野望へ


         20 巻(続き)




154話 ルヴァル城


 目を開けるより先に感じる冷気。音を立てて吹き荒ぶ風が、実際の気温以上に鋭く頬を刺す。
 視界を遮って横殴りに降りしきる雪の向こう、ここから谷を隔てて聳え立つ城。
 ここがセレス国。こいつの故郷か───

 ひょろいのがこの国について口にした数少ない前情報の1つが、北の国で「寒いよー」ということ。
 確かにその通りだな。日本国でも冬にはこれくらい吹雪く日もあるが、年中これかと思うと気が滅入りそうだ。
 他の情報と言えば、『魔術師』という職種があることと、なんとかって果物があることくらいか。
 ……何の役にも立ちそうにねぇな。

 最初から、この国にだけは帰りたくないと言っていた。
 この先によほど気が重い事態を想定しているのか、魔術師の顔色は冴えない。
 しかも、「生きているものの気配は、あの城からしかない」だぁ? 到着早々穏やかじゃねぇな。
 白まんじゅうの問いに答えられず、風にはためかせていた外套を頭からすっぽりと被ってしまったのは、防寒というより、表情を隠すためか。



 その城の中だが─── どこに生きてる人間がいるってんだ。
 建物の中だというのに火の気もなく、とうてい人が暮らしている温度ではない。
 そのおかげで腐りもせず、獣に喰い散らかされることもなく凍りついた、見渡す限りの死体の山。
 一気に全滅したのか、片付ける者もなく転がったまま放置されている。
 何があった。
 獣の爪で抉られたような深い傷口。壁に叩きつけられた衝撃で潰された頭。酷ぇな。
 倒れている男も女もみな軽装で、兵士と思しき奴も鎧の1つも着けていない。
 火薬や、矢の類は使われておらず、略奪された形跡もない。戦で壊滅したようには見えねぇな。
 ───魔物か? 人を餌にするでもなく、ただ殺すことを目的とした?

 生きているものの気配ってのは、……まさか、姫だけってことはねぇよな。
 『あの人』ってのが眠る『水底』が墓じゃねぇなら、そいつも当然この城の中にいることになる。
 魔術師を解放するためには、そいつは避けては通れねぇはずだ。




 何だ、城に来たからには王の処に向かうんじゃねぇのか?
 てっきり上に向かうものだと思っていた。偉い奴ってのはたいてい一段高い、奥まったところにいるもんだからな。
 妖の女がいた城のバカ領主みてぇに最上階にいるとも思わねぇが、普通はこれほど下にはいねぇだろ。
 聳え立つ城も階段同様に幻で、本体は地下なのかとも思ってみたが、階段通路はどこまでも一本道で、王の居室どころか、兵士の詰所や下働きの部屋さえ見当たらない。
 これだけ下るってことは、最下層か。
 城の地下にありそうなものといえば、牢、火急の際の抜け穴、……霊廟?

 俯いたまま、迷いもなく長い階段を降りて行く魔術師。
 この状況に驚かねぇってことは、国を出る時点で既にこうだったってことじゃねぇか。
 あいつは、魔女んところで出逢った最初っからヘニャヘニャしてやがった。
 その寸前までこんな所にいたなら、あんなヘラヘラしてられるワケねぇだろ。
 初めから俺たちには何一つ曝け出さねぇつもりで、例の『笑顔』で武装してたってことかよ。
 ……おかしいだろ。
 道連れになるなんて予想もしてなかったあの時点で、見ず知らずの俺たち相手になぜ取り繕う必要がある。



 最下層の突き当たりの扉に辿り着く。身長の何倍もあろうかという巨大な扉。
 通路の途中にもゴロゴロ転がっていた死体が、ここには一際多い。
 仮にこいつらが、王をここから逃がそうとして盾になったのなら、扉を背にする形で戦うはずだ。
 その後突破されたとしても、扉の前に血の跡は残る。だが。
 これはどう見ても、扉の内側からの敵を迎え撃って、或いは逃げようとしてやられてるだろ。

 これをやった奴はここから現れたのか、或いはここに追い込まれたのか。どこから来てどこへ消えた。
 魔術師が作ったっていうあの人形は、姫をなぜここへ連れて来た。
 この扉の向こうには、今も誰かいるのか。姫の他に、誰か。
 魔術師は知っているのか。その答えを、全て───



怪我1つなく侑子さんのところに現れたファイを、犯人かと疑わない方がおかしいような気がしてきましたよ。
セレスって雪国らしい割に、全滅以降積もってなくね? 除雪する人もいないのに、外にある死体すら埋もれてないし。
フードと言わせられなくて、帽子? 頭巾? 被り物? と、要らんところで散々悩んでしまった(笑)

20.3.23




154話 黒鋼→陛下はライバル視。ファイ→陛下は親代わり。……だと思う(ウチでは)


 生きている者の気配は、探るまでもなく城の地下からしか感じない。
 何も変わっちゃいない。オレがここを離れた、あの時から。
 だからサクラちゃんの躯も、きっとあそこで眠っている。チィが守ってくれていた、あの水底に。

 長い階段のそこかしこに倒れている大勢の兵士。親しく付き合うことはなかったけど、見覚えのある顔ばかり。
 まだぎこちなかった新兵も、見事な剣技を誇っていた猛者も、等しく為す術がなかった。
 優しかった女官達も、研究熱心だった学者さんも、賄いのおばさんも、食料搬入の手伝いで来ていた子供まで、皆死んでしまった。
 本当に、ごく一部の人しか助けられなかった。
 オレがこの国にいたから。オレがこの国に来なければ、ここの人たちは、誰も───



 長い長い階段。
 ともすれば竦みそうになる足を、2、3歩遅れてついて来る黒たんの靴音に急かされるように動かす。
 突き当たりの扉の向こうに、あの人がいる。
 強制された眠りから目覚め、あの奥できっとオレを待っている。
 いきなり殺戮モードになってたりしないよね? ちょっとくらいは、話ができるよね?
 黒たんや小狼君を見て、あの人はどう思うだろう。
 オレが初めて、大切な『仲間』を持てたこと。少しはよかったねって思ってくれるかな? それとも。

 サクラちゃんの躯を取り戻しに来たと、きちんと話ができるだろうか。
 言うとおりにするから、だからこの人たちに手出しはしないでとお願いできるだろうか。
 オレはもう逃げないから。今度こそ傍にいて、王の願いを叶えるから。
 ここで共に眠りに就いてもいいし、王がどうしてもと言うなら望みどおりにして、オレも付いていくから。
 だから皆が無事に旅立つのを見送らせてと、きちんと取引できるだろうか。
 
 だからどうか、この人たちだけは、無事に───



 この階段が尽きたら、オレの旅も終わる。
 もう少し。あともう少しで、黒たんともみんなともお別れだ。
 きちんと 「さよなら」 を言えたらいいんだけど、まさか今から言っておく訳にもいかないしね。
 もっと早くに離れてたら、サクラちゃんは、小狼君は、『不幸』にはならなかったかもしれないね。
 ごめんね…… それから、ありがとう。
 君たちと出会って、オレは幸せに過ごせた。黒様と出逢えて、オレは本当に幸せになれたんだ。



 この扉の向こうに、あの人がいる。
 恐い。会ってしまったら、今度こそ決着を付けなくちゃいけないから。でも。
 今のオレは、もうここを出たときのオレじゃないから。何よりも大切な、仲間ができたから。

 優先順位を付け直す。
 ずっと1番だったあの子は、きっともう消えてしまった(またオレのせいで)
 この国で1番だったあの人は、『人』ではなくなってしまった(それもきっとオレのせいだ)
 オレが死ねない理由はなくなった。今ここにいる目的は、みんなを無事に次の世界へ送り出すこと。
 今守るべき1番はサクラちゃん。モコナに小狼君。それから黒様。この4人は絶対。
 だからアシュラ王。あなたとは戦いたくないけど、もしも王がこの4人を傷つけようとするなら、オレは。

 恐い。王と戦いたくなんてない。でもきっと、そうしなきゃいけないことになるんだろう。
 恐い。戦わなくちゃいけないのに、直接会ってしまったら、オレは本当に攻撃なんてできるのかな。
 恐い。オレが上手くやれないせいで、また誰かが傷ついちゃったりしたらどうしよう。

 大丈夫。黒様も小狼君も強いもの。
 大丈夫。ちょっとくらい怪我しても、次の世界でちゃんと療養できるはずだから。
 大丈夫。君たちのことを思えば、オレはきっと間違えない。
 大丈夫。黒たんがいてくれるもの。オレがグラついたら、きっと叱ってくれる。

 だから黒様、その後は、子供たちをお願いね。
  ……ああ、扉が開く。
 黒たん、くろ、たん…… オレがちゃんとできるか見ていてね。
  ……懐かしい姿。懐かしい声。
 黒みー、黒るー、黒ぴょん、黒わんこ…… ここにいてね。一緒にいられる、最後の最後まで。



こんなに自分のせいだと思い込んでいたら、日本国定住エンドはあり得ない気がしてきた。イタタ。
あんなに小狼の具合が悪そうなのに、ちっとも気付かないダメな大人達。
覚悟を決めて好きな人を実家に連れて来たけど、パパが怒り狂って暴れ出さないか気が気じゃないんだ。
気に入って貰えなかったらお別れしなきゃならないから、それどころじゃないんだ。……たぶん。

20.4.14




154話 アシュラ王


 地下に下りる長い長い階段。その突き当たりに聳え立つ巨大な扉。
 扉の前に進み出た魔術師が手を触れる寸前、それは自動的に開いた。まるで俺たちが来るのが判っていたかのように。
 いや、実際に待ち構えていたのだろう。……こいつを。



 天井の高い、ほの昏い広間。隠し通路なんかじゃあり得ねぇ、何もないだだっ広い空間。
 部屋の奥、床の一部 が淡く発光している。─── いや、ありゃ床じゃねぇな。水面か?
 そこに立つ人影。この国に来て初めてお目に掛かる、生きている人間。
 ……コイツか? コイツが例のソレなのか。
 そこに当たり前のように佇んで、何事もない日常の続きのように魔術師を迎える。
 こんな所にたった1人で(姫はどこだ)、怪我もなく、辛うじて生き延びた必死さも見せず。
 この状況の中で、その穏やかさこそが、この上もなく不気味な異常さを伝えてくる。
 にこやかに浮かべた微笑の下に潜む、滲み出る狂気。

 この国をこんな状態に導いた元凶がコイツか。
 長く1人で過ごしたような形跡が見えないのは、きっと、……つい最近まで眠っていたから。
 外のアレがたった1人の仕業とは思わなかったが、この国には魔法って得体の知れねぇモンがあるからな。
 これが、例の『あの人』─── 
 旅の間、ひょろいのの心はずっとこの男に囚われたままで。とうとう逃げ切れずにおめおめと舞い戻った。

「……出来れば帰らずにいられればと思っていました。アシュラ王」

 やはりコイツが王か。忠誠を誓っていたのか、こんな奴に。
 その名には覚えがある。神主がいた陣社と、その後にガキ共と離れて過ごした夜叉王の国で。
 夜叉族の敵方の王の名だ。そいつと夜叉王が、後に神として祀られてたっつー話だったな。
 だがひょろいのは名前には反応したものの、実際に本人を目にしてからは少しも動じなかった。
 確かに…… こりゃ名前が同じだけの別人だ。

 外見は『戦いと災いを司る神』の名にそぐわない優男だが、見た目はともかく、この惨状を引き起こしたのが本当にコイツだとしたら、強ち間違いでもねぇか。
 だとしたらあの時、俺と神主との会話をひょろいのはどんな思いで聞いていたのか。
 この国の民にとって、この状況を齎した王こそが『災い』に他ならなかったろう。
 仕えていた王の名だということすら、俺に明かせなかった理由はそれか。それだけか。
 追いつかれることを恐れていた。何故追われると思った。おまえが眠らせたからか。それだけか。



 親しげに語り掛ける王とは対照的に、俯いて抑揚のない硬い声で応ずる魔術師。
 何があった。『あの人』のことを語る時のあいつの表情からして、失ったことを惜しむくらいには良い王だったんじゃねぇのか。
 ガチガチに構えたひょろいのの様子で、このまま和やかには済まねぇだろうことは予想される。
 それでも、表面上は平静を保っていたはずの魔術師。それが崩れたのは、気配もなく唐突に王の背後から現れた、小さな人影のせい。

 服はボロボロに擦り切れ、髪は伸び放題。痩せこけて枯れ枝みてぇな手足の、……子供? 
 王宮にはまるで似つかわしくないが、この惨劇の中を生き延びて来たとすれば、むしろその方が自然か。
 だが…… そのボサボサの艶のない髪の色、落ち窪んで虚ろな目の色。何かが引っ掛かる。
 それが何なのか記憶を辿る前に、激しい動揺を見せる魔術師の方に気を取られた。
 王に対しては身構えて自制していたくせに、子供の方は予想外だったのか全くの無防備だ。
 そうか、こいつの色か。栄養状態さえ良ければ、きっと魔術師の色によく似てた。身内か?

 ふらふらと、子供に引き寄せられて行く魔術師。
 恨みがましい視線。決して友好的には見えない、幽鬼のような子供。
 それを、この上なく大切な者のように──東京で姫を迎えたとき以上に──縋りつかんばかりに抱き締める。



 その瞬間に見えた光景。確かに感じた、長いのか一瞬なのか解らない時間。
 それは魔術師の。過去と言うには、あまりに───



この場所は、元々は何の部屋だったのかな? それからファイ過去、ギャラリーにはどーやって見せたんでしょう。
ファイが思い出してることをそのまま中継したというよりは、王様が順序よく編集・上映したって印象。
子ファイの過去は雪兎さん方式で記憶を読み取ったとして、自分の脳に思い描いただけの(記録媒体のない)映像を見せる術もあるってことですね (いきなり『テレパシー』とか言うのも、今までの『魔法』とちょっと方向性が違う気が)
文様の時は矛盾してたから判ったけど、見せたい映像を自由に送れるなら、偽映像を見せられても気付かないかも。

20.4.7




154−158話 ファイ


 ファイ!
 ……どうして。どうして !?
 もう終わってしまったと思っていた。ファイの躯は、朽ちてしまったものだと。
 ファイを守っていたチィの羽根が、サクラちゃんに戻ってしまって、だから。

 魂のない躯は朽ちる。羽根の力がなくては、ファイの躯はもう朽ち果ててしまったはず。
 これはファイじゃない。ファイのはずがない。けど。
 目の前に立っているのはどう見てもファイ。それとも、過去のオレ自身……?

 その身体に触れる。抱き締める。
 温かい。柔らかい。生きて、る……(─── ああ、これが本当ならどんなによかったか)
 ファイ。オレが借りている名前の持ち主。代わりに生きてきたオレの、命の本当の持ち主。
 その2つを返したくて、蘇らせようと頑張って、でもとうとう果たせなかった、大切な半身。
 オレと一緒に生まれたばかりに、塔の上に封じられて。
 双子の片割れがオレだったばかりに、塔から落ちて死んでしまった。
 オレが、殺した。オレのせいで不幸になった、大勢の中の1人。



 ねぇファイ。待たせ過ぎちゃってゴメンね。だから怒っているんでしょう?
 オレね、ここに来たとき、どんなに辛くても悲しくてもファイのために生きなきゃって思った。
 でもね、この国ではたくさんの優しさを貰って、笑うと嬉しいってことも教わって。
 ファイがいないのは寂しかったけど、ここで生きていくのはちっとも苦しくなかったんだ。
 早くファイに返さなきゃって思ったけど、そのための旅に出る切っ掛けがなかなか掴めなくて。
 だからこんなに遅くなっちゃって、ゴメンね。
 でもやっぱり『不幸』は切り離せなくて、結局あんなことになっちゃったけど───
 旅に出てからも、谷で命じられたとおりにするのはとても難しくて。

 ねぇファイ、知ってた?
 暖かい国では雪じゃなくて雨が降るんだよ。濡れちゃうけど、それでも凍えたりしないんだ。
 温室じゃない普通の家の庭や玄関先や、道端にまで花が咲いていて。建物のないところでは、見渡す限りの緑と鮮やかな色で、一面埋め尽くされていたりもするんだ。
 冷たい水を浴びないとグッタリしちゃうような、暑くてたまらない国だってあるんだよ。
 窓を開けたまま寝るとね、虫の声が子守歌で、小鳥の声で目が覚めたりとかね。
 ファイが見るはずだった世界。ファイが経験するはずだったたくさんのこと。全部教えてあげる。

 サクラちゃんのこと。2人の小狼君のこと。モコナのこと。黒様のこと。
 ファイに教えなきゃ。初めてできた『仲間』のこと。『大切な人』のこと。
 子供たちがどんなに一生懸命で可愛いか。どんなに支え合って頑張ってきたか。
 みんながどんなに優しくて温かいか。一緒にいてどんなに癒されて励まされてきたか。
 黒たんを怒らせるのがどんなに楽しいか。黒様に叱られるのがどんなに……嬉しかったか。
 独りぼっちのまま死んでしまったファイには、教えてあげなきゃいけないことばかり。



 ゴメンね、ファイ。
 オレ…… 楽しかった。みんなと一緒に旅している間、本当に幸せだった。
 どうせ旅が終わるまでだと思って、その短い時間だけでも楽しく過ごせたらと思ってた。
 ファイに伝えるためだけじゃなくて、オレ自身が幸せに過ごしたかった。
 命令を放ったらかしにして、ファイのことを後回しにして、自分だけ幸せに浸ってた。
 黒たんと離れたくなくて、少しでも長く一緒にいたくて、だから罰が当たったの。
 ファイを不幸なまま終わらせてしまって。サクラちゃんと小狼君までも不幸にしてしまった。

 ゴメン。ゴメンねファイ。
 途中で何度も挫折しそうになって、その度にここで死んでもいいとか思ってゴメンね。
 結局挫折して、最後まできちんと旅を終えられなくてゴメンね。
 チィの羽根を、ファイの躯を守れなくてゴメンね。
 生き返らせてあげられなくて、本当にごめんなさい。



 オレはここで降りる。ファイがいないなら、旅を続ける理由がないもの。
 サクラちゃんと小狼君だけじゃなく、黒たんまで不幸にしてしまわないうちに離れるから。
 これ以上の不幸が重ならないうちに別れるから。
 だから彼らは、不幸なままでは終わらない。自分達できっと未来を掴み取る。絶対に。

 だからお願い。もう少し待ってて。
 みんなを無事に送り出したら、オレも行くから。王と一緒に、ファイのところへ行くから。
 みんなにはまだ会わせてあげられないけど、アシュラ王には紹介してあげるから。
 だから、チィと一緒に、もう少しだけ待っていてね。



「ファイ、聞こえる? 王様、もう1人のファイのお人形作ってるよ」 …ってな実況中継は入らなかったのだろうか?
抱き締めるし、斬られたら叫ぶけれども、ファイはあれが真ファイじゃないと気付いてると思います。
あの真ファイもどきの原材料は何だろう。砕けた欠片は思い出のアルバムだから、読み取ったファイの記憶なのかな。
1枚や2枚は黒鋼がこっそり回収してるといいと思いますが(笑)、侑子さんあたりが全部掻き集めといてくれんかな。

20.4.21




155−157話 過去前半


 こいつに対して、『後悔』と名の付くものを感じたのは初めてだ。
 自分の力で生きる努力をしねぇ奴だと、勝手に決め付けて、非難した。
 胡散臭い『笑顔』には騙されねぇつもりでいたが、ヘラい態度にはすっかり騙されていた。
 へにゃ顔は隠れ蓑かと思いきや、なんとか『普通』を習得しようとした、精一杯の成果がアレだったんじゃねぇか。

 どんなに望んでも、必死に足掻いても、自力では叶わねぇこともある。
  「何処かへ行きたいなら、自分で行きゃあいいだろう」
 ぼーっと待ってたワケじゃねぇ。ひたすら挑んで挑んで、それでもどうしてもダメだったこいつに。
  「自分から生きようとしねぇ奴が、この世で一番嫌ぇなんだよ」
 俺の暴言を、こいつはどんな思いで聞いたことだろう。
 激昂して当然の俺の台詞を、いつものヘラい『笑顔』で受け流して。

 数多の人間をこの手で死体に変えてきた俺でさえ、その上で寝泊りするのは遠慮したい。
 その山を踏みつけ、足場代わりにすることに、こいつの心が痛まなかったはずがねぇ。
 爪の剥がれた指で壁を紅く染め、死体を単なる道具と見做す罪悪感に蓋をして、ひたすらに登ろうと足掻き続けた。
 片割れと共に谷を、国を出るという、たった1つの願いのために。



 何が「双子は凶兆」だ。ふざけやがって。
 じゃあ何か、白鷺城お抱え薬師のところのチビ共は凶兆か。
 アレらが同じ顔で並んでよちよち歩く姿は、家族どころか居合わせた連中まで骨抜きにしてるぞ。
 評判を聞きつけた知世まで、そのうち連れて来いとか言い出す始末だ。
 そんな禍々しいもんなら、城に呼んで着飾らせて愛でようなんて、するはずがねぇだろう。
 弊害といえば、あれだ、相次いで嫁入りされたら2倍寂しいのではと父親が今から嘆いているくらいだ。

 また呪いか。いい加減にしろよ。
「双子が不幸であればあるだけ、国は栄え、民は幸福となる」 だぁ? どんな理屈だ。
 そんな迷信を国民こぞって信じている国ってのは何なんだ。どうかしてやがる。
「双子が生きて不幸でいることが、皆の幸せ」じゃなかったのか。その結果はどうだ。見事にハズレてんじゃねぇか。
 誰かまともに考える奴はいなかったのか。
 父親の病死がなんで子供のせいだよ。母親の自殺に至っては、双子を産んだことを責めた周囲の責任だろうが!
 凶事の原因を改めて検証しようともせず、何でもかんでもこいつらのせいにして、何の対策も講じねぇから状況がますます悪くなるんだ。

 おまえまでそんな迷信に踊らされてどうする。そんな連中の言葉に耳を傾けてどうする。
 そんな王失格な耄碌ジジイの世迷言なんざ、真に受けてんじゃねぇ!



 他の国へ行っても、不幸の元になるだけだと思い込んでしまったのか───
 望みを断たれたあいつは、脱出しようとすることを止めた。
 積み上げることを止めた死体は雪に埋もれ、自分もその中の一員のように横たわったまま。
 だれもいなくなった国で。いるはずの片割れの姿さえ見ることも叶わず。
 その状態でずっと『待って』いたのか。自力で出ることを諦め、連れ出してくれる『誰か』を。
 あんな姿になるまで。

 棒っ切れみてぇな足、枯れ枝みてぇな指。
 干乾びた唇、落ち窪んだでけェ目。─── その中に、それだけは覚えのある、蒼。
 そこに立っているのは、あいつの片割れであるのと同時に、過去のあいつ自身の姿か。
 そんな風に痩せこけ、地に引き摺るまで髪が伸びるほどの長い年月。
 あんなガキが、たった1人の片割れとも引き離されて。
 あんな気の狂いそうな場所で、死ぬこともできずに。

 死ぬこともできない。
 それこそが呪いだったような気もするが、敢えて言わせてもらう。
 死なずに済んでよかった。生き抜いてくれてよかった。
 姫も言ってただろう。「生きていてくれてよかった」 と。
 おまえだって、あいつらに出逢えてよかったと、そう思ったことがねぇとは言わせねぇぞ。

 いや、おまえより、あいつらより、誰よりも俺が思う。
 おまえが 生きてて よかった───



よりによってファイが、誰よりも頑張ってたなんて! 『頑張る人』が好きな黒様は、不意を突かれてもうメロメロです(笑) 
ほとんど辿れないかもと思ってたファイ過去ですが、黒鋼が逐一反応してくれたので書けた! 助かりました。
あ、どっちがファイなのか、黒鋼は最初から見分けてたと思いますね。野生のカン(ってことにしといてあげるよ)で。

20.4.30




157−159話 アゴ登場


 見つけた !!
 あれだ。あの紋章。あの蝙蝠印。アイツか! 
 魔術師は直接会っていたのか。何をされた? 言えよそういうことは! 
 俺の母上を刺した腕の持ち主。魔女の言うことを信じるならば、諏倭を魔物に襲わせ、滅ぼした。
 確か飛王とか言ったな。やっと拝めたその面、二度と忘れねぇぞ。
 小僧も、姫も、奴の思惑によって操られてたって話だが、……おまえもか。
 ちょうどいい。あの野郎1人討つだけで、全員の仇討ちができんじゃねぇか。



 ……おい、そんな奴の口車に乗せられてんじゃねぇ。
 片割れを殺したのはおまえじゃねぇだろ。そこの片眼鏡だ。誑かされてんじゃねぇぞ。
 おまえはそいつの手の者なんかじゃねぇ。俺たちと同じ側の人間だ。
 ガキの頃に騙されたのはしょうがねぇが…… 今はもう、解ってんだろうな?

 自分の企みに利用するため、こいつの片割れを殺し、罪悪感を植え付け、呪いで縛り付けた。
 魔術師が姫を刺しちまった『呪い』ってのはそれか。
 もう1つの呪いってのは何だ。この上まだ、こいつに何かさせようってのか!

 ちょっと待て。『魔女の一手』ってのは、ひょっとして俺のことか? 聞いてねぇぞ。何で俺が。
 俺が知世に拾われたのは、魔女の差し金だと? 
 ……魔女め、そんなこたぁ一言も言わなかったじゃねぇかよ!
 誰が若造だ。見くびられたもんだ。俺ぁひょろいのに殺られるほどヤワじゃねぇぞ。

 あの眼鏡野郎は、本当は俺をどうしたかったんだ。
 帝らが来る前に姿を現して、命の恩人にでもなりすます予定だったか。それとも、こいつみてぇに言いくるめるつもりだったのか。
 両親を、民を取り戻すための旅を命じ、そのための手段として知世の許に赴くようにとでも?
 ガキの俺は承諾しただろうか。蘇生させる術があると信じただろうか。
 次元を渡るため知世姫に偽りの忠誠を誓い、旅に出ただろうか。利用されていると知りながら?



 ……おまえは、ずっとそのつもりでいたのか。
 蝙蝠野郎に言われるまま小僧と共に姫を守り、もしも俺が邪魔するようなら排除しようと。
 片割れを生き返らせるためには、そうしなきゃならねぇと思い込んで。
 そりゃあ…… 辛かったな。

 俺は知っている。あいつは、ガキ共を義務で守っていたのではなく、本当に可愛がっていたこと。
 俺に対する殺意なんざ、これっぽっちも持っていなかったこと。
 あいつが俺の気配を探り、隙を伺ってたのは最初の晩だけだ。それで刺客のつもりならお笑いだ。
 あいつはいとも簡単に警戒を解いた。
 たまに悪夢に魘されてたりすることはあったが、俺の隣で毎晩くーくー寝こけてやがった。
 2日目から既にその調子で、起きてからそんな自分に呆然としてたっけな。
 思い出したように緊張し、さりげなく拒絶するのは、自分の中に踏み込まれそうになった時だけで。

 それでも、いつかは敵対しなきゃならねぇと思いながら旅を続けていたのか。
 あの眼鏡オヤジの指示どおりにしなきゃならねぇから、ずっと姫にくっ付いて来たのか。
 今のところ、姫を守るのは俺と魔術師の意思に反しねぇ。だから仲間割れする必要もなかった。
 だが最終局面で奴が姫を利用しようとすれば、小僧と俺はそれを阻止しようとするはずだ。
 その時魔術師は、蝙蝠印の側に付くのか。
 ずっとそのつもりで来たのか。そのつもりでいるのか、今も?



 違うだろう? もう解ってんだろ。
 死者を蘇らせるなんてのは、月の城でも、姫の羽根を以ってしても無理だったじゃねぇかよ。
 悪徳領主に唆されたガキにも解ってたことが、俺の何倍も生きたっていうおまえに解らないはずがねぇだろう。
 死者は眠らせてやれ。気掛かりがなくならねぇと、魂は成仏できねぇんだろ?
 おまえがそんなんじゃ、片割れは心配でおちおち眠ってもいられねぇだろうが。

 姫がこの場にいれば、その辺で彷徨ってるはずの霊と話ができるかもしれねぇのにな。
 幽霊にゃ魔法は使えねぇのか。あいつにだけ聞こえりゃいいんだが、説得してくれねぇか。
 あいつの目を覚まさせるには、本人に否定されんのが一番だろうに……
 俺は説得はできねぇ。言ってもあいつには届かねぇんだよ。
 俺がやろうとすれば力づくになるが─── 許せよ、片割れ。



最後の霊頼みは、自分で書いててビックリしたぁ(笑) 
ファイ過去に見入っていたのに、突然の仇敵登場で黒鋼もビックリ。被害者同盟でも設立するがいいよ。
兄王・アゴ・アシュラ王のコンボに、だんだんと黒鋼のストレスが蓄積されていくんだな。

20.5.5








野望へ