野望へ


         18 巻(続き)




137話 冷戦中


 宿に戻ると、待ち構えていた白まんじゅうが飛び付いて来た。
 姫を抱えてきたせいで泣かれちまったが、へばってるだけだから心配すんな。
 ったく、こいつまですっかりしおらしくなっちまいやがって。あの傍若無人なまでの無駄な元気はどこ行ったよ。
 だが…… この白まんじゅうみてぇな真っ直ぐなのが、今の姫には必要なのかもしれねぇな。
 その心配してる素振りすら、遠慮してできねぇ奴がいる。
 逆に、卵を真綿で包むみてぇに過保護に接する奴もいる。
 そんな態度はどうかと思うが、確かに姫のあの様子は注意が必要だろう。

 姫の、新入りの小僧に対するあからさまな避けっぷりは相当なもんだが、あの魔術師も似たようなものだ。
 何をするにも姫にベッタリと─── 一応は『小僧』を立てて、姫が拒絶するまではあいつに任せているフシはあるが───下僕のように付き従っている。
 俺と『小僧』に対しては、目は合わせねぇ癖に普通に接しようとするもんで逆にギクシャクする。
 
 それでも魔術師の方は、表面上は今までどおりにやってくつもりはあるらしい。
 呼べば答えるし、一応は会話も挨拶もする。
 しかしなんつーか…… その薄皮1枚かぶったみてぇなぎこちなさは何とかならねぇのか。
 以前、必要以上に纏ってたヘラい態度も嘘っぽかったが、これが本当の貌って訳でもねぇんだろ。



 むりやり吸血鬼にしちまってからというもの、俺はあいつに避けられている。
 余計な無駄口を叩くこともなければ、必要以上の世話を焼くこともねぇ。
 それまではあんなに、うるさいくらいに付き纏ってきてたのにな。
 こうなってみると、あの甘ったるい菓子でさえ懐かしいような気がする。
 無理して食ってやってもいい気さえする。……気がするだけだが。

 俺のしたことに相当腹を立てていたらしいのは、あの薄ら寒い『笑顔』と嫌味ったらしい呼び方で解った。
 しょーがねーだろーが。魔女に直接頼むには、対価が払いきれねぇと言われたんだ。
 吸血鬼の頼みを肩代わりして、代わりにその生命力を分けて貰うしか途がなかったんだよ。
 魔術師だろうが吸血鬼だろうが、おまえに変わりはねぇだろうに……
 あれ以来、体の造りどころか性格までうつっちまったかと思うくらいに態度を変えやがって。
 一緒にいた大人しげな方の血を使ってたら、少しは違ってたんじゃねぇかと思ったこともあるが───

 そうじゃねぇな。変わろうとしてるのは本人の意思だ。
 なぜなら─── あのな、変わりきれてねぇんだよ。
 近づけば避ける。構えば逃げる。だが……
 放っといてる時の、その微妙な距離は何だ。手を出して欲しそうな、出そうとする気配を感じたらすぐに逃げられるような。

 ……考えてみりゃ、あいつは最初からずっとそうだったな。
 普段は全力で懐いてくるくせに、こちらから深入りしようとするとスルリと逃げた。
 その間合いが広くなっただけだ。……が、ちっと広すぎるぞオイ。
 飼い猫と、捨てられた猫の差っつー感じか? 完全に人の手を嫌う野良にはなりきれてねぇ。



 そんなひょろいのに、姫を支えるのは無理だ。
 むしろ姫を支えようとすることで、自分が折れるのをやっと防いでいるようなところがある。
 自分がそんな不安定で、他人を支えられるワケねぇだろ。
 姫の面倒を見てるつもりでいて、姫からの気遣わしげな視線には気付いてねぇんだろう?
 そんなんじゃ、共倒れしちまうのも時間の問題だぞ。

 ったく、2人して隠し事ばっかしやがって。
 今のところは深く首を突っ込む理由もねぇが、何か事が起きたら俺は俺で好きなようにやるからな。
 文句は言わせねぇぞ。




黒鋼が小僧と呼ぶのはコピー君のことらしく描かれていますが、じゃあ真小狼を指すときは?
面と向かっては『おまえ』でいいとして、本人不在のときや、一人称地の文でどうすりゃいいのか本当に困ってます。
いつまでも 『もう1人の小僧』だの 『新入り』だのってのもね…… 取り敢えずは 『』付き小僧で。
黒鋼に限らずレギュラー陣←→真小狼との呼び方、呼ばれ方、早いとこどっかで明かしてください(切実)

19.10.10




137話 吸血


 ……どうして、言うことを聞いてくれないのかな。
 そんな切り方したらもったいないって、ずっと言ってるのに。
 オレの口に入らずに、流れて布や地面に染み込んでしまった分は、全く無駄になってしまうってどうしてわかんないの。
 一滴だって無駄にしたら、それだけ君の強さに影響するんだよ。
 黒様が誰よりも強いのは知ってるけど、君は自分を過信しすぎる。
 君の血液はオレの命の糧だけど、自分の命の元でもあるって、どうして解ってくれないの !?
「……本当にしょうがないねぇ、『黒鋼』」

『黒鋼』って呼ぶたび、痛みが走る。オレにも、きっと黒たんにも。
 それでもオレは呼び続けなきゃならない。
 これくらい痛くなきゃダメなんだ。これは、「いただきます」代わりの挨拶みたいなものだから。
 酷いことをしてるんだって、そのつどお互いに再認識するための儀式。
 黒たんに、自傷してまで血を提供するなんて酷いことをさせているオレに。
 君の血を飲むなんて酷いことを、オレに強いる黒たんに。
 どこかで道を間違えてしまった、オレたちの間の罰ゲーム。



 こんな時にしか触れない黒たんの腕。その大切な腕に走る、治り切らないたくさんの傷。
 流れ込む黒たんの命。一滴もムダにしてはならない。
 彼から伝わる熱、オレの中で生まれる熱。
 彼から強さを健康を命を奪い取り、そのまま自分に移し替える行為。
 一滴でも少なくと思う心とは裏腹に、もっともっとと欲しがるオレの身体。
 黒たんが足りない。もっと黒たんを感じたい。今のうちに黒たんを補充しときたい。
 この時だけが、黒たんに触れていられる時間だから。
 もっとたくさん。もっと長く。もっともっと、ずっと───

 もしかしてオレの心は、黒たんの全てを吸い尽くしても満足しないんじゃないかな。
 カラカラに飲み干して、そうしていつか失ってしまうんだ。
 今のオレは目は、きっと浅ましい金色。黒たんを喰らい尽くそうとする化物の色。
 この国に来たばかりの頃、血を貰った直後に鏡を見たら、猫の目みたいになっててビックリしたよ。
 君の血が欲しいと、君の血は極上の味だと感じてしまうオレが、人間じゃないって証拠。
 ……それで、この時に黒たんが不自然に真っ直ぐ前を向くようになった理由が解ったんだ。
 見たくない─── ううん、見ないでいてくれてるんでしょう?



 もう慣れてしまった吸血行為。
 オレに拒絶させずに血を与えるため、ワザと自分で傷をつける黒たんにも慣れた。
 そんな彼に甘えて、黒たんの命を啜って空腹を満たす自分にも、もう慣れた。本当だよ。
 ───でも1つだけ、困っていることがある。

「……何で泣く」
 もう慣れたはずなのに。
 割り切って、覚悟を決めて。もうなんとも思わないはずなのに……勝手に涙が出る。
 辛くても平気な顔して飲めるようになる予定だったのに、これじゃ反対だよ。
「生理現象じゃないかな? 美味しそうなものを見ると涎が出るとか、そういう類の」
「…………」
 そんな生理現象あるわけないけど、条件反射としか言いようがない。自分でもよくわからないんだ。
 たぶん、君の皮膚とオレの涙腺が連動してしまったんじゃないかな。
 だってそこから溢れて滴る色を見てると、自動的に零れ落ちてくるんだもの。
「人間と違って、吸血鬼はそういうものなんじゃない? 気にしなくていいよ」
 隠すことも取り繕うこともとっくに諦めてしまった、オレの意に反して流れるワケのわからない涙。
 君は見ないでいてくれるし、もう、このままでいいかと思って。
 止めようとする無駄な努力で、黒たんに触れていられる貴重な時間を費やしたくはないもの。



 吸血鬼として生まれ変わって、もう幸せな時は終わってしまったものと思っていたけれど───
 彼の腕を取って、口を付けて、命を啜って。
 伝わる熱、確かな存在、こうすることを許してくれること。
 望んだ状態ではないけれど、今もこうして傍にいられるだけで、オレはまだまだ幸せを感じてしまっているんだと思い知らされる。
 酷いことをしているのに。幸せでなんか、いられるはずがないのに。



サクラを刺すまで泣かなかった原作ファイもいいけれど、やっぱりウチのファイは黒鋼が傷つくと泣きます。自動的に(笑)
あと、幸せ過ぎても泣く。たぶん。

19.10.20




137−138話 見張り


 見られている。オレが黒たんを餌にしているところ。
 次の対戦相手、それとも主催者?
 旅の最初から見張ってる相手とはまた違う、この世界の誰か。
 ……って、わかってて見える場所でやっちゃうのってどーなんだろ。

 あの人の目に、オレたちはどんな関係に映ってるんだろう。
 意識して背中を向けてるから、オレがどんな顔で何をしてるかまでは判らない筈。
 仲良しに見えてるのかなぁ? まさか食糧にしてるとは思わないよね。
 なーんか、誤解されちゃいそうだよねー。
 言っとくけど、ここで始めたのは黒たんだから。苦情は受け付けません。



 ……名残惜しいけど。
 やっと新たな血が滲まなくなった手首を、最後に一舐めしてから離れる。ごちそうさま。おいしかったよ。
 さて、黒たんのリクエストはお酒だったね。
 本当は、もっと栄養のあるものを摂って欲しいんだけどね。オレに奪われた血液の不足を補えるような。
 前だったら、何かツマミになるものをオレが作ってあげられたのに……
 建前上冷戦状態の今は、残念ながらそんなことできない。

 でも今日は、グラスの用意くらいはしてあげるね。
 だって、あそこで見てる人がいるからさ。仲悪いところは見せない方がいいかと思って。
「……ね、お芝居しとこうか」
「ぁあ?」
「今日は優しくしてあげるよ。座って待ってて」
 敵さんの偵察に気付いたら、素知らぬ振りで偽の情報を掴ませるのは基本でしょう?
「何が目的かわからないけど、ここは誤解させといた方がいいんじゃない?」
「…………」
 無言の、返事。

 へぇー、意外。てっきり、「ふざけんな」の一言で切って捨てるかと思ったのに。
 同意はしないまでも、一考の価値ありとは思ってくれたのかな。
 自分はやらないけど、オレがやるのはご勝手にってとこかな。
 ふーん。
 ………………
 ……勝手に、しちゃうよ?



 お酒とグラス、それからせめて買い置きのナッツを用意して、いざ!ソファで待つ黒たんの許へ。
 仲良しに見せるんだから、前と同じにしてればいいかな。
 さすがに追いかけっこまでは再現できないと思うけど、それならそれで、きっと普通の友達に見えるよね?
 隣に座ってもいいかな。ちょっとは甘えてもいいかな。にっこり笑ってお話した方がいい?
 うわぁ、久しぶりだー!
 少し前まで当たり前に毎日やっていたことが、今は見張りにかこつけたお芝居としてしかできない。
 それでもいいよ。そっけなくしないで済むなら。
 嘘だと断った上で今までみたいに仲良くできるなら、毎日でも見張りに来てもらいたいくらい。

 用意した一式をソファの前の丸テーブルに置く。それだけのことに、なんだか凄く緊張する。
 だってこれから、前みたいに黒たんの隣に座るんだよ。
 前に飲み明かした時みたいに、暫く一緒に過ごすんだよ。
 うわぁ、ドキドキする。

 と。



「ぅわぁ!」
 隣に座ろうとしたオレに、黒たんの手が伸びっ!
 とっ、隣ったって、こんなに密着する予定はなかったんですけど!
 ビックリして飛び退ろうとしたオレの耳元に、黒たんの囁き。
「暴れるな。傷が開く」
 ───ズルイ。
 血が止まったばかりの腕は、暫くは安静が必要。その左腕で掴まれたら身動きできないよ。
 (ううん、きっと左腕じゃなくったって、オレは─── ) 
「じっとしてろ。芝居なんだろ」
 窓に向かって見せ付けるように、でもワザとらしく見えないように、ガッチリとオレの肩を固定する。
 ……こ、これって! その! もしかして、だっ、抱き寄せてるって……言わないかなっ?
 オレは、そこまでやろうなんて、考えてなかったよ。
 今の冷戦中みたいな状態は知られない方がいいかと思って。前みたいにしてればいいかなって。
 これじゃほんわかじゃなくって、ら、らぶらぶに見えちゃうよ。それって拙くない? 黒たんはそれでいいの?

 でも。いくらそう見えたって。
 黒たんに耳元で囁かれるなんて初めてだけど、その内容と言ったら。
「……どうせ芝居なんだろ」
 そんな、哀しいことば。

 ……そうだよ。お芝居だ。
 自分で言い出しておきながら、オレは芝居なんてするどころじゃなかった。
 素でビックリして、嬉しくて、哀しくて。見張ってる誰かのことなんて、もう考えられない───



インフィニティは、個人的には萌えが足りない。
……久々に、『火のない所に捏造混入で煙を立たせる』 という当サイトの基本方針を思い出しました。

ところでこの国のお酒ってどんなんだろ。瓶はウイスキーとかブランデー系? そして氷は不要、と……
小狼にも水割りじゃなくストレートで渡してて…… や、あれは予め薄めてから持ってきたのか? うーむ。

19.10.28




137−138話 芝居


 だー、頭くる。
 見張りがいるから優しくすんのかよ。例の胡散臭い『笑顔』ですら、もう芝居でしかできねぇって言うのかよ。
 あーわかったよチクショウ!
 乗ってやるよ、その『お芝居』とやら。



 奴の涼しい顔にムカついたんで、意趣返しに、不意を突いて慌てふためかせてやった。いい気味だ。
 ……が。何だその顔は。なんでそんなに赤くなる。
 こっちまで、うっかりつられそうになるだろうが!

 一瞬だけ合った視線を慌てて逸らし、わたわたと焦りまくる様子が新鮮だ。
 そうだな。こいつから引っ付いてきたことは何度もあるが、その逆はなかったからな。
 見張り野郎を騙くらかすつもりが、こっちが誤解しちまいそうになるだろうが。
 まだ間に合うんじゃねぇかと。……まだ、脈があるんじゃねぇかと。

 だが昔ならいざ知らず、今じゃ避けられまくって日常会話すら寒々しい有り様だからな。あり得ねぇ。
「どうせ芝居なんだろ」
 だがあれほど頬を紅潮させたのもつかの間、奴はその後すっと表情をなくした。
 それからは俺が引き寄せたままの体勢で、ただじっと身を固くしているばかり。
 おい、どうしたよ。そんな地蔵みてぇに硬直したままじゃ、芝居にならねぇだろうが。
 やっと乾いて本来の色に戻った右目をまた泣きそうに歪ませ、俺に寄りかかったまま身動ぎもしない。

 おい…… まさか、また泣いたりしねぇだろうな?
 だいたいおかしいだろ。コイツは最初、泣けねぇ奴だったはずだ。
 だから泣けるときには泣かせてやった方がいいのかと、今まで泣くなとは言わずに来たんだが…… いいかげん泣き過ぎだろ。
 挙句の果てに、言うに事欠いて 『涎みたいなもん』ときた。 
 テメェの涎は目から出んのか。そんな切なげな顔して垂らすもんなのか。
 蒼い目から出るのが涙で、黄色の目から出んのは涎か。
 金ピカの猫の目から、腕の血が止まるまで流れ続けるそれが涎かよ。

 床に滴る血を見るたびに絶望的に見開かれ、変化する蒼色。
 俺の腕を大事に抱え、震えながら、泣きながら、赤く不味そうな液体を啜る。
 止血ポイントをキッチリ押さえ、きつく唇を押し当て、血が止まるのを見届けてから周辺をきれいに舐め取る。
 ……そん時だけは、大事に扱われてるような気もちっとはするんだがな。
 クソ、わかんねぇ。



 桜の咲く国で、あれほど煩く絡んできたとき。
 言葉の通じねぇ国で、何やら必死に訴えながら引っ付いてきて離れなかったとき。
 空を飛んだ国で、だんだんと作り物じゃない表情を見せるようになってきたとき。
 あの頃は、もしかしたらこいつに好かれてるような気が、しないでもなかったんだが……

 少しずつではあるが、隠していた素が透けて見えることが多くなって。
 たまにいい顔をするようになったが、痛々しいような作り笑顔も増えて。
 いかにもわざとらしい軽口が増えて、何か言いたげな沈黙はもっと増えて。
 言葉が通じなかった時の方が、コレ幸いと心置きなく喋ってたんじゃねぇのかと思うくらいに。
 捨て猫みてぇな視線をうろうろと彷徨わせ、構って欲しいと無言で訴えていた。
 俺たちと距離を置かなきゃならねえ理由。
 それが何なのかはわからねぇが、それとの間であいつは揺らいでいた。
 自分からは近づきたくてたまらないくせに、でもこっちからは踏み込まれねぇように異常なほど警戒していた。
 あいつの中で何かがどうしようもなく混乱しているのが、傍目にも判るくらいだった。
 あの夜、あと1歩のところまで追い込んだつもりだった。あともう少しだったんだ!
 それが…… 件の吸血鬼騒ぎで怒らせちまって、それきりだ。畜生。

 実は甘えたがりなこいつが、目も合わせなくなって、軽口も叩かなくなって。
 あれほど言っても聞かなかったフザケた呼び名もピタリと止めて。
 寂しがってるはずが、それ以上に俺とは向き合いたくもねぇほど嫌われちまったか。



 今腕の中にいるこいつは、なんだか揺らいでいた頃のあいつに戻ったみたいで───
 それともこれが芝居なのか。
 てっきり昔みてぇにわざとらしく懐いてくるかと思っていたが、これがこいつなりの『芝居』か?
 おまえは見張りにどう思わせたいんだ。見張りに見せつけてやるんじゃねぇのか。
 それとも、芝居の相手は『俺』か……?

 この芝居で、おまえは俺にどう思わせたいんだ。
 きっちり線を引き直してやがるくせに、ここでまた揺らいで見せてどうしようってんだ。
 ……それとも、本気でまたグラついてやがんのか?
 ここで掴んどけば、放さなければ、また捉まえられるのか。
 今度こそ逃げられねぇように、この手に繋ぎとめて置けんのか。どうなんだ!
 
「……黒鋼」
 思わず力が入っちまった左腕を、魔術師は困った顔で肩からそっと外した。
「君にこんな芸当ができるとは思わなかったよ。でも、やり過ぎー」
 ─── チッ、やっぱ芝居かよ。
「見張りの人、きっとビックリしてるよ。……まぁ、混乱させられたなら一応は成功かもね」
 そんなん、元々どうでもよかったんだがな。
 次の対戦相手だかいつもの奴だか知らねぇが、あんなバレバレの見張りをするなんざ碌な奴じゃねぇ。
 どうせただの役立たずの下っ端だ。放っときゃいい。
 何を調べてんだか知らねぇが、この光景からどんな結論を得たのか聞いてみたいもんだ。
「オレ、もう寝るね。……おやすみ」
 逃げるように部屋に戻る背中。視線は結局、最初の一瞬だけしか合わなかった。

 空になった左手をきつく握り締める。確かに掴んでいたのに、またあっけなくすり抜けられた。
 最初には到底及ばねぇが、一旦白くなった頬の色がまた戻りかけていたことだけがせめてもの収穫か。
 失った存在を惜しみつつ、俺は手を付けてなかったグラスを一息に呷った。




長ぇ。ヘタレ。そしてヨダレ連呼すいません。吸血時正面向いてる振りして、めちゃめちゃ観察してますよこの人(笑)
偽情報のつもりで、めっちゃ赤裸々な情報を垂れ流す恥ずかしい人達。
ダシに使われた見張りの人はいい面の皮ですが、まぁいいもん見られたからいいよね。

19.11.5




138−140話 飛び道具


 今日の試合は、当たると痛そうな茨のドーム。
 それから、ルール違反なはずの仕掛けのある武器。
 小狼君が棘の壁にやられて、オレたちにも武器が向けられて。
 何か来ると分かったから、ちゃんと避けたはずの仕掛け。黒様が半分に切ったはずの仕掛けには、まだ続きがあった。
 真っ二つになった虫みたいなのが凄いスピードで戻ってきて、オレと黒たんを掠める。

 オレは首筋。黒たんは腕、かな……? 
 チクッとしただけだったけど、まず腕の感覚がなくなって、それから足の力が抜けた。
 まさか、……毒?
 黒たん! 黒たんは大丈夫 !?

 オレが膝を突いてしまっても、黒様は苦しそうではあるけどちゃんと自力で立っていた。
 きっとオレと同じ状態の身体を、咄嗟に床に突き刺した剣で支えて。
 ───大丈夫。身体は痺れてるけど、それ以上苦しくなることはない。うん、大丈夫、かな……
 いくらルール無用とは言っても、あからさまに毒殺なんてしたら失格だよね?
 痺れるだけで、きっと命を奪うような毒じゃない。
 ピンチに変わりはないけど、それが目的のゲームじゃないから、命まで奪われることはない。
 よかった───
 だって、黒たんにはまだやることがあるんだから。絶対に日本国に帰る気でいるんだから。
 黒たんは、まだまだ、ずっと長生きするんだから!

 でも、やっぱり黒様はすごい。
 こんなビリビリきてるのに、剣に寄りかかってはいるけどちゃんと自分の足で立ってるなんて。
 蒼石さんのところで足が痺れたときも立てなかったけど、それが全身に廻ったみたいになっちゃってるのに。
 うう、気持ち悪いよぅ……

 いつもなら、これくらいは避けられたはずだと思う。サクラちゃんの迷いに応じて、反応が鈍る身体。
 どうしたの? らしくないね。
 よく解らないけど、何か考えがあるんでしょ? 一応黒様には伝えておくね。



 動けないオレたちを既に戦力外と見做し、小狼君1人に攻撃が集中する。
 今回オレたちは全然いいとこなかったけど、代わりに小狼君の素晴らしいバトルを見ることができた。
 あれは、黒たんが小狼君に教えた戦い方───
 よかったね黒たん。
 黒様が小狼君に教えたことは無駄にはならなかった。修行の成果は、この小狼君にちゃんと受け継がれている。

 よかったね。
 黒たんは口では面倒臭がってたけど、凄く真剣に教えてたから。
 一生懸命な小狼君に応えようと、黒様も一生懸命に鍛えてたのを知ってるから。
「小僧」と呼んで可愛がってた生徒がいなくなって、先生寂しがってたから。
 だから。こっちの小狼君、それを無駄にしないでくれて、ありがとー。
 ちゃんと吸収して、引き継いでくれて、ありがとう……



あの痺れって、手足だけだったんかな? 内臓とか脳まで痺れたら生死に関わる気がしますが。漫画って便利よね。
取り敢えず口が痺れたら呂律が回らなくなるし、胃が痺れると吐くと思うんだ。

19.11.11




140話 引きこもり


 試合後、いつもなら疲れ果ててはいても、モコナには心配させないように微笑むサクラちゃん。
 だけど今日は宿に戻るなり、ただいまも早々に部屋に閉じこもってしまった。
 原因は、きっと小狼君。彼はちっとも悪くないけど、でもやっぱり小狼君のせいだ。
 今ここにいる小狼君と、いなくなってしまった小狼君。2人は違うけど、似過ぎているから。
 大切な小狼君は1人だけでも、もう1人の小狼君を、全くの他人として認識するのは難しい。
 どう位置づけて接したらいいのか、混乱しても無理ないよね?
 傷つきつつ尚も戦う、その姿が今日は特にソックリだったから、動揺も激しかったんだと思う。
 双子とは違う。違う世界で出会う魂が同じ人とも違う。性格は別々で、でも経験や心はずっと共有してきた2人。
 サクラちゃんを大切に想うその気持ちも、きっと一緒だった。

 かわいそうだね。サクラちゃんも、小狼君たちも。
 サクラちゃんとお互いにたった1人の大切な人だったのに、その記憶を無くしてしまった小狼君。
 本当は自分がサクラちゃんと出逢うはずだったのに、遠くから見ていることしかできなかった小狼君。
 やっと出逢えたのに、サクラちゃんにとっては『違う人』で───

 ……でも、サクラちゃんは強いね。オレよりずっと強い。
 今にも倒れそうではあるけど、ちゃんと自分で立ち、自分の意思で進んでいる。
 失ってしまった小狼君を取り戻せるよう、そのために自分にできる限りのことを。
 ここにいる小狼君とはまだぎこちないけど、いつかきっと、きちんと向き合える日が来ると思う。



 オレだったらどうするだろう。
 黒たんがいなくなって、代わりに別の『黒鋼』が現れたら。
 黒たんが贋者で、本物が別にいたとしたら?

 決まってる。オレだって今の黒たんがいい。サクラちゃんと同じだ。でも───
 今までずっと一緒に過ごしてきた記憶、経験。
 その全てを黒たんは失ってしまって、本物の『黒鋼』がそれらを全部持っているとしたら……?
 そんなことになったら、オレは『黒鋼』に、どんな態度を取ってしまうんだろ。

 もしも黒たんがそんなことになったら。オレは…… また逃げ出すの、かな。
 あの人を眠らせて逃げた時みたいに、また独りきりで。
 自分からは離れられずにここまできちゃったけど、もっと早くこうすればよかったと後悔しながら。
 黒たんは強いからきっと大丈夫だと無理に自分に信じ込ませてきたけど、やっぱりオレのせいだと絶望しながら……
「不幸にしたくない」なんて言いながら、何の対策も講じずにいる。
 対策って言ってもお別れするくらいしか思いつかないから、できない相談なんだけどね。



 なんて───
 こんな仮定の話ですら現実逃避しようとする、弱い自分が嫌になる。
 いくら例え話でも、『贋者の黒たんが本物と入れ替わる』なんてことは、まず考えられないでしょー。
 それよりは、もっと可能性として高そうな例があるよね。
 えっと……
 もしも、もしもね、贋者の『ファイ』が『本物』と入れ替わったら、そしたら黒たんは───



『どんなことでも黒ファイ変換する』という当サイトの大前提の下、純粋にサクラの心配をさせて貰えない(笑)ファイさん。
なんか人でなしな気がしてきましたが、そういうお約束なのでスミマセン。

19.11.19




140−141話 おはよーございます


「ファイ」
 チィ !?
 身体が、顫えた。
「ファイ、王様、起きたよ」
 とうとうこの日が来た。来てしまった。
 いつか必ず来るって、わかってたけど───

 ベッドに突っ伏して嘆き哀しむサクラちゃん。
 目の前にそっくりな人がいるから、余計に辛くて、寂しい。
 何の力にもなれないけど、少しでも慰められたらと枕を握る拳に掌を重ねたところで、それは聞こえた。
 思わずビクッとしちゃったから、何かあったとバレちゃったね。
 自分の方こそとても辛いのに、オレを気遣ってくれるサクラちゃん。
 君に欲しい物があるなら、やりたいことがあるなら、全て望みどおりにしたいと思う。



「ファイ、聞こえる?」
 ……聞こえてるよ、チィ。
 教えてくれてありがとー。オレのお願いを忘れずにちゃんと聞いてくれて、チィはいい子だね。
 チィの可愛い声が聞けてとっても懐かしいけど…… できれば、まだ聞きたくなかったな。

 ずいぶん長い間、旅をしてきた。
 でもオレにとっては、ほんの短い時間だった気がする。
 こんなにあったかくて、夢みたいに楽しくて、優しい時間はなかったよ。
 長い長いオレの時間の、ほんの僅かな期間。
 みんなには言えないことばっかりで、楽しく旅ができるなんて思ってもいなかったのに。
 神様なんて信じてないけど、もしいるならば感謝してもいいと思えるくらいに幸せだった。
 これが、仕組まれたことでさえなかったら───

 あの人が目覚めたら。あの人に追いつかれたら。
 オレはもう逃げられない。君たちと旅を続けることはできない。
 他の世界にいてもオレの魔法は分かると、あの人は言っていた。どこの世界でも迎えに行けると。
 今までどおり魔法を使わなければ、まだ暫くは見つからないでいられるかな?
 それとも持っている魔力のせいで、もう感知されてしまっただろうか。

 あの人と決着を付けて、またここに戻って来れるとは思えない。
 オレにあの人は殺せない。できるなら封じて、解けないように側で見守りたいけど───
 ゴハンがないから、自分ごと封じて一緒に眠りに付いた方がいいのかなー?
 そうすれば、今のサクラちゃんみたいな寂しさを感じないで済むよね。
 魔力の半減したオレには、それすらできるかどうか危ういけど。



 ここでリタイアしたら、もう終わりだよね。やらなきゃならないことがあるんだけどな……
 まだ死ねないって、最後まで旅を続けなきゃってここまできたのに、全て無駄になっちゃうのかな。
 桜都国で死んでも、東京で死に掛けても旅を続けて来られたけど、さすがに3度目はないよね。
 こんな途中で挫折することになるなら、黒たんに嫌われてまで隠し事なんて、したくなかったな……

 まだここにいられるうちに、できることって何だろう、
 前だったら、何か美味しい物でも作ってあげられたのに。 
 残り少ない時間で、オレに何ができるだろう? 「今までありがとう」と、「さよなら」の代わりに。
 サクラちゃんの望みを叶えるためなら、オレ、何でもするよ。
 それから、可愛い笑い声がすっかり聞けなくなってしまったモコナにも。
 とうとうあまり親しくなれなかった小狼君にも。
 ずっと酷い態度を取り続けてしまった、黒様にも───



ファイが小狼関連だと思い込んでいたサクラの思惑は、結局自分のことについてだったワケで(しかもスプラッタ回避法)
それを知ったときのファイの心境を思うと、あぁ、やり切れんなぁ……
ところでアシュラ王がファイの魔法を探りながら迎えの旅に出たら、コピー君の元に辿り着いてしまうのだろうか??
19.11.27




語られなかった世界8 仔妖魔+眼鏡 


「黒鋼とファイ失格! もう1度探して来て!」
 魔女へのお返し用に、適当にその辺にいた妖魔の幼生を捕まえたが、白まんじゅうのダメ出しを食らい、老眼鏡とやらを買ってきたヘラいのと一緒に追い出された。
 何だよ、せっかく手頃なイキのいいのを捕まえたってのに。結構愛嬌ある顔してんじゃねぇか。
 あー、めんどくせー。

「うーん。この眼鏡、どこがいけなかったのかなー。綺麗で魔女さんに似合うと思ったのにー」
「……年寄り用だからだろ」
 てかあの魔女、そんなに年食ってやがんのか? 若作りしやがって
「そっか。じゃあ、若者向けのに替えてもらえばオッケーかな。黒りんはどうする?」
 どうするったって……
「だー、めんどくせー!」



 迂闊にその辺に放す訳にもいかず左手に掴んだままの獲物が、思い出したように時折まだビチビチと跳ねる。
「黒たん、その子、どうするの?」
「あー? そこらで始末するしかねーだろ」
「……かわいーのにね」
「今はな。育っちまうとやっかいだ」
「そうだね」
 ……あの魔女なら、こいつを飼い馴らすくらい朝飯前なんじゃねぇかと思ったんだがな。

「ねぇ、もしかしてちっちゃい頃、捕まえてこっそり飼っちゃったりとかしてた?」
「…………」
 思わず、グッと詰まる。
「当たり? わぁい! それで、それでどうなったの?」
「知るか!」
「えー、いいじゃん。教えてよぅー」
 んなこと言えるか! 

 思い出したくもない、遥か遠い記憶。
 馬小屋の隅に隠し、鼠を捕まえて食わせたが、2日後に馬が喰われそうになって大騒ぎになった。
 親父の破魔刀を手渡され、皆の見ている前で、初めて魔物を斬った。
 部屋で塞いでいる所を母上に見つかり、膝の上でコッソリ泣いたとか、そんなこっ恥ずかしい……
「……いい思い出だったんだ?」
「ぁあ !? 」
「黒たん、耳真っ赤ー!」 
「うるせぇ !! 」



 人通りの少ない街外れで、獲物を斬り捨てた。
 今はこんなでも、こいつもやがて人間を襲うようになる。情けは無用だ。
 日本国の妖魔と違って死骸は残らず、目ん玉部分の硬い透明な殻だけを残して溶けて消えた。
 魔術師が拾い上げて言うにはそれには魔力が残っており、透かすと、見る奴が見れば此の世ならざるものが視えるんだそうだ。
 俺には何も見えねぇが、喜んで月明かりに翳しているこいつには何か見えてるんだろう。……別に見たかねぇが。
「そうだ! これを眼鏡のレンズ代わりに嵌めてもらおうよ。オレと黒様の2人から、魔女さんへのプレゼント!」
 冗談じゃねぇ!
 ……と反射的に言い掛けたが、それで問題が片付くならこんな簡単なことはない。
 今からまた別の物を探すなんてそれこそ冗談じゃなく面倒臭いので、黙って肯いた。
 決して、ヘラいのが嬉しそうだったからとか、そんなんじゃねぇからな!




原画集掲載の話ですが、ここに入れときます。アレを黒鋼は、本気でカワイイと思って連れて来た、という話(笑)
目ん玉の殻は、王蟲のアレのミニチュアみたいなイメージで。
2人からのラブラブプレゼントということで片を付けちゃいましたが、原作でこれ以上引っ張ったり……しないよね?
19.12.3








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