野望へ


         17 巻(続き)




130話 「黒鋼」


 目が覚めて。
 目を開けて、最初に見るのは…… やっぱり、君の顔なんだね。

 意地悪だなぁー。せっかく生まれ変わったのに。
 まるでヒナの刷り込みみたいに、オレはまた、君を大切な人だと認識し直しちゃうじゃんか。
 それがどんなに残酷なことか、君は知りもしないで。
 この身体と一緒に、心まで作り替えられちゃえばよかったのに。

 黒たん…… あぁ、やっぱり大好きだよ。
 黒たん。オレ、変わっちゃったはずなのに、君を想う気持ちまでは変われなかったよ。
 黒たんが繋いでくれた命だもの。好きじゃなくなるなんて、できるはずなかったね。
 心の方はもうとっくの昔に依存してて、でもずっとナイショにしとくつもりだったのに。
 これからは命の方まで依存しなきゃいけなくて。それだけは、避けなきゃいけなかったのに……!



 起き上がって、
 俯いて─── 顔を上げて。

 その僅かな間に、一瞬で溢れ出しそうになった気持ちを、全部しまい込まなくちゃならなくて。
 くろさま
 どんなに大変な作業だったか、君には解らないよね。
 黒みー
 恐がって暴れる心臓を押さえつけて、嫌がる口に号令を掛けて。
 これだけは得意なにっこり笑顔で、キッチリ線を引くんだ。

     「……おはよう、黒鋼」

 ……ほら、ちゃんと言えたよ。
 君はビックリしてるけど、オレはちゃんとできたよ。
 これからだって、オレはちゃんと、君を渾名で呼ばないでいられるよ。
 大丈夫だよ。全然平気。絶対、ダイジョウブ……



「動くな」
 だいじょうぶ。オレ今までどおり、普通にできる。
「逃げないよ」
 笑顔のまま平静を装って返した言葉は、……全然、的外れだった。
「まだ、動くな」
 ……黒みーは、オレが逃げるかもなんて考えてなかった。そんな心配、してなかった。
 そうじゃなくて、───オレの体のことを心配して、そう言ってくれたんだ。 
 バサリと頭から被せられた毛布。放り投げるみたいに無造作に。でも、乱暴じゃなくて……

 ……黒たん
 オレ、ホントはちっとも大丈夫じゃない。君に抱きついて、引き止めたくてたまらない。
 黒、さまぁー
 初めて名前で呼んだ。初めて面と向かって、「黒鋼」って。
 拒絶の意味だって解らない君じゃないのに、それでも黒たんはオレを気遣ってくれて。



 いつかそう呼んでビックリさせちゃおーかなー、なんて、楽しく想像してみたことはあった。
 言葉の通じない国で、こっそり呼んでみたこともあった。
 でも、いざその時になって─── こんなに苦しいことになるなんて、思ってなかったな。
 呼ぶだけで、こんなに痛い思いをするなんて。
 自分で突き放したくせに、初めて視線を逸らされて、こんなにショックだなんて。
 背中を向けられるのが、こんなに寂しいなんて。
 覚悟はしたつもりだったのに、まだまだ、全然、足りない……



起きて顔を上げる前、ギュッと握りこぶし作ってるのが、内心の葛藤を雄弁に物語っていると思います。
きっと マント(実はさっきまで 毛布 かと思ってましたが、マントですよね?) の端っこも、ぎゅーっと握ってたに違いない。
   ( ↑ よくよく凝視して、やっぱり毛布のように見えますので直しました。5/30)
今回の毛布は黒鋼が借り受けたと思うんですが、なんでまた1人分足りないのか君達は。
19.5.22




130話 背中


 歩み去る、黒たんの背中。
 向かい合ってた時にはヨレヨレにくたびれて見えただけのシャツが、後ろを向いたら真っ黒でボロボロで───真っ赤だった。
 汚れと焼け焦げの中でごわごわと黒ずんでるのは、それ、……血、だよね? 
 その傷…… それに火傷してる? ねぇ、それ、すごい重傷なんじゃないの !?
 そんな大怪我してるのに、オレのこと看ててくれたの?
 そんなことされたら、オレ…… もうどうしていいかわかんないよ!



 黒たんの背中を見た瞬間、心臓がドクリと音を立てた。背筋がザワリと粟立った。
 背を向けられたのが寂しくて、大怪我してるのにビックリして、すごく心配で、それから…… 
 それから君の血の色に。───今までにない、何か、ゾクリと感じるものがあったんだ。

 ……ううん、違うね。『それから』じゃない。『その前』に。

 飛んでいって手当てしてあげたい背中を、オレはそのまま見送った。
 それは、もう君に近づくようなことはしないと決めたからだけじゃない。
 黒たんを気遣うより先に『それ』に反応してしまった自分の身体に、吃驚して動けなかったんだ。



 ……ねぇ、助けて?
 これからオレは、どんな顔して君の側にいたらいいの。
 君が遠ざかっていくのが哀しいのに、その同じ心のどこかで、『餌』だと思っちゃうなんて。
 絶対に傷つけたくない人なのに、君の血を『糧』にしなくちゃならないなんて。
 誰より大切な人が怪我してるのに、心配するより先に、あの『味』を思い出しちゃうなんて……!

 君は、オレの『餌』になった。
 オレは君の命を啜って、これから生きていくんだ。
 ……また、やっちゃった。
 オレはまた、一番大切な人を───



もったいないから舐めてやれよー。吸血鬼の唾液には、きっと傷を塞ぐ成分が入ってるよ!
薬が足りないから舐めて治せば一石二鳥と思ったのは、絶対私だけじゃない。
陛下と転落ちゃんの両方、少なくともどっちか1人はきっと一番大切だったと思うんだ、うん。……たぶん(弱気)
黒鋼の傷についてはもっと語りたくなったので、日記に上げます。

19.5.30




130話 モコナ 


「……ファイ」
 黒たんと入れ違うようにして、モコナがピョンと跳ねて来る。
 いつもは元気いっぱいなのに、今はそっと、気遣うような声で。
「心配かけてごめんねー、モコナ」
 さっきは恐がらせちゃったね。そして、現在進行形で心配させちゃっててごめんなさい。
 だってモコナは、『寂しい人はわかる』んだもんね?
 いつもどおりにニッコリ笑って見せることはできても、この旅を始めてからオレは今が一番寂しいんだって、モコナにはきっと知られちゃってるよね。

 向こうで、黒たんと話している小狼君。あの小狼君は、……あれは、別の人だ。
 同じ顔、同じ姿、同じ声。でも、彼にはなかった魔力。
 そうだ。あの小狼君を封印してた、本来の力の持ち主。
 今まで一緒にいた小狼君を、オレは取り戻せなかった───

 それから。オレに背を向けて行ってしまった黒たん。
 オレの命を救ってくれようとするのに逆らって、怒らせて、助けてくれたのに拒絶した。
 自分でそうしようと決めたのに、もう今までみたいな関係ではいられないのが寂しい。
 出会って、ずっと一緒に過ごしてきて、今が一番寂しい。



 ねぇモコナ、モコナとは今までどおり、仲良くしててもいいかなぁ?
 モコナには魔女さんの力が及んでいるから、普通の人とは違うものね。
 魔女さんが創った、小さな可愛い魔法生物。今もオレを精一杯慰めてくれている。
 いつも元気で楽しそうなのに、あの時はポロポロ泣いちゃってた優しい子。
 オレの膝の上で、魔女さんの言うことを聞いて大人しく眠る、素直ないい子。
 小さいながらにオレを抱きしめようとしてくれてるみたいに、その手をオレの足にピッタリと添えて。
 モコナはいつもふかふか柔らかいけれど、その手触りをこんなにもいとおしく感じるのは初めてだ。
 こんなにも染み渡るように癒してくれるなんて、きっとこれも108の秘密技の1つなんでしょう?

 ありがとー、モコナ。
 オレ、寂しいのは消えないけど、モコナがいてくれて嬉しいよ。
 慰めてもらったのに、寂しいままでごめんね。
 願っててくれたのに、寂しいが減らなくてごめんね。
 サクラちゃんみたいにあったかくなれなくて、……ごめんね。



膝の上で眠るモコナを指先であやすように撫でて、それからそっと包み込むファイの手がたまらんです。
すごく大切で愛しいものを扱う手付き。相手が違えば(いやむしろ、違う相手にそうされてたら)もっといいのにと。
東京以降は誰も彼もが寂しくて、そんな人々に囲まれてモコナがすっかり泣き虫になってしまうのが辛いです。

19.6.17




130話 侑子


 モコナを眠らせ、魔女さんとオレだけのナイショ話。だから隠さず話せってこと、ですよね?
 魔女さんはきっと全部知ってる。
 初めてのことばかりで、自分ではコントロールできずに本末転倒していたオレの心。
 最初に出逢った時から、どんどん黒むーに惹きつけられてしまったことも。
 ダメだと解っていながら全然抵抗できなかったことも、何でもお見通しなんでしょう?

 この人はきっと全て知ってる。知った上で、選ばせ、見守る。
 理に反しない範囲内で、時に奪い、与え、あるいは手を出さずに。
 オレの今までの間違いだらけの選択は、この人にはどんな風に見えているのかな───

 黒たんが願い、魔女さんは叶えた。彼女の行動を縛るルールに反しなかったから。
 オレの抗議は却下された。願い、差し出す暇も余裕もなかったから。
 オレに何か払えるものがあれば、こんなに辛い目覚めを迎えなくても済んだのかな。
 あの時、全ての後悔と引き換えに、黒たんの腕の中にいることを選んでしまった。これはその罰。
 大切な人の命を啜って生きなきゃいけなくなるんだって、また繰り返してしまうってわかり切っていたのに。
 遠い昔から、オレはずっと間違えてばかりだ。
 一番大切な人を犠牲にしてしまうのは、なにも彼が最初じゃない。



 オレの命は、黒たんに繋がれた。───場合によっては解除できる条件付きで。
 その時小狼君がどうなってしまうのか判らないけど、黒たんにとってはその方がいいよね。
 彼を傷つけなくてもよくなるんだから、オレにとってもその方がいいに決まってる。
 たとえ、また置いていかれることになったとしても……

 そう。今のオレは、黒たんと生きて死ぬことができる。
 約束どおり殺してもらえなくても、彼がいなくなればオレも飢えて死ねる。
 少なくとも、独り残されたまま更に長い時を生きなくても済むんだ。
 ……でもそれは、黒たんの命を削り続けること。離れてあげられないということ。
 彼を不幸にしたくなければ、さっさと離れられる状況になった方がいいんだ。
 黒たんの隣に慣れてしまった状況から、今度こそいつでも抜け出せるようにしておかなくちゃ。

 だからね、もう夢はおしまい。欲張ったらダメだ。もう充分堪能したもの。
 これからは、『オレを生かした黒たんを許さない』が基本スタンス。うんとよそよそしく、他人行儀に。
 消えかけた線をきっちり引き直して、もう絶対にはみ出さないようにするんだ。
 もう今までみたいな渾名も呼ばない。呼ぶだけで嬉しくて幸せだった、君の名前。
「……それが貴方の答えなの」
 うん、そう。だってね、どんな呼び方をしても、近づいちゃうんだ。
 黒たん、黒みゅう、黒様─── こんなのは、オレの甘えと媚でいっぱいだし。
 黒ぷー、黒ぴっぴ、黒わんこ─── これもね、『怒って追いかけてくるかなぁ』って、構ってオーラが滲み出てるでしょう?
 だからもう、しょうがなくて名前で呼んでみました。
 初めて呼んだ、黒たんが最初からそう呼べって主張していた、本当の名前。
 やっとお望みどおりに呼んであげたのに、黒たんってば、ちっとも嬉しそうじゃなかったなぁ……
 もっと違う場面だったら、喜んでもらえたのかな。



 オレはあまりにみんなに近づき過ぎた。
 こんなのは今だけだって解ってたから、この短い間だけなら幸せを満喫してもいいかなって、勝手に解釈して甘え過ぎた。
 だって楽しかった。
 楽しかった楽しかった楽しかった!
 こんなに楽しかったの初めてで、こんなに幸せなのも初めてだったんだ。
 でも、もうここまで。もうおしまい。終わりにするって決めたんだ。それなのに……
 
 魔女さんは、オレに今までどおりにしてていいって言ってくれてるの?
 今回の事はオレのせいじゃないって慰めてくれるけど、本当にそうなの?
 今回の悲劇はオレのせいじゃなくても、これからはどうなの。
「あの子達は貴方にとって、もう通り過ぎていくだけの存在ではないでしょう?」
 通り過ぎるどころか! 
 所々ぼんやりと霞むほどに長く続いてきたオレの記憶の中で、この旅の思い出だけは特別だ。
 決して穏やかな旅ではなかったはずなのに、一際温かく優しく輝いている。
 みんなと一緒に過ごせて、仲間だと思ってもらえて、本当に嬉しかった。
 きっとこれから先オレがどんなに長く生きたとしても、この旅の記憶はオレを縛り続けるだろう。
 みんなと別れた後に、また通り過ぎていくだけの人の中で、この大切な温もりだけを支えに生きて行くことになるんだろう。
 だから魔女さん、もう誘惑しないで。
 ただでさえ今までどおりでいたくて、今すぐにでも説得されたくてたまらないんだから───




このシーンだけは、過去が判らないと書けないと思っていました。
だがしかし、明かされたら明かされたで却って書き辛くなった気もするです。(呑気に初恋惚けさせてていいのー?)
あれに比べたら、吸血鬼化くらい大したことじゃないよーな、気が…… 
19.6.30




130−132話 待てない


 こんな血腥い世界、あの子には見せたくなかったのに。
 残酷な現実は、まだ彼女には届いていないと思ったのに。
 安全なところで眠ってて欲しかったサクラちゃんが今、たった1人で過酷な試練に挑んでいるのだという。
 オレの命の、代わりの対価として。何が起きたかも、小狼君のことも全て承知した上で。

 ───無茶だ。この危険な国で、1人で外出するなんて!
 だって。あんなに強い黒たんや小狼君のことだって、待ってる方はドキドキなんだよ?
 君たちだって、負けた事はないけど小さい怪我はしょっちゅうだったじゃないか!
 ましてやサクラちゃんは、訓練を受けた戦士でもなければ、鍛えられたスポーツ選手ですらないんだよ?
 本来ならふわふわドレスに身を包んで、お城の中で安全に守られているはずのお姫様なんだよ?
 あの子が無事に帰って来れなかったら、あの子までいなくなってしまったら……!



 でも……
 黒たんの背中、治療しない訳が解った。
 何もかもが足りないこの国では、サクラちゃんが怪我して帰ってきたとき、薬が足りないかもしれないものね。
 そんなことが解ってしまったら、もう彼を責められない。
 君はたぶん正しい。……でも、オレは。

「姫の所へ行くつもりか」
「だとしたら?」
 ああ、オレはバカだ。そんな問い掛けなんか無視して、先に進めばいいのに。
 一刻も早くサクラちゃんを迎えに行くべきなのに、オレの足は、君の声に惹かれてピタリと止まる。
 会話を続けても対立するばかりなのに。今のオレは、君に逆らうことしか言えないのに。
 それでも傍にいたくて、黒たんと話したくて足が進まないよ。

 どうしてこんなことになってるんだろう。
 ここまであんなに楽しく旅を続けてこれたのに、オレはどこで間違えた? 
 幸せ。少しでも長く続いて欲しかった幸せ。
 昨日願ったばかりの、旅の間に培ってきた幸せが、もう跡形もない。
 君との関係も、すっかり変わってしまった。
 君のお気に入りの弟子だった小狼君がいなくなって。
 ふわふわあったかいサクラちゃんが、こんな危険を冒して。
 やっぱりオレが魔法を使ったから、そこから歯車が狂い始めてしまったのかな……



 ねぇ、恐いでしょう? 痛いでしょう?
 君達はいつも何かあったら真っ先に飛び出して行くけど、お留守番のサクラちゃんには、ずっとそんな思いをさせてきたんだ。
 オレだって、サクラちゃんと一緒に待ってたときは恐かったよ。
 でも2人とも強いから。だから信じて待っていられた。
 心配するサクラちゃんをそう説得して、一緒に無事を祈って待っていられた。

 サクラちゃんが留守番に甘んじてきたのは、自分が足手纏いになる自覚があったからだよ。
 君達がサクラちゃんに留守番させてきたのも、彼女が弱いからじゃないの?
 それなのに君は、サクラちゃんを待てるの?
 おかしいよ。
 君はオレが死ぬのを許さなかった。
 なのに、サクラちゃんが命を落とすのは覚悟の上だろう、って行かせたの?
 いくら帰って来る約束をしたからって、それを守れない状況になってしまったら───

 オレは、待てない。そんな恐いことできない。
 君はオレとは正反対で、オレができないことを軽々とやってのける。
 どうしていつも、そんなに強くいられるの?
 半減してもなお大き過ぎる、生まれつきの魔力。吸血鬼の血による身体能力アップ。
 有り余る力を持っていながら、オレはどうして、君みたいな強さが持てないんだろう……



ファイはサクラ様の勇姿を見てないから……(笑) まだふんわりサクラちゃんだと思ってるから。
真とコピーが「本当に同じ」ってファイは言うけど、コピー君だとサクラを待てないんじゃないかという気がするんですが……
少なくともあんなどっしり構えてなくて、いても立ってもいられずソワソワするんじゃないかなー?

19.7.7




132・130話 信じる


 姫を迎えに行こうとする魔術師。
 ……ふん、そういうところは変わってねぇんだな。
 あの吸血鬼の陰険がうつっちまったかと心配したが、どうやらあの態度は俺に対してだけらしい。
 そうか。これがおまえの怒り方か。─── 知世姫の嫌味よりタチ悪ぃなオイ。
 今までより更に厚い仮面を貼り付け、必要なことのみ今までどおりに。表面上だけは。

 まぁいい。面白くはねぇが、残った魔力でぶっ飛ばされなかっただけでもよしとするか。
 俺とはもうまともに向き合う気がねぇのかと思ったが、一応会話は成立している。
 口調は刺々しいが、律儀に返事はする。なんとも中途半端だが、その根っこの部分で頑なに俺を拒否する態度が腹立たしい。



 よぉ、俺以外の奴らに態度を変えねぇのはいいが、迎えに行くのは姫の為にならねぇぞ。
 俺は姫を信じる。信じて待てる。
 だが、おめぇのことは、もう金輪際信用しねぇがな。

 おまえのことだって、俺は信じて待ってた。
 お願いがある、っつって小僧と出掛けて行ったおまえを、俺は信じたんだ。
 だがもう信じねぇ。おまえだけは信じねぇ。もうたくさんだ。
 おまえは小僧や姫のことは守るが、そこに自分が入ってねぇ。それじゃダメなんだと、どうして解らねぇんだ。
 いつもいつも俺がいねぇ間に、死んでたり、死にそうになってたり、そんなのをこれ以上繰り返されてたまるか!

「……オレは 待てない」
「信じることがそんなに恐いか」
 それは、おまえ自身が俺たちの信頼を裏切る気でいるからだ。
 俺たちがおまえを信じたところで、それに応える気がおまえにねぇからだ。
『自分が犠牲になればいい』なんて考えてばかりだから、他人のこともそういう目でしか見れねぇんだろう。
 姫は帰ってくる。そういう目をしていた。
 姫は、変わった。いい方に変わったとは言い難いところだが、確かに変わった。
 小僧を失って、甘えや弱さを切り捨てた。
 何かを──小僧を取り戻すことだろうが── 決意した人間ってのは、強いぞ。例え実力以上の力が要求される事でも、足掻いて何とかしちまうもんだ。
 最初から諦めているてめぇみたいな人間には、わかんねぇことだろうがな。



 こいつが目覚めた時、詰られることくらいは覚悟していた俺に向けられたのは 『笑顔』だった。
 鉄壁ってのは、こういうのを言うのかと思った。
 今までのへにゃ笑いが仮面だとしたら、今度のそれは鎧かと思うほどの。
 たまに見せるようになってきていた本当の笑顔らしきものの片鱗も、跡形もなく消え去っていた。
 鎧と同じものを貼り付けた顔で、今までいくら言っても呼ぼうともしなかった名前を呼ばれて。
 一瞬、それが自分の名前だとわかりたくもなかったほどの、とてつもない違和感。
 それで、こいつの俺に対する今後の接し方が見えた気がした。そうきたか、と思った。

 もっと怒ればいい。生きることを無理強いした俺に、怒りをぶつけてくりゃいいんだ。
 そうすりゃ俺だって、もっとこう、反論したり、説教したりできるんじゃねぇかと思うんだが……
 そうやって妥協したり、わかり合ったりするもんじゃねぇのかよ。
 おまえはそれすらも恐がって、諦めて逃げ続けるつもりか。
 ……チクショウ。いつまでもそうしていられると思うなよ。
 頭ん中はワケわかんねぇが、扱い方はそれなりに解ってきたつもりだ。
 今まで共に過ごしてきた時間は伊達じゃねぇぞ。覚悟しとくんだな。




その後延々と冷戦状態が続くのが判っているのに、こんな偉そうなこと思わせてしまった。不言不実行のヘタレだ(笑)
真ん中だけ先に書いてたこともあって、上手く繋がってません。やっぱ「黒鋼」呼びは別にするべきだったか……
「変わらねぇ事と変わった事」は、まだはっきりしないので触れませんでした。

19.7.15




132話 サクラ


「サクラだ !! 」
 来たか!
 フラリと倒れこんだ姫に魔術師が真っ先に駆け寄り、自分が纏う布でくるんで危険な雨を遮る。
 危惧したとおりのボロボロな姿が、道中の過酷さを物語る。
 ───あんの魔女野郎め。酷ぇことさせやがる!
 だが、この状況を予測しながら行かせたのは俺だ。
 悪かったな。最初の予定どおり俺が行ってりゃ、こんな怪我させなくて済んだものを……



 自分が満身創痍な状態だってのに、姫はただただ魔術師の心配をしてみせた。
 途切れ途切れの彼女の言葉が、ヤツの中に染み込んでいくのがわかる。
 あれほど分厚い氷で覆ったと思われた態度が、見る見るうちに溶けていくのがわかる。
 迎えに行くと言い張る魔術師を止めたのも、小僧の言葉だった。

 姫、それから小僧。こいつは、おまえ達の言葉なら素直に聞くんだ。
 自分でどうにかできねぇのが腹立たしくて情けねぇが、できねぇモンはしょうがねぇ。できる奴に任せる。
 誰でもいい。もっと言ってやってくれ。
 俺の言葉はこいつに届かない。
 昨夜だって俺なりに真剣に言って聞かせたつもりが、たった数時間後にはあのザマだ。

 頼む。
 こいつに、言って聞かせてくれ。
 こいつに届くように、こいつが納得するように言い含めてやってくれ。
 生きてろと。生きていてもいいんだと、教えてやってくれ。
 生きていて欲しいんだと、伝えてやってくれ。
 ここで生きろと、俺の傍で生きてろと、誰か、こいつに……!



 勢いを増す雨。早ぇとこ建物の中に避難させた方がいいのは分かってるんだが……
 姫の想いに打たれて動けなくなっている魔術師に、俺は「溶けちまうぞ」と声を掛けることしかできなかった。
 聞こえた証拠に慌てて姫を抱き上げ、だが俺の方には目もくれずに屋内に歩を進める。
 ……野郎。
 その当て付けがましい態度に感じた怒りの中に、僅かに痛みがあったのは雨のせいだと思うことにした。
 容易にこいつの心を溶かすことのできるアイツらを、少しだけ羨ましく感じた。



この黒い人はどこまでヘタレていくのか…… 恋する黒鋼(爆)は難しいな!
自覚してからこっち、ヘタレ度5割増しでお送りしております。この先どんどん進行してったらどーしよー。

19.7.22








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