野望へ


         20 巻




150話 ごめんなさい


 …………
 消えてない。
 サクラちゃんの命は、消えてない。
 よかった、って、言っていいのかな。
 オレがそんなこと、思っていいのかな。
 ─── いいわけない。オレは、ただひとり守ると決めたサクラちゃんを、この手で……

 今になって腑に落ちる、試合前のサクラちゃんの一言。
「自分を一番大切にする と約束してください」
 あの時、サクラちゃんには分かっていたんだ。
 オレの手を握ったとき、既に未来が見えていたんだ。
 オレに、刺される、未来が。
 それでもなおオレを気遣い、オレが自分を傷つけないよう、事前に釘を刺していたんだ。
 でも……



 オレより魔力の強い人には、会っちゃダメだったのに。
 それは、オレを縛る原点。遠い昔に、掛けられた、呪い。
 オレより力のある人に、これまでは近くで会ったことがなくて。
 大きな力は遠くからでも判るから、感じたら近寄らずに逃げようと思ってて。

 目の前のサクラちゃんから感じた、とてもとても大きな魔力。
 ずっと一緒にいたのに。ついさっきまで、サクラちゃんからは何も感じなかったのに。
 サクラちゃんに魔力はなかったのに。そんなものなくても、あんなに一生懸命生きてきたのに。
 今まで魔力のなかったサクラちゃんから、どうしてオレ以上の力を感じるの !!
 ……チィの羽根、だよね。チィを創った羽根に秘められていた大きな魔力。
 それから、もう1人のチィの中にあった羽根にも、同等の力が宿っていたから。

 サクラちゃんの血塗れの身体を抱いて、セレスに戻ったチィ。
 チィ、お願い。サクラちゃんを守って。
 チィはもう、力を失って消えてしまったかもしれないけど、お願い。
 あの子の身体を守ってくれたように。あの人の眠りを守ってくれたように。
 今度はサクラちゃんの身体を癒して、魂が無事に戻るまで、彼女の眠りをどうか守ってあげて。



 チィを創った羽根は、サクラちゃんに戻った。
 チィはもう、存在、していられない。
 もう、役目は、果たせない……

 オレには、やらなきゃいけないことがあったから。
 それまでは死ねないと思って、ずっと長い間生きてきたんだ。
 だけど、チィが…、羽根が、消えてしまって。
 ……もう、オレの目的は、なくなったんじゃないかな。
 オレが死ねない理由も、これで、なくなったんじゃないかな。

 呪いは、解けない。
 呪いは、これで終わりじゃない。
 またこんなことが起こるかもしれない。もっと酷いことが起きるのかもしれない。
 だから、その前に。今、ここで───





 くろ、たん……
 あぁ、まただね。また引き止めてもらっちゃった。
 ダメだよ。君の手まで、サクラちゃんの血で、あかく───
 オレの手に、がっしり重ねられた黒たんの手。
 大きくて、熱いくらいにあったかくて、ビクともしないほど力強くて。まるで黒たん本人みたいな。
 こんなところで逃げるなってこと? 然るべき場所で、ちゃんと決着を付けろってこと?
 初めて見る。黒たんの、泣きそうな顔。
 ……そうだね。これは、小狼君の剣。これ以上汚したらダメだよね。

 小狼君の大事な剣で、オレは、なんてことをしてしまったんだろう。
 離れたところで、立ち尽くす小狼君。
 オレを責めない、哀しそうな目。もっと睨んでいいのに。
 ……ごめん。ごめん、なさい。
 小狼君の大切なサクラちゃんを、オレは……



毎度、余計なこと考えさせ過ぎてスイマセン。
まがにゃんで読んだときは、黒鋼がもっと涙目に見えたのですが…… あれは印刷の粗さによるマジックだったのか?
あと、チィを創った羽根と、旅に持って来た羽根が逆になってたら、サクラは最初から魔女っ子だったのかなぁ?

20.1.27




150話 阻止


 させるか。自刃なんてされてたまるか。
 言った筈だ。守ると決めたものを、俺から奪おうとする奴は許さねぇと。
 俺の大事なモンを傷つけることは許さねぇ。たとえそれが当の本人だったとしてもだ。
 その剣は小僧の一部だ。敵以外には向けるな。これ以上、そいつの望まねぇことをさせるな。

 絶望に見開かれたままの目と、人前も憚らず滂沱と伝う涙。
 ガキ共の前では決して見せようとはしなかった姿。他人の目を気にする余裕もねぇか。
 ……だよな。あの姫を、こいつはあれだけ可愛がってたんだ。それを……
 その目がゆっくりと彷徨い、立ち尽くす小僧を視界に捉える。
「…ご…めん、なさ…い」
 震える声。蚊の鳴くような。囁くような。
 こいつ以上に姫を大切に思っているはずの小僧への、子供みてぇな、精一杯の謝罪。
 それで帳消しになるはずもねぇが、謝る以外、こいつに何ができるだろう。

 その後、一気に力を使い過ぎたのか、魔術師は崩れるように意識を失った。
 同時に、飛散して宙に浮いていた瓦礫の欠片が一斉に落下したことで、未だ魔力の放出が止まっていなかったことを知る。
 あの状態で、一体どんだけの力だよ。会場1つぶっ壊しただけで済んで、まだよかったってか?



 魔術師の右手から引き剥がした、姫の血に塗れたままの剣を、小僧が黙って左手に収める。
「いいのか」
 小僧はそれを汚れとは見做さねぇだろうが、だからこそ尚更、そのままでいいのかよ。
「……おれが、剣を、手放したから」
 否、あの剣がなければ、何か他の得物が使われただけだったろうとは思うんだが───
「さくらに、…姫に、頼まれたから」
 自分に言い聞かせるようにしながら、小僧の身長に余るひょろいのを担ぎ上げようとする。
 おまえはそれでいいのか。あんなことをしたこいつを、おまえは許すことができるのか。
 姫の言うことに何がなんでも忠実なのは結構だが…… つかおめぇ、そりゃ俺の仕事だろうよ。

 ─── と、小僧、やっぱちっとそのまま持ってろ!
 主催の奴ら、今何つった。未来が変わったってのは、3人が死ななかったってのは、
「どういう意味だ」
 3人ってのは俺たちのことか。やっぱコイツらなのか。テメェらが仕組んだことなのか! 
 ボディガードみてぇのが当主の前をサッと塞ぐが、俺だって闇雲に暴れるつもりはねぇ。
 だが、もしもうちの魔術師を操ったのがテメェらだと判明したら、その時は容赦しねぇぞ。
 事と次第によっちゃ、……掛けられた『呪』に逆ってでも、俺は。
「ご説明します。あのひとと一緒に」
 ったく、また『あの人』かよ。どいつもこいつも、勿体ぶった言い方しやがって。
 敵意や悪意はなさそうな感じだが、どうにもまどろっこしくて胡散臭ェ。
 さっさとそいつを呼んで、とっとと説明しろと思うのに、わざわざ別室に移動しなきゃ話せねぇとは。

「寄越せ」
 細長い魔術師の身体を、背負うようにしてもなお引き摺っている小僧から引き受ける。
 やっぱこれは、俺が担ぐのにちょうどいい荷物だろ。おまえの両手は、姫のために空けておけ。
 ……小僧だけじゃなく、俺もまだ修行が足りねぇな。危ういと知っていながら、守ってやれなかった。
 どんなに強大な力を持っていても、こんなに簡単に折れる。力と強さは、同じじゃないらしい。
 守りたいヤツを守りきるためには、あと何が必要なんだろうな───




何で黒鋼じゃなく小狼がファイを担いでいるのか。どーしても納得がいかんのでこじつけてみたらお笑い系に……(微妙)
でもあの後は、ちゃんと黒鋼が運んだに決まっている。だって体格から言って、不自然過ぎるから!

20.2.4




150−151話 呪


 白まんじゅうが連れて来られ、即座に魔女が現れた。
 なんだ。連中の言う『あの人』ってのはテメェのことかよ。顔が広いにも程がある。
 おい魔女。またここでも1枚噛んでやがるたぁどういうことだ。1から説明しろ!

 この世界の夢見が語る未来。姫の死のその後。
 姫に続いて、俺も、小僧も、こいつに殺られる筈だったってか。
 そして、さっきは俺が止めたが、止める者がいなければそのまま魔術師本人も───?
 ひょろいの相手に負けると断定されたのは心外だが、夢見が視たってんなら、納得…するしかねぇのか。
 剣であいつに後れを取るつもりはねぇんだが、まさか止めを刺せるはずもねぇしな。
 さっきの魔力の暴走は、姫でなければ─── 俺では止めてやれなかったってことか。力ずくでも?

 姫はそれを先見したってのか。それを変えようと、色々と画策してたってか。
 俺たちまで殺られる前に魔術師の暴走を食い止めて、それで「間に合った」だったのか。
 そりゃ…… 悪かったな。知っていて避けなかったのかと、腹立たしく思っちまったりして。
 あれ以上に酷な結末はねぇと思っていたが、更にそんな続きがあるはずだったとするならば……
 それを阻止してくれた姫に感謝するべきだったな。
 そもそも、呪いってのは何だ。姫を刺したことで、それが解けたってのか?



 どっから聞いてやがったのか、会話に参加しながら魔術師が起き上がる。
 てめぇが嘘吐きなのはとっくに承知だ。今更、特に驚きゃしねぇよ。
 だが嘘ってのは、保身のために吐くものじゃねぇのか。自分か、自分の大切なもののために。
 それらの嘘だの隠し事だので、おまえにどんな得があるってんだ。
 白まんじゅうが行き先を選べねぇ以上、故郷に羽根があると言ってもしょうがねぇのは解るが、なんで最初に持ってたことまでも隠す必要がある。

 おまえの呪いってのは……何だ。俺の『呪』みてぇなモンじゃねぇのか。
 俺のは、自分より弱い者を殺さぬよう戒めるためのものだが……
 おまえのは、自分より強い者を殺すよう強制されるものだってか。
 ガックリと項垂れる魔術師。
 最初から、そんないつ発動するとも知れねぇモンを抱えて、ヘラヘラ笑ってたってのか。
 魔女の野郎も、知っててしれっと避けてやがったってか。こうなることも、判ってたんじゃねぇのか。
 ……ふざけんな。

 おまえは凄ぇ力の持ち主じゃなかったのかよ。何簡単に呪われてんだ。魔力は関係ねぇのか。
 俺が知世に為す術がなかったのとは訳が違うだろうに、そんなもん撥ね返せなかったのかよ。
 呪ったり操ったり幻覚を見せたり……  刀で勝負できねぇような姑息な使われ方をする魔力ってヤツは、悪いがどうにも陰険で俺の性には合わねぇ。
 あの生きてるみてぇだった人形も羽根で創ったとか言うし、魔法ってのは、つくづく反則だな。
 やろうと思えば、どんなことでもできるんじゃねぇか?



 その割に、何でも自分の願いどおりに事が進むわけでもなさそうなのはなぜだ。
 むしろ力があるばかりに、随分と生き辛そうに見えるのはなぜだ。
 こいつが魔法を使いたがらないのも、自分のことを何も語ろうとしないのも、根っこは同じなんじゃねぇか?
 望んで苦労して身に着けた力でないなら、ありがたくも何ともねぇのかもな。
 もしも疎ましく感じていたなら、それでも最強であり続けねばならないってのはどんな気分だ。
 俺のような、力を求めて生きてきた人間のことはどう見える。

 力が増せばその分多くを守れると信じてきたが、こいつを見てると、それが揺らぎそうな気がする。
 あれほど強大な魔力を持ちながら、なぜこんなに脆い。守りたいものをなぜ守れない。
 ……俺は自分が間違ってるとは思わねぇ。今は迷ってる場合じゃねぇんだ。
 奪われたら取り返す。今が力不足なら、もっと強くなって守る。
 俺は守る。力で守り切れると、俺が証明してみせる。



毎度、なんか色々と穿ち過ぎで脱線しまくりな黒様ですいません。過去は関係ないとか、どの口が言うか。 
先見の話といい『呪』の内容といい、偽情報を元に一生懸命に憶測を巡らす黒鋼がとっても不憫です(笑)
しかしこの先も、君はまだまだ末永くビックリ要員だ。頑張れ!

20.2.16




151−152話 殴


 姫の魂は、この機に乗じて『夢』の世界に、自分で望んで行ったんだな。
 自分に降りかかるはずの災いを逆に利用して、逃げた小僧を捉まえるために。
 ……大したヤツだ。やるじゃねぇか。見直したぜ。
 だがな、魔術師とこっちの小僧に死ぬほど辛い思いをさせた。それは叱られて然るべきだろう。
 1人で勝手しやがって。何もかも1人で処理しようとしやがって。
 待つしかできねぇ辛さも、仲間が傷つく辛さも、姫は誰よりも身を以って知ってたんじゃねぇのかよ。
「……会ったらぶん殴ってやる」
 俺は父親になった覚えはねぇが、過去にあれだけおとーさん呼ばわりされた誼で、ゲンコツの1つくらいくれてやってもバチは当たらねぇような気がしてきたぞ。
 体と魂が無事に戻ってきたら、たとえ白まんじゅうに抗議されても、ここは1発ガツンと教えてやっといた方が……



 と言ってる傍から、魔術師が魔女に取引を申し出る。
 セレスに戻るってのは、話の流れからして、まぁ当然だ。だがその対価が…… てめぇの右目の視力だと?
 おまえは、いったい何を聞いていたんだ。
 たった今、俺が姫を殴ると言ったその理由を、全然理解してねぇってことじゃねぇか。

 宣言どおりぶん殴ってやると、驚いて呆けたような顔が見上げてきた。……やっぱ解っちゃいなかったな?
 魔女が、俺たちが、そりゃいい考えだと賛成するとでも思ってんのか。
 逆の立場だったら、誰か1人が犠牲を払うことにおまえは賛成できんのかよ。
 姫が悲しむとは思わねぇのか。まんじゅうが泣いて止めるのはなんでだと思う。
 守りたいものだけを守ったってダメなんだと、こいつはまだわかんねぇのか。
 守りたいものも、自分も、両方無事じゃなきゃダメなんだと。
 それで姫の元に辿り着けたとしたって、視力を失った状態で何ができるってんだ。
 姫を守るどころか、足手纏いになっちまうぞ。馬鹿が。

 ……いや、馬鹿は俺か。もっと早く手を出すべきだった。
 魔術師の好きにさせといたらどうなるか、東京で思い知ったはずじゃなかったか。
 目を離せば勝手に死んだり死に掛けたりしてるような奴の言うことなんか、もう聞いてられるかと懲りたはずだったのに。
 何かを預けられるほど、俺はもうこいつを信用していない。
 託されたものだけは守るが自分の身は守れないような奴に、安心して任せられるはずねぇだろ。
 今度は俺の好きにする。危なっかしくて、1人でなんか行かせてやれるかってんだ。
 小僧も白まんじゅうも行くって言ってんだ。みんなで行くなら、対価も平等だろ。



 どうしても必要だと思えば、まんじゅうの必死の説得だっておまえは振り切るだろう。
 それをしないのは、本当は1人でなんか行きたくねぇんだろう?
 あれだけ帰りたくないと恐れてた場所だ。杖と羽根だけを持って逃げ出した場所だ。
 『あの人』とやらに、会わなきゃならねぇんだろ。
 姫の体を、治療してはいどうぞと返してくれるような、そんな生易しい場所じゃねぇんだろ。

 付いてってやる。1人で行きたいと言っても却下だ。
 いつまでも逃げ回らなきゃならねぇような過去なら切り捨てろ。
 残したい大切なもの、断ち切るべきもの。きちんと自分で選べ。
 姫のことは、できれば俺たちでなんとかする。その間におまえはちゃんとケリをつけろよ。いいな。




こんな偉そうに殴ったり、説教したりできるのも今のうちだ。
セレス後は、そっくり同じセリフを返されて反省するがいいよ。

20.2.20




151−152話 叱


 サクラちゃんは自分の身を犠牲にして、オレの呪いを解いてくれた。
 今度はオレが、サクラちゃんを迎えに行かなくちゃ───

 半分だけの魔力では、たぶん上手くセレス国に辿り着けない。だから魔女さんにお願いしなきゃ。
 今のオレがいちばん辛いのは、黒たんに会えなくなることだから─── だから対価は、視力、かな……
 2度と黒たんの姿が見れなくなっちゃうけど、サクラちゃんの払ってくれた犠牲に比べたら……

 そう思ったから魔女さんにそのまま伝えたら、頭にゴツンと衝撃。
 問答無用で黒たんに叩かれた。しかもゲンコツだ。
 ひどい。痛いー。……と頭では思ったけど、本当はビックリの方が強くて、痛みはさほど感じなかった。
 見上げれば、呆れ果てたような黒たんの顔。
 えと、黒様はサクラちゃんをぶん殴るって言ってて、それはサクラちゃんを心配したからで、あの。
 オレを殴った理由も同じ? ……心配、してくれたの?



 怒られたのにこんなに嬉しいって、変だよね。
 あのね、オレ…… 叩かれたの、初めてだよ。叱られたこと、あんまりないんだ。
 セレスではいい子にしてたんだ。ホントだよ?
 オレが何か間違えたとき、あの人は言い聞かせるって感じだったし……
 ……疎まれたり、憎まれたりするのは、叱ってくれることとは違うものね。

 オレを近くで睨みつける黒たんの、鋭い目。眉間の皺。
 真剣に怒って、心配してくれる険しい表情。この顔も、もう見られなくなるはずだった。
 ああ、オレ、やっぱりもっと黒たんを見ていたい。オレは、君の恐い顔も大好きなんだよ。
 対価が却下されて、正直ホッとしてる。でも…… じゃあ、何を払えばいいの? 
 あの人のいるセレスに、みんなを連れて行ってもいいの?

 小狼君もモコナもオレを信じてくれて、一緒に行こうって言ってくれて、本当に嬉しい。
 けど、あの人のいるセレスから、サクラちゃんを無事に何事もなく取り戻せるとは思えないよ。
 みんながサクラちゃんを心配するのは解るけど、もしも小狼君やモコナや黒様に何かあったら、オレはどうしたらいいの。
 もしも、あの国の人達みたいことになったら。



 ……あの人は。
 オレが言うことを聞けば、あの人はみんなを無事に帰してくれるだろうか。
 オレがあそこに残れば、あの人はみんなを無事に送り出してくれるだろうか。
 もしもオレがいなくなっても、みんな無事に次の世界へ旅立てるだろうか。
 もしも無事では済まなかったら、次の世界できちんと療養できるだろうか。

 もしもオレがいなくなっても、みんなには、最後まで無事に旅を続けて欲しい。
 そのためには、やっぱり魔女さんに……



谷送りになる前は周りの人も最低限しか近寄らなくて、崇りを恐れて体罰なんてされなかったんじゃないかと推測。
でも1人くらいは、優しいお世話係の子がいてくれてたらいいなと妄想。
20.2.25




153話 移動の前に


 主催の奴らから、着替えるようにと手渡された衣服。
 寸法の合った、しかも防寒着とは…… いくらなんでも手廻し良過ぎるだろ。白まんじゅうのは明らかに特別仕立てじゃねぇか。
 こいつら、事前にどこまで知ってやがった。それも魔女の差し金かよ。
 そして魔術師用には、魔女から白まんじゅう経由で本人の物が送り返されてきた。
 久々に見るその姿。飽きるほど見慣れた格好のはずが、まるで別人だな。
 外見が同じでも、中身がへにゃへにゃしてねぇだけで、これほどに感じが違うもんなのか。

 セレスに戻る条件として魔法を使うよう言われても、まるで覚悟していたかのように唯々諾々と肯く。
 対価は4人で平等だったはずだろう。なぜひょろいのだけが上乗せして払わなきゃならねぇ。
 望みの強さの差か? 叶った願いで得るモノの大きさの差か? 
 だいたい、こいつに魔法を使わせることで、魔女は何を得るってんだ。
 ったく強欲魔女め。優勝賞金根こそぎ巻上げといて、まだ足りねぇのかよ。

 移動魔法か…… 
 俺からすれば、視力に比べりゃ微々たるものだとは思うが、こいつ的には?
 対価として要求されるってことは、それなりに負担なんじゃねぇのか。
 自力で移動するには魔力が足りねぇっつってたが、まんじゅうと一緒なら平気なのか。どうなんだ。



 蒼氷を出してくれというヤツの言葉に、白まんじゅうが俺の許可を求めるように振り返る。
 構わねぇから、好きにさせてやれ。害になるようなことはしねぇ筈だ。
 ─── この時、俺はてっきり、刀を強化する魔法でも掛けるつもりかと思った。
 父上が決戦に赴く際、携えて行く銀竜に対して、母上が祝詞を奉じて加護を願ったように。

 だがひょろいのは蒼氷を手にすると、俺に手を出すよう促した。
 遠い昔に知世が付けた白い傷痕の走る左手。魔術師の指先から、その掌に浮かび上がる呪文。
 淡い光を放つその中に、蒼氷はスッと吸い込まれて消えた。

 この身に掛けられた魔法。あれほど拒んでいた魔法を、俺に対して使いやがった。
「……いいのか」
「もうたくさん使ったからね。魔力」
 確かに。封じていたと言うには、もう使い過ぎるほど使ってしまってるな。
 レコルトでは普段と違う魔法だとか言ってたが、今回はあれだけ派手に暴走させ、更にこれから次元を移動しようとしている。
 小僧に奪われたもう半分は、恐らく今も使われ放題で…… 今更ケチってもしょうがねぇってことか。
 俺を避け続けているくせに、時折こんなことをしてみせる。
 それほどの緊急事態が予想されるくらい、危険な場所だってことなんだろう。
 おまえが後悔しないなら、それでいい。心遣いはありがたく受け取っておく。



 白まんじゅうの口ん中みてぇに、どっか別次元に繋がってでもいるのか?
 この掌の中、腕の奥に、あれだけの得物が入ってるって感触は全然しねぇ。
 だが刀に意識を向けてみると、幽かな熱と共に、僅かに呼応する何かがあった。
 念じれば、きっとそれは確かな存在となってこの手に応えるのだろう。
 ……不思議なもんだな。

 魔法ってヤツは、どうにも陰険で俺の性に合わねぇと思ったが…… あれは撤回する。
 人のためを思って使えば、こんなに優しい力にもなるんじゃねぇか。
 回復魔法は使えないっつってたが、こうして役に立ったり守ったりできんじゃねぇか。
 戦いを厭う奴じゃなかった筈だが、もしも攻撃や破壊に魔力を使うのが嫌なら、そんなのは今までどおり俺が引き受けてやるから。
 せっかく持って生まれた力だ。おまえが辛くならないような使い方をしたらいい。

 無駄にはしねぇ。こいつを使って、必ず姫を無事に取り戻す。
 そして、できることなら───
 この刀で叩っ斬ってやりたい。おまえが囚われている過去の、その枷の全てを。



ファイのデフォ服の感じが違うのは、眼帯と長髪のせいも大きいと思うんだ。うん。
小狼とモコナの和みが入らなかったー。それを微笑ましく見守っている2人は、久々に両親っぽくてほんわかでした。
あんな長い刀、どうやって鞘に出し入れするんだろうと素朴な疑問。そして手の中に収納するのに鞘は必要なのか?(笑)

20.3.11




153話 収納


 黒たんの大きな掌に、吸い込まれていく蒼氷。
 今のオレが黒たんに掛けてあげられる、たった1つの魔法。
「……いいのか」
 黒たんが聞いてくれる。オレがずっと、魔法は使わないって宣言してたからだよね。
 ありがと。気遣ってくれて、嬉しい。
「もうたくさん使ったからね。魔力」
 レコルトで。東京で。それから、この世界でも。

 それにね、魔法を使わない理由はなくなったんだ。
 これからセレス国に、あの人のところに帰るんだもの。あの呪いは、解けてしまった、し……
 もう誰に感知されたっていい。イレズミなしで魔法を使ったって構わない。
 もう、いいんだ……



 セレスに着いたら、もしかしたら、力を使い果たすことになるかもしれない。
 魔力なんか使えない状態になるかもしれない。だから今のうちに。
 セレスに着いたら、もしかしなくても、もうあの人の許からは逃げられないと思う。
 その先の世界へは、もう一緒に行けないと思う。だから今のうちに。

 この魔法が、セレスで君を護ってくれますように。
 この剣が共にあることが、君の助けになりますように。

 使ってしまえば、こんなに簡単な魔法。今までずっと、ピンチの時にも使わなくてゴメンね。
 こんなことになるなら、もっと前から使っていればよかったね。
 だからせめて今だけは、君の役に立つことに使いたいんだ。



 ─── ああ、でも、本当は。
 オレはそんなにいい人じゃない。本当は君のためだけじゃない。
 オレが一緒にいたいんだ。オレの一部だけでも連れて行って欲しいんだ。
 一緒に行けないなら、せめて魔力だけでも一緒にって。だから……!

 君の左手。てのひらに残る傷痕。
 知ってたよ。君がときどき、掌に白く走る痕を見詰めていること。
 きっと日本国の──ううん、知世姫の──こと思い出してるんだろうなー、って場面で。
 君にとって大事な思い出の傷なのかもしれないけど…… ゴメンね? ちょっと嫉妬しちゃってた。
 謂れは訊けないけど、血を貰うときに目に入ると、なんだか知世姫に見られてるような気がしてた。
 もしもオレに治癒魔法が使えたら、手首の傷を治すついでに、まとめて消しちゃったかもね。
 だけどこれからは、そこは蒼氷の場所でもあるんだから!
 だからこれからは、収納魔法を掛けたオレのことも、たまには一緒に思い出して……

 ……ごめん。これが、本音。
 一緒にいたい。一緒にいなくても、忘れないで欲しい。
 日常的に使えて、うんと便利な魔法なら、使うたびに思い出して貰えるかなぁって。
 そんなオレのワガママで掛けた魔法だけど…… もちろん、君の役に立ちたいのは本当だよ?
 本当に、心から祈ってる。

 この魔法が、これからも君を護ってくれますように。
 この剣が共にあることが、君の助けになりますように。
 オレがいなくなった後でも、ずっと───



侑子さんも着替えてるし、血の汚れも落ちているので、最低でもシャワータイムくらいはあったと思われます。
部屋移動もしてるね。サクラのことを思えば緊急ですが、小狼のことを思えば1日くらい休養が欲しいような……
その隙間を上手く活かしたかったのですが、適当な捏造が思いつきませんでした。無念。

20.3.5








野望へ