐らくは赤く腫らした両手よりも、心に酷くダメージを受けてる。
 残った小僧 ──まんじゅう共が『小狼』と呼ぶからには、間違いなくこいつも小狼なんだろう── に紋の件を問い質したかったが、魔女と白まんじゅうに止められた。
 ……そうだ。今はこいつの手当てが最優先だ。

 小僧の件も、母上の件も、全て知っていそうな魔女。
 だったら、こうなることも分かってたんじゃねぇのか。
 魔術師がやられて、小僧がいなくなっちまうことも知ってたんじゃねぇのか。
 「全ては必然」だっていうなら、ここでヘラいのが死にかけてんのも定められてたってことか。
 オイ、何が見えてる。まさか、このまま死んじまうって筋書きじゃねぇだろうな?
 分かっていながら、止められもしねぇもんなのかよ!
 
 手当てが済んだら、全て聞かせてもらうぞ。てめぇの知ってること全部、洗いざらい話せ。
 魔女の掌で踊らされるだけだなんて、冗談じゃねぇぞ。
 こんだけ足掻いて命まで掛けてそれが決められていることだなんて、俺はぜってぇ認めねぇからな!




小サクの愁嘆場&吸血鬼ツインズは目に入っていないと思われます。
ところで、貯水槽からどうやって上がるの? 上からロープ? 常人離れした人々だから瓦礫の上を跳んで渡るかな。
最初から貯水槽だったのなら、清掃用のハシゴがあると思うけど……(超どーでもいいことですが、分からんので書けない)

19.3.13




124話 抱っこ継続中


 薬のある部屋まで魔術師を運ぶ俺の後ろに、両手にしっかりと姫を抱えた新入りの小僧が続く。
 傷ついた右足を引きずっちゃいるが、奴は姫を手離そうとはしない。
 代わりに運んでくれようとした草薙たちの申し出を断り、大事そうに姫を抱く姿に妙な気分になる。
 その姿はまるで、今までいた小僧そのものだ。
 オマエとあの小僧は別人じゃなかったのか? おめぇもその姫が大切なのかよ。

 空いてる右手で、姫のもう1人くらい運べないこともなかったが、俺はそれを言い出す気にはなれなかった。
 小僧ほど丁寧に運んでやれるとは思えねぇし、小僧が手放したくねぇだろうと─── さっき草薙は俺にも同じように申し出てくれて、まぁ断ったんだが、そん時の俺の心境と同じなんじゃねぇかと─── 思ったし、それに、あー、その、なんだ、俺自身が小僧と同じ気分 ─── つまり、その、腕の中のこいつ以外には構ってられねっつーか、それどころじゃないっつーか─── だったもんで……



「……っ」
 魔術師の呼吸が乱れ、微かに呻くような声が時折混じってきた。
 ようやく覚醒の兆しを示したことに、安堵と共に焦りのようなものを感じる。
 ちょっと待て。この状態で意識が戻っちまったら、相当痛ェんじゃねぇのか? マズイだろそれ。
 グッタリしたままだった身体に僅かに力が入り、無意識に苦痛から逃れようと身じろぐ。
 咄嗟に落ちねぇように支えた右手で、宥めるように押さえつける。
「まだ寝てろ」
 と言って、おとなしく眠ってられるような状況にねぇのは解っちゃいるんだが……
 どうすりゃいい。
 なんとかしてやれねぇのか。
 強くなれば、手の届く範囲のものは守れると思ってた。だが実際には、腕の中いるたった1人にさえどうしてやることもできない。
 頼む。誰でもいい。俺の代わりに、誰かこいつをなんとかしてやってくれ!

 万が一にも、こいつが助からなかったら。
 したくもねぇ想像が過ぎるたび、身体の芯が冷えていく気がする。
 なんてこった。認めるには些か抵抗があるんだが、確かに今、俺は感じているらしい。
 こいつが大切だと。こいつを失いたくねぇんだと。こいつが───必要なんだと。
 手放したくねぇ。こんなところで死なせてたまるか。

 だから、つまり、その、……そういうことなんだろう。
 姫を大事そうに抱えてる今の小僧の気分、……いや、それよりも、魔女の所で最初に会ったときの小僧の心境。それが、今の自分の状況に一番近いんじゃねぇかと……



久しぶりの捏造、楽しかったー!(やたー! 自覚したー !! )(やっとかよー!)(長かったー!)
ぶっちゃけ、黒鋼の自覚と同時にファイがツンになったら楽しいかも(オニ)とは前から思ってたのですが、本気でここまで引っ張れるとは思ってなかったのです。
うわぁ、本当にやっちゃったよ。しかしどんだけヘタレなんだと(笑)
19.3.17




124話 治療


 魔術師を姫と共に寝台に寝かせてしまえば、もう俺にできることはなかった。
 自分の治療は断り、せめて邪魔にならねぇように部屋の隅に移動する。
 俺の事はいいから、早くそいつをなんとかしてやってくれ。
 小僧には狩りに一緒に出掛けた奴が、魔術師を看るのには別の女が付いた。
 昨日は俺達を追い出したい本心を何かと態度に表していた2人だったが、今は献身的に看護してくれている。
 だが……

「……無理だわ」
 見る間にかなりの綿が紅く染まったが、それらはただ、流れ出る血を拭き取るだけの役割しか果たさない。
 治療とは言っても、ここでは布で押さえて包帯を巻いておくくらいしかできないのが現状らしかった。
 お世辞にも清潔とは言えず水も薬も足りないこの世界では、今をなんとか乗り越えたとしても、いずれ傷口が化膿してしまうおそれも充分あり得る。
 そうなればもう、今より苦しんだあげくに、衰弱する一方になっちまうだろう。

 今すぐ次の世界に移動するか?
 ……いや、ダメだ。運良く医術の進んだ国に着ければいいが、それだって直ぐに医者に看てもらえなかった場合、手遅れになっちまうことだってあるし、何より、今ではすっかり慣れたとは言え移動の際に身体に掛かる負担に、今のこいつが耐えられるかどうか……

「ファイ、どうなっちゃうの?」
 白まんじゅうの問いに、誰も答えられずに重い沈黙が落ちる。それはつまり……
「侑子! 侑子 !! 」
 やっぱ魔女に頼むしかねぇのか。助けてくれと縋るしかねぇのか。
 魔女になら、こいつをなんとかできんのか。

 何を引き換えに支払えばいい。
 小僧が姫を助けてくれっつった時だって、1人じゃ払いきれなかった対価。こいつの命に見合うようなものを、俺は持っているだろうか。
 日本国か。
 記憶か。
 それとも、自分の命か。
 どれも譲れない、手放せないものばかりだ。だが……
 みすみすこいつを死なせちまうくらいなら、こいつと引き換えなら、俺は───



最初の移動で、少なくとも小狼は気を失ってたよね? だからそれなりに負担は掛かるんじゃないかと……
あ、でも一番最初は、侑子さんとこに送られたときかー。そん時は平気だったよね。うーん?
長距離透明超高速エレベーターみたい(微妙ー)な乗り心地かと想像します。体調によっては酔いそうな感じで。

19.3.20




124話 ごめんね


 痛みなのか何なのかもう分からない苦しさの中に、自分が命ごと溶けていこうとしている。
 これで、やっと終わるのかな……? ああ、長かったねー。
 気が遠くなるほど長かった割に、ちっとも上手に生きられた気がしないけど。
 誰かの、声が聞こえる。叫んでるみたいな、あれは… モコナ?
 いっしょうけんめいお願いしてるのは─── 魔女さんに、あぁ…… オレのこと、かぁ。
 ありがとー。……でも、それはダメなんだー。

 オレは失敗したんだとわかる。
 あの小狼君は行ってしまったのだと、彼に持ち去られた自分の魔力の半分がオレに教えてくれる。
 だったら、その魔力は早く消してしまわなければ……
 早く、オレごと、消してしまわなければ。
 あれは半分でも大きすぎる。あれを悪意を持って使われたら、大変なことになってしまうから。

 そう言って頑張って目を開けてみたら、暗く翳ったような視界に、ポロポロ泣いてるモコナが映った。
 あー、泣かせちゃったー。ごめんねモコナ。でも、えっと……
 ……ねぇ、黒みーは? いないの?
 また今度も、会えないままなの、かな……

 なんか大きな音がして、聞きたかった声がして、それから、急にガクンと衝撃みたいなのがあった。
 うわぁ。黒たん、いたー! いて、くれた… よかったぁー。



 最期にどうしても君の顔が見たかったから、もう1度無理して目を開いた。
 わぁい…、見えたよ。よかった……
 あぁ、くろさま怒ってる。ゴメンね…… 
 オレはとうとう、最後まで君を怒らせてたね。
 桜都国で君に叱られてから、オレだって頑張りたかったんだよ。
 君の言いたいことはちゃんと伝わったし、君が望むみたいに生きたいとも思った。
 ちゃんと解ったのに、でもやっぱり、オレは結局オレにしかなれなくて……
 頑張っても、オレなりのやり方でしかできなかったんだ。これが、オレの精一杯だよぅー。
 きちんと生きられなくて、ゴメンナサイ。
 もっと君の傍で、一緒にいきたかったけど。

「ごめんね……」

 桜都国のときはきみにサヨナラできなくてさみしかったけど、
 こんどはこんなにちかくにいてもらえた、から、 うれしい……



瀕死の人の思考力はよくわからないけど、あれだけのことが言えるなら、これくらいは考えててもいいだろうと。
19.3.24




124−125話 願い  


 ……ったく、てめぇって奴は。
 こんな時だってのに、俺を怒らせることにかけては相変わらず天才的だな。
 自分の命くらい、自分が執着しないでどうする。

 自分から生きようともせず、助かる方法を探ろうともしない。
 あのガキを暴走させないため、魔力を自分ごと消してしまうつもりでいる魔術師。
 俺が腹ぁ括れっつったのは、そんな見当違いの覚悟をさせるためじゃねぇ。
 自分の都合のいいように曲解してんじゃねぇぞ。逃げるんじゃねぇ。
 謝罪なんか、受け入れられっか馬鹿野郎が!



 自分からあのいけ好かない強欲魔女に願い事をするなんて、金輪際ありえないと思っていた。
 望みなんて、自分の手で叶えるものだと。
 だが───
 俺の腕の中で、再びくたりと力を失った身体。
 それが喪われてしまうのが許せなくて、2度目の願いを口にする。
『こいつを、死なせない方法』
 代わりに要求されるはずの条件は全て飲むつもりで。
 なのに……

「……あるわ」
「けれど」
「あたしがやれば、対価が重すぎる」

 ─── それは、方法はあるが、俺には払いきれねぇってことか。

 てめぇは悪徳高利貸しか。それとも非道医者か。こいつの命がかかってんだぞ!
 脅しが効く相手じゃねぇことは重々承知しちゃいるが、ギロリと思い切り睨みつけてしまう。
 今は支払いに足りなくても、出世払いとか分割払いとかでなんとかならねぇのか。
 無理かどうか、とにかく言ってみやがれってんだ。



 かつて自分が奪ってきた、たくさんの命。
 あいつら1人1人にもそれぞれに、こんなにも失いたくないと思う人がいたのだろうか。
 当然のように敵を殺しまくっていた自分を諫め続けた知世姫は、それを解っていたのだろうか。
 今になって、それを重く受け止める日が来ようとは思ってもみなかったが……
 それを反省しろってんなら、後でいくらでもするから。
 その報いってんなら、こいつじゃなくて俺に寄越せ。こいつには関係ねぇことだ。
 こいつを死なせない方法。あるなら俺に寄越せ。今すぐ寄越せ。
 対価は払う。何としてでも払う。だから魔女、こいつを助けろ。今すぐにだ!




なんでそんなエラソーなんですか。ちょっと殊勝になったような気がしたのに、5行で終わった(笑) 何なんだ。
まぁその反省が予想外に飛び込んできたイレギュラーなので(そんなんしてる場合か)、そこだけ妙に浮いてるんですが。
『願い』ってか『強請り』だそれは。こ、こんなはずでは……

19.3.27




語られなかった世界7 牛乳


 ぷっはーーーっv おいし〜っ v
「この牛乳って、モコナが今まで飲んだことのある牛乳の中で、いっちばんおいしいの!」
「ほんと? ……あの、モコナ、じゃあさぁ───」
 ファイ? なぁに? ふむふむ……
「─── うん、わかった。まかしとけ!」



 今晩泊まる所は、小さなコテージ。
 ちゃんとキッチンもついてて、夕食の後には約束どおりファイがミルクのお酒を作ってくれたよ。
 あったかくって、甘くておいしーの v
 小狼にもちょっとだけ飲ませて、サクラとまた追っかけっこして、すっごく楽しー。

 なのに黒鋼ったら、1人離れたところで別のお酒をガブガブ飲んでるの。
「黒鋼はこれ飲まないのー?」
「そんな甘ったるそうなモン飲めるか!」
 せっかくファイが作ってくれたのに、黒鋼が飲んでるのは牛乳の入ってない、ふつうのお酒。
 こっちもちゃんとお酒なのに、見た目が牛乳の色だからかな? 黒鋼は手をつけようともしないの。
 こんなにおいしいのにねー。
「嫌いならしょーがないよー。モコナ、無理強いしちゃダメだよ?」
「はぁーい」
「…………」
「あー、何その意外そうな顔ー!」
「あ、いや……」
「さては、オレが嫌がらせでたくさん買ったと思ってたんでしょー。ひどーい」
 ファイがいっぱい買って、ブツクサ言いながらも黒鋼が運んだ牛乳。
 その半分は、ファイに頼まれてもう侑子に送っちゃったの。そしてその代わり───

「オレ、そんなにイジワルじゃないよぉ。……はい。黒たんにはこっちー」
 代わりにファイが侑子にお願いしたのは、黒鋼にもおいしく食べられそうな、牛乳を使ったお料理。
「これなら黒むーも食べられると思うんだー。おはしでどうぞ」
 そう言って差し出したのは、わさびのお醤油を添えたお豆腐みたいなの。
「モコナにはこっちね」
 黒鋼のと同じみたいに見えるけど、カワイイ器に盛ってあって、上には真っ赤なイチゴのソース。
「わーい、おいしそう!」
「小狼君とサクラちゃんにも持ってってあげて?」
「はーい! お手伝いー、お手伝いー」
 108の秘密技の1つ、超バランスで、飛び跳ねてもこぼさないで上手に運べるよ。



 んーっ。さっぱりしてて、ソースがキレイで甘くておいしー v サクラも小狼もおいしいって。
 このイチゴのソースがなかったら、甘くなくてきっとオトナの味になるんだね。
 向こうを振り返ると、黙って箸を使う黒鋼と、頬杖突いてそれを見てる嬉しそうなファイ。
 黒鋼は何にも言わないけど、文句言わずに食べてるってことは、おいしいってことだよね?
 ……よかったね、ファイ!



ここに入れときますが、公式ガイドブック2から。 教えたのはもちろん四月一日でしょう。
お手軽レシピならカッテージチーズもどき、玄人レシピなら胡麻豆腐もどきをイメージしてください。
牛乳、つまみ、酒、和食…… このあたりで検索かけても、(予想通り)他につまみになりそうな献立にヒットしません(笑)
この話って桜都国より前なのかなぁ? 猫の目メニューが牛乳抜きで成り立っていたとは思えん。

19.3.31








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