140−142話 晩酌
姫に避けられっぱなしのヤツが不憫で、思いついて酒を勧めてみたはいいが───
ヤベェ。考えてみりゃこいつは、酒に弱ぇあの 『小僧』 と同じなんだったな。
酔い方は微妙に違うみてぇだが、限界は一緒か?
あっという間に怪しくなった呂律で、据わった目で俯いたまま、姫を守る方法について1人滔々と語り続けている。俺達が聞いていようといまいと、おかまいなしだ。
───やっぱ無謀だったか? 明日に持ち越しでもしたらシャレにならねぇ。
飲ませたのは、ガキ共用に買っておいたと思われる弱ェヤツだったんだが……
俺と白まんじゅうが飲んでるのはまた別で、こちらは俺の口に合う強い酒だ。
買うのは魔術師だが、この街に来て何種類か試した後、最近はずっとこの銘柄に落ち着いている。
……あいつの好みは、もっと甘いヤツのはずなんだがな。
「黒鋼、出掛ける時バンダナしてたのに、失くしちゃったの?」
「あ? そういや外してたな」
血で汚れたはずの手拭いは、綺麗に畳まれてここにある。
「モコナ、巻いてあげるね」
「その前にグラスをちゃんと置け。危ねぇだろーが」
試合後、額からの出血を押さえるために小僧に貸したものだが、医務室で手当てされてるのを待つ間に、いつの間にかひょろいのが洗っていたらしい。
あいつは今でもそういう奴だ。姫以外には、表立って世話を焼いたりすることはなくなったが。
悪いことをしてる訳でもねぇのに、なるべく気付かれないよう、密かにさり気なく心を配っている。
「あーん、じっとしてて!」
「だー! もう、自分でやるからどけ」
奮闘空しく自分ごと絡まりかけているまんじゅうを布から外し、キッチリ巻き直す。
やっぱ戦の時には、これが落ち着く。
「黒鋼、結ぶの上手ー! ネクタイは下手だったのにね」
「るせぇ」
「……レコルト国で黒鋼がぎゅっと縛っちゃったのを、ファイがきちんと締め直してくれたよね」
「───」
「ファイ、おかーさんみたいだった。もうあの頃みたいには、なれないのかな……」
「……さぁな」
それは俺も知りてぇな。───ったく、まんじゅうにまで心配掛けやがって。
そうこうしている間に小僧が潰れた。早々に寝てくれて助かった。
しかし、まさか白まんじゅうとサシで飲む日が来ようとはな……
ま、たまにはいいか。今となっては、こいつだけが前と変わらねぇ。
……いや、変わらねぇってのは違うな。最近は泣いてばかりだしな。
他の連中が様変わりしてしまったからこそ、まんじゅうなりに自分は変わるまいとしているのか。
「きゃーv」
久々にじゃれる手の中のふよんとした感触に、ガラにもなく癒されていく自分を感じる。
コイツ、何気にすげぇな。
ボロボロに弱りきった奴らのいる、閉じたドアの向こうに送り込んだ方が良かったかとも思うが……
あいつらは逆に、白まんじゅうの前では弱音を吐けず、無理したままになっちまうんだろう。
どうせ傷の舐め合いしかできねぇんだろうが、互いにちっとでも支えになってればいいんだが。
自分がヨロヨロしてるくせに隠し事しようなんて、10年早ぇんだよ。
隠すと決めたのなら、最後まで誰にも気付かせないようにやりやがれ。
どいつもこいつも、自分の手に余るモン抱えてフラフラしやがって。
今までは姫の方が目に余っていたが、さっきドアの向こうで一瞬大きく乱れた気は、ありゃ魔術師のものだ。
何があった。どうせ話せねぇんだろうが、おまえ1人でこれ以上抱えるのは無理だろう。
何も言わないヤツなのは解っちゃいるが、俺は傍観者でいることを承諾した訳じゃねぇ。
好きにさせといてやる代わり、こっちが何をしようと文句言うんじゃねぇぞ。
予め1人分だけグラスに注いでくるのは不自然に思えたので、そういうことに。
本当は、怪我人に酒なんか飲ませてんじゃねーよ! と言いたいとこですが……
新入り君と黒鋼は仲間らしくなってきたので、そろそろコピー君の方を 『』付きにしてみました。
19.12.12
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142話 直伝
サクラちゃんは、もう迷わないと決めたのかな。偉いねー。
おかげで昨日の調子の悪さが嘘みたいに体が軽くて、決着もすぐについたよ。
大きな鍵爪の覆面さん達は、無駄な動きも叩く口も大きかったけど、本気を出した黒様に一瞬で沈められた。
小狼君も、昨日の怪我が響くんじゃないかと心配したけど、全然心配なかったね。
黒様も小狼君もカッコいいー!
あぁ、「ひゅーー」って言いたい。せっかく、こんな時のためにある言葉(?)なのに。
黒たんたら2人纏めて片付けちゃって、オレの分も残しといてよぅ〜。
今日の黒たんは、朝から微妙に機嫌が悪い。
この試合だってイライラの捌け口みたいに荒んでて、相手のチームにはちょっと気の毒だったね。
怒ってる原因は何となく想像が付く。
東京での最初の夜オレを追及しようとした、それを言い出す直前みたいな雰囲気。
オレには誰にも言えずに抱えてるものがあるし、サクラちゃんもきっと同じ。
ゴメンね。信用してないとかじゃなくって、どうしても話せないんだ。
いくら仲間でも─── いや、仲間だからこそ。
見てるだけなんて黒たんの性に合わないだろうに、ずっと我慢しててくれてありがとー。
でも睨まれるだけで何も言ってこないのは、それはそれでプレッシャーなんですけど……
試合後、主催者さんに1人で食事に招待されたサクラちゃん。
「行ってらっしゃい」
黒様がまた心配しつつ黙って見守るおとーさんになってるけど、今のサクラちゃんならきっと大丈夫だよね。
君の願いのために必要なことを、君が思うとおりにやればいい。
と。……あぁ、君たちは変なところでソックリだね。
何も言わずに、サクラちゃんの腕を掴んで引き止める小狼君。
黒たんたらそんなことまでお弟子さんに伝授したのー?
小狼君は、自分が彼女の『小狼君』じゃないって遠慮があるから、直ぐに放しちゃったけど……
きっと思うことは、─── 心配で心配で、1人でなんて行かせたくない。
口には出せないけど、その分伝えたくてたまらない気持ち。
自分が掴まれた時はあんなに混乱したのに、傍で見ている分にはこんなにも判り易い。
あの時の黒たんは逃げようとしたオレを捕まえたんだから、今の小狼君とは違うけど。
でももしかして、同じように心配してくれてたの……?
あの日を境にいいことは逃げてしまったのに、言えない部分だけはそのまま残るなんてね。
小狼君に言い聞かせるふりして、本当はオレへのあてつけだなんて、黒たんのいけずー。
でも、そっかー。怒ってるのは知ってたけど、そんな風に思ってたんだ。
……別に、黙ってれば誤魔化せるなんて思ってたわけじゃないよ。ただ、何も言えないだけ。
君は見掛けによらず聡いものね。それも、気付いて欲しくないことにはやけに目敏いんだ。
いつも見てないようで見てて、言わないオレに腹を立てて、でも見捨てないでいてくれて。
待ってくれてるのを知りながら、ずっと言えないままでゴメンね。
それでね、……あの、オレ、もうすぐ時間切れになりそうなんだ。
一緒にいるためには話しちゃいけないことばかりでいつも怒らせてたけど、言わないままサヨナラしたらもっと怒るかなぁ?
嫌われるの、辛いなぁ……
でも、『その時』が来るギリギリ最後まで一緒にいたいから、やっぱり話せない。
「過去は関係ない」って言ってくれたけど、違うんだ。全然関係なくない。
君には絶対に知られたくない。だから、言わない。
知られてしまったら、もう嫌われるだけじゃ済まないことなんだ───
『聡いものね』と変換しようとして、『サトイモの根』と出たときにはどうしようかと……
あそこで右腕を押さえているのはやっぱり、掴まれた時のことを思い返してる、で正解ですよね? 黒ファイ的には。
東京編書いてるときはまだ過去が出てなくて迂闊なこと書けなかったから、なんかつい補足してしまう(笑)
19.12.19
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143話 前夜
部屋の中に、久方ぶりの甘ったるい匂いが漂っている。
姫を除いた俺達の飯は、帰りに適当に見繕って帰ったんだが、それとは別の。
1人で残った姫を白まんじゅうが泣いて心配するもんで、魔術師がどうにか機嫌を取ろうとした結果だ。
桜都国で食わされた、飯というより菓子としか思えなかった確かホットケーキとかいうヤツ。
「小狼君も食べる?」
なぜか俺に伺いを立てるように小僧がチラリと見上げてきたので、黙って肯いておく。
あいつと姫が料理をしなくなって久しいが、いい機会だから食ってみるといい。
あの小僧が喜んで食っていたから、きっとこの小僧の口にも合うだろう。
白まんじゅうは「おいしい」と言いながら、当時を思い出してまたベソをかき、魔術師を慌てさせた。
跳び付いた白まんじゅうを宥める手付きで、アレを本当に可愛がっているのが判る。
小僧は「優しい味」だと評して、ひょろいのから『笑顔』じゃない柔らかい表情を引き出した。
そういうこっ恥ずかしいことを躊躇いなく言えるところも、前の小僧と一緒なんだな。
あいつがガキ共を見守っていたときの顔、久々に見た。
フザケた言動がなくなっただけで、あいつは何も変わっちゃいない。
自分ではすっかり変わったと思い込んでるらしいが、俺に対する態度以外は何も変わってねーじゃねぇかよ。
甘い匂いが漂う中、買ってきた包みを肴に一杯やっていると、俺の前にも黙って皿が差し出された。
朝食で食わされて文句を言って以来、俺には極力甘みを抑えたものに具を挟んで食べる形で出されることが多くなっていたが、わざわざ別に調理することや最近の態度を考えれば、今それが出て来るとは思わなかった。
驚いて見上げても、そこにある顔は作った『笑顔』ですらない無表情のままだったが。
相変わらず視線は合わそうとしないくせに、俺が手に取って一口齧ると、まるで緊張していたかのように身体の力を抜いた。
───ああ、久しぶりだな。
記憶にある味と僅かに違う気がするのは、久しぶりに腕を揮ったせいなのか、それとも味見をしないせいか。
だが充分だ。さっきまで普通に食っていたツマミに、もう手を伸ばす気がしなくなるほどに。
「おいしい?」
すぐに離れて行っちまうと思ってたから、この質問は意外だった。
過去にも何度か訊かれたが、あいつらと違って俺がまともに答えた例がねぇのを誰よりも承知してるだろうに。
「……おう」
返事してやると、ひょろいのはビクリと身体を揺らして、思わずという風にこちらを向いた。
なんだよ、そんなに慌てて逸らすなよ。もうほとんどお目に掛かれなくなったその蒼い真ん丸目、もっとよく見せろ。
無表情よりはよっぽどいいが、その追い詰められたような顔は何なんだ。
さっきの小僧に向けたみてぇな顔をしろとは言わねぇが、何でそんな今にも泣きそうな顔をする。
とっ捕まえて、笑えと締め上げたくなるだろーが。
一緒に食えたら、もっと旨かっただろうにな……
おまえの食事は後でさせてやるよ。
明日はいよいよ最終戦だ。腹が減って力が出ねぇんじゃ話にならねぇ。
要らないと言っても飲ませるから、そのつもりでいろ。
お別れの前に『何かできること』、他にいいのが思いつかずに結局お料理させてしまいました。サクラ様がいませんが。
風景描写と一緒で料理描写もしないので、ちっとも美味しそうに感じられなくてすいません。
ううむ、ファイは普通の食料を受け付けられるのか否か。おいしいとは思えなくても、食べるくらいはできて欲しいなぁ……
19.12.25
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144−146話 蚊帳の外
姫から魔術師へ、そして小僧に向けられた意味深な言葉。
何だありゃ。何のつもりだ。
気をつけろ小僧。姫から目を離すんじゃねぇぞ。
決着がついた後でも気を抜くな。あいつら何をしでかすかわからねぇぞ。
昨日から聞いてりゃ、ありゃまるで、……遺言みてぇじゃねぇか。
昨夜、魔術師に血を飲ませたときの光景が過ぎる。
いつもの如く器用にも無表情に泣きながら血を啜り、そそくさと逃げるように去って行きやがった。
去り際に蚊の鳴くような声で、普段は言わねぇ「ありがとう」の囁きを残して。
何だ、何をやらかす気だ。この最終戦で何かあんのか。おまえら何考えてやがる。
久しぶりに料理する気になったのも、白まんじゅうの機嫌取りのためじゃなかったのか。
こいつも、姫も、何を考えているのか油断がならねぇ。
つか姫の言葉にこいつも驚いた風だったから、何か思惑がありそうのは一緒のくせに、お互いには噛み合ってねぇらしいな。
それぞれがバラバラに何か企んでやがるってことだ。───ったく面倒くせぇ。
何も言わねぇのはテメェらの自由だが、それが碌でもねぇことなら俺は全力で阻止する。
そっちだって勝手にやってんだ。文句は言わせねぇぞ。
小僧が1人で戦うことを選び、機械人形とやらと一戦交えている。
その人間離れした能力も気になるが、姫の気力は充分なようだから、たぶん互角に戦えるだろう。
問題はやはり、その後のコイツらの動きだ。
ひょろいのは現に今も、盤上での試合の様子が映し出された画面を見ていない。
小僧が繰り広げている激戦を差し置いて、それより気を取られなきゃなんねぇことが他にあんのか。
おまえがガキ共を心配するよりも優先することってのは何だ。
相手側の人間が密かに様子を伺う視線を向けるほどに、俯いて傍目にも辛そうなのは何故だ。
こいつからヘラい態度が消えて久しいが、一昨日からのぎこちなさは異常だろ。
東京ってとこを出てからは、ずっと例の仮面を貼り付けたまま、姫だけに忠実な世話役に徹してたよな。
それは不自然極まりなかったが、そういう立ち位置でいようと決めたのは解らなくもねぇ。
今にも折れそうな姫を支えることで、それを存在理由にしようとしたんだろ。
それが今はどうだ。そのガチガチに凝り固まった不安定さは何だ。下手すりゃ姫より危なっかしいじゃねぇか。
2日前の晩、姫の部屋の中で大きく気を乱してからずっとだ。
何があった。
笑ってるくせに泣きてぇのが丸判りな、迂闊にそんな気配を悟らせるほど余裕がねぇのは何故だ。
非常事態でもねぇのに、ピンと張り詰めた緊張状態のままで。
そのくせ肩を落とし、全てを諦めているような、傍にいるのに独りでいるような態度で。
まるで、今にもフッと消えてしまいそうな───
なぁ、おまえらが考えてる碌でもねぇことってのは…… つまり、そういうことなのか?
そうは思いたくもねぇが、そう考えりゃ色々と辻褄が合うんだ。
おまえらのよそよそしい態度も、いわくあり気な言動も、その思い詰めたような目も。
何も言わないのは、言ったら俺たちに止められると思ってるからだろう。解ってんじゃねぇか。
グッと腕を掴むと、驚いたような蒼い目にぶつかった。
行かせねぇ…… 消えさせてたまるか。どこにも行かせてたまるか。
昨夜の小僧は、いつものようにやんわりと拒絶されても、自分の意思で姫の腕を離さなかった。
もしも姫が消えようとするなら、あいつは全力で止めるだろう。たとえそれが姫の意志に反しても。
そして、おまえを止めるのは俺だ。俺だって放してなんかやらねぇ。逃がしてたまるか。
何も説明しようとしねぇ奴ら相手に、遠慮するこたぁねぇ。こっちも好きにやらせてもらう。
テメェだけの都合で逃げられると思うなよ。
サクラが移動しようとした時に「やっぱりな」と言ってるからには、逃げられそうな予感はしてたんでしょう。
まぁそうじゃなきゃ、必殺腕掴みはしないよね。 ……予想してたのに、結局すり抜けられるところが哀れですが。
20.1.3
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146−147話 聞こえる?
聞こえる。聞こえてるよ。
チィがちゃんと言いつけを守って、オレにあの人の様子を教えてくれる声。
もう、時間がない。
目覚めたあの人はオレを捜すだろう。そして必ず見つける。
願いを叶えるため。……拒んで逃げたオレを捕まえ、願いを叶えさせるため。
どこの世界にいてもオレの魔力はわかると、あの人は言っていた。
半分になってしまったけど、それでもやっぱりわかるんだろうか。
弱くて感じ取れなくなっていればいいけど、識別するのに強弱は関係ないんだろうか。
半分になってしまったオレの魔力。もうきっと、あの人の方が強い。
あの人がオレを迎えに、この場に現れてしまったら……
そうだ。
こんなところでのんびり観戦なんかしてないで、逃げ出した方がよくない?
みんなと別れて、この世界から。今すぐに。
そうだよ。今ならまだ間に合う。オレ1人なら、残った魔力でなんとか───!
ああ、でも。
サクラちゃん、モコナ、小狼君。それから───
みんなに、黒たんに、もう2度と逢えなくなっちゃうんだ。
覚悟ならずっとしてきたはずなのに、全然足りないよ。移動の呪文を綴ろうにも身体が動かない。
それでもやらなきゃダメだって、悠長にお別れなんかしてる場合じゃないんだってわかってる。
巻き込まないように。知られないうちに。オレのせいで、迷惑が掛からないように。
サヨナラ黒様。大好きだよ。
それから、たくさんの「ゴメンね」と、数え切れないくらいの「ありがとう」を……
それなのに。
───どうして? どうして君はそうなの。
せっかく、やっとの思いで決心したのに、どうしてそんなことするの。
不意にギュッと掴まれた右腕。そんなことされたら、行けなくなっちゃうじゃない!
前にも掴まれた右腕。あの時もそうだったね。
腕よりも心を握られたみたいで、振り解きたくても振り解けない。
……嘘吐き。振り解きたいなんて嘘だ。本当は、嬉しくてたまらないくせに。
離れたくない。ずっと放して欲しくない。しっかり掴まえてて欲しい。
黒たん、オレ、君ともっと一緒にいたいよ……!
オレは弱い。
この時オレは、引き止められちゃいけなかった。振り切って、1人で行かなきゃならなかった。
辛いことを先送りにしても、避けられるものじゃないってオレは既に知っていたのに───
弱いオレがグズグズしている間に起こった、いくつかのこと。
そのせいで引き起こされた、あってはならないこと。
新たな次元を開く、この世界で創られたチィ。
呼応するように封印が解け、次元を超えて引き寄せられる、オレが創ったチィ。
それぞれに閉じ込められていたサクラちゃんの羽根。
繋がったセレスと、こことは別の世界。
サクラちゃんに戻る、2枚の羽根。そこに潜んでいた力。
そして───
えーと。サクラ的予定その1は『小狼が殺られる前に、自分がパワーアップして刺される』のに間に合う、ですよね?
このステージで小狼が新たな力に目覚めるイベント予定があって、それを密かに阻止でもしてたんでしょうか。
実はまだ消化不良で、予定その2『刺されても死なずに、魂だけで夢の世界へ行く』のに間に合うってのが意味不明。
最初1人で移動しようとしてたのは、『自分が刺されないようにするため』と思わせるための芝居、って理解でいいですか。
しかし上の話だと、『アシュラ王出現で呪い発動になる前に、自分が(略)』に間に合う、みたいだな…… シマッタ。
20.1.8
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147−148話 繋
この会場ごと壊しかねない勢いで続いていた戦いに、小僧が辛うじて勝利を収めた。
天井から差す光の中、黒い何かがゆっくりと降りてくる。……女? いや、あれも人形か?
そいつを目にした途端、大人しく俺の腕に繋がれたままでいたひょろいのの様子が変わった。
「チィ… !? 」
驚いたように目を見張り、あの人形のものらしき名を叫ぶ。
何だ、知り合いか?
こいつの知り合いと同じ奴に会うのは初めてだな。やっぱ魔力が強かったりすんのか。
身内か? 眠ってるって奴か? まさか恋仲だったとか言い出すんじゃねぇだろうな。
過去は関係ねぇとは言うものの、未だ気があるとか言うなら話は別だがどうなんだ。
……っと、今はそれどころじゃねぇか。
姫の目論見が予想どおりだと判った以上、そっちを止めるのが先だ。
あの人形で1人で移動するつもりってか。させるかよ。
「姫を放すなよ!」
絶対ェ放すなよ小僧! 放したら逃げる。欲しいと思ったモンはしっかり捉まえとけ!
と、再び魔術師の様子が変わる。
姫の何事かを訝しんだ後、いきなり眼の焦点が合わなくなった。
何だ? 何かの術に掛かったみてぇな空ろな眼。
誰かに操られてやがんのか? 誰だ。主催者側の奴らか !?
そのままフラリと踏み出すと同時に、きつく握っていたはずのヤツの腕が俺の手を擦り抜けた。
なんでだ! 俺はしっかり掴んでた筈だ。逃がさねぇように強く握ってた筈だ。
フラフラと離れて行かないように、1人でどっかへ行かせねぇために、絶対に放してたまるかと。
第一、こいつは振り解く素振りをしていない。それがスッと抜けた。やはり魔法か。
おまえの意思か、操られてんのか、どっちだ!
「待て!」
手を伸ばす俺をおそらく魔力で跳ね返し、盤上に跳び上がる。
……あいつが俺を攻撃することはあるかもしれない。必要に迫られたら。そういう状況に陥ったら。
だが、曲がりなりにもまだ仲間であるはずの俺達に力を向けるのに、今みてぇに無表情ってことはねぇだろ。
魔術師が自分で考え、そうしなきゃならねぇと判断したとしても、こちらを振り返りもせず、ただの邪魔な壁を壊すみてぇに無造作に力を放つことはねぇだろう。
今のはあいつの意思じゃねぇ。そうであってたまるか!
誰の仕業だ。そいつをどうするつもりだ!
それとほぼ同時に、小僧の手が姫から離れた。俺と同じように、何か魔法みてぇな力で弾かれたように見えた。
姫にそんな力はないと思っていたが……
新たに目覚めたのか、人形の力か、それともあいつの力を使ったのか。
いつの間にか現れた、黒い奴と対になるようなもう1体の白い人形。
姫の周りで渦巻く、物凄い気の流れ。人形の体内から出て、姫に吸い込まれて行く2枚の羽根。
それを、立ち尽くしたまま見守る魔術師。
何をやらかす気だ。正気に戻れ! 誰だか知らねぇが、そいつに何をやらせようってんだ!
慌てて後を追った俺の目の前には、信じられない光景が広がっていた。
やっぱここで切ります。あーこの後辛いー。てか私が書くと、また緊迫感0になってしまうのですがお許しを。
今回は、偉そうに小狼に放すなとか言っといて、自分は逃げられるヘタレ黒様の図。この期に及んでコメディ仕様……
20.1.14
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148−149話 発動
サク、ラ……、ちゃん?
目の前の、あか。飛び散る。染まる。流れる。
手の中。握っている、モノ。
その先に、ある、身体。
これ、なに…?
オレの手が、紅く濡れて滑るのは何故。
オレの手に残る感触は何。
オレの手が、握っているのは何。
その先に、サクラちゃんがいるのは何故。
これは何? 何かの間違いじゃないの?
サクラちゃんの身体が、剣のようなもので貫かれているのは何故。
そこから血が吹き出しているのは何故。
その剣を、オレが握っているのは何故。
オレの手に、何かを刺し貫いた手応えが残っているのは何故。
オレの…… この手が……
オレは、何を。
あの人から逃げ、『黒鋼』からも逃げて、たった1つ残された大切なものを、オレは。
決めたのに。これからは、ただサクラちゃんが幸せであるようにと。そのためだけに生きようと。
それなのに。
オレが、サクラちゃん、を……
もう、いやだ
血も、剣も、力も、魔法も。
もう、いらない
雪も、寒さも、呪いも、運命も。
もう、たくさんだ
谷も、塔も、死体も、命も。
イヤだ、イヤだ
人も、国も、次元も、世界も。
全て、なくなれば
ファイも、あの人も、君も、オレも、みんな。
何もかも、全部───
20.1.20
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149話 臨界
……何だ。何やってんだ。何でこんなことになってんだ!
あり得ねぇだろ。あいつが、姫を───
あいつが手にしているのは、あれは小僧の剣。切っ先は、姫の背中まで突き抜けている。
……何させてんだ。あいつに、何そんな酷ェことさせてんだ。
そいつが、その姫を、どんだけ可愛がってると思ってんだ!
マズい。
術が解けてやがる。あいつは今、目の前の状況が理解できないでいるだろう。
理解したらどうなる。理解して、更なる混乱に陥ったらどうなる。
ヤベェ。
「剣を抜くな!」
抜いたら死んじまうぞ!
喘ぐような呼吸。瘧に罹ったようにガタガタと震え出す身体。マズイ。
声にならない叫び。馬鹿野郎! 抜くなと言ったろうが!
放出される力。正気を失い、周りの何もかもを破壊しようとする力。クソ、近づけねぇ。
自分が足場としている競技盤を壊し、自分をも消し去ろうとする力。
あれはヤバい。力を使い果たすまで、自分では止められねぇのか?
止めねぇと。早いとこ正気に戻してやらねぇと!
この会場、下手すりゃこの街までも巻き込んで、あいつは本気でブッ壊れちまう。
…………なんだありゃ。
既に死んでるヤツを姫が視ることができるのは知っていたが、死んだ自分を見せることもできんのか?
姫に見えてる死んだ人間ってのは、あんな感じなのか。
血が吹き出したままの身体から抜け出た、半分透き通って宙に浮かぶ身体。
自らの抜け殻を省みることもなく、真っ直ぐに壊れかけた魔術師に向かう。
剣を握ったまま硬直している右手に重なる白い手。
それから反対側の手を大事そうに握り、母親が子供にするみてぇに抱き締める。
あれが生霊ってヤツか。初めて見た。つか、あれは本当に死んでねぇのか?
見掛けによらず、あの姫もたいがい丈夫だ。そういや息が止まっても生きてたしな。その類か。
魔術師を諭し、宥め、何もできなかった俺と小僧に一言だけ残して姫は消えた。
抜け出た身体は黒い方、血塗れの身体は白い方の人形に、それぞれ導かれて。
「ごめんなさい」だと? 姫は知っていたのか。こうなることを。
知ってて、敢えて避けなかったのか?
「間に合った」だと? 何に間に合ったってんだ。死ぬ前に身体から抜け出せたことか?
死なないと判ってたから、黙ってそいつにあんな酷ェことさせやがったのか?
あの遺言みてぇな台詞は、そういうことなのかよ。
「お願い」なんかされなくたって、これ以上馬鹿な真似はさせねぇ。こいつは俺が預かる。
が、後でちゃんと説明しなきゃ承知しねぇぞ。いいな!
そのために、必ず戻って来い。絶対だ。
……あれ。黒鋼の中で、サクラ様の方が逆に加害者認定されてしまった。おかしいな。
さすがにそれはサクラが気の毒だと……(でも直さない) せめて小狼には言うなよ。
20.1.20
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