野望へ


         21 巻




158−160話 視てもらっている


 黒たん…… 
 黒たんに、知られた。
 オレの過去。オレの罪。オレの全て。
 ファイを死なせ、王を狂わせ、国を滅ぼした。
 やめて…… 見ないで。
 誘いに乗って、呪いを受けて、責を負った。
 もう止めて───!
 恩人を狂わせ、受け入れてくれた国をも滅ぼし、恩人の願いも聞かずに封印して逃げ出した。
 これ以上知られたくない。
 オレは不幸の元凶。わかってる。わかってる! それなのに。
 一緒に旅に出、一緒にい続け、一緒に生き続けた。
 オレがいたから。サクラちゃんは、小狼君たちは。……黒様は?



 あの時のおじさんからは、なんとなく悪い人っぽい感じがした。
 だって、人を殺してでも自分の望みを叶えようって人が、いい人のはずがないよね?
 命じられたことは、悪いことかもしれなかった。
 ……でもオレは肯いた。悪い奴の手先になることに同意したんだ。
 償えない過ちを犯したオレに示された、もしかしたら償えるかもしれない可能性。だから。

 けど…… 今思えば、いつからかオレは、旅そのものを楽しみにしていたかもしれない。
 セレスで優しい人たちに囲まれながらも、いつか旅に出るのはオレの中で確定事項だった。
 自分は異分子になるだろうと自覚していながら、一緒に旅する人たちに思いを馳せていた。
 どうせしなくちゃいけない旅なら、できればいい人たちと、楽しく過ごせたらいいな、って……
 オレは悪者側なのに。その人たちを不幸にするかもしれないのに。
 ファイを取り戻すという大義名分で、罪悪感に蓋をし、楽しむことすら自分に許した。
 旅に出ることは、科せられた責務であると同時に、確かにオレの望みでもあったんだ。



 その時が来たら、『羽根』を1つ持って旅に出る。様々な世界を渡る旅に。
 『写し身』と共に『砂漠の姫』を守り、邪魔者は排除するのが役目。
 『魔女』の息が掛かった『日本国の若造』がそれを邪魔するなら、排除しなければならない。
 殺してでも─── 
 それが、オレの役目。ファイに命を返せるかもしれない、たった1つの方法。

 くろたん。くろ、たん……
 オレは、そうするつもりだったよ。
 ファイのために。ファイを、生き返らせるために。
 そのためなら、オレは、どんなことでもしようと思ってたんだ───

 魔女さんのところで、空ちゃんのところで、オレはまだ、できるって思ってた。
 とっても強いけど、隙がない忍者さんだけど、でも所詮、魔力を持たない普通の人間。
 やろうと思えば、黒たんが邪魔してきたら、いつだって殺せると思ってた。
 だからね、最初の夜に黒たんが警戒して眠らなかったのは正解だったんだ。
 やるな、って、ちょっぴり見直した。

 でも。
 春香ちゃんのところで、おっきな湖のところで、オレはもう、どうしたらいいかわかんなくなって。
 君はあっという間にオレの中に入り込んで、どんどん大きくなって、ものすごく大切になって。
 ジェイド国で、桜都国で、君を殺すなんて、もうできっこなくて。
 ファイを生き返らせなくちゃいけないのに!



 黒たん、怒ってる。当然だよね。
 恐い目。睨んでる。射殺しそうな目って、こういうのを言うんだよね。
 どうせなら、知られる前に殺して欲しかったなぁ……
 これ以上嫌われたくなんてなかった。君を殺そうとしてたなんて、知られたくなかったよぅ。
 左手から取り出す蒼氷。……ねぇ、それ、便利でしょう?

 黒たんは、サクラちゃんの羽根を探す邪魔なんてしなかったから。
 口では面倒臭いって言いながら、すごく助けてくれてたから。だから排除する必要なんてなかった。
 でも今。君がオレを許さないなら。君が今、オレを斬ろうとするなら。
 あぁ、オレは、君に殺してもらえるなら、どんなに幸せだろうと思ってたのに……
 ───まだ、死ねない。
 もうダメなのだと、ファイの躯が朽ちてしまったことを、この目で確認してこなきゃ。

 まだ間に合うのだろうか。
 この腕の中の人形じゃなくて、本物のファイの躯は、まだあそこに在るのだろうか。
 チィの羽根はなくなったけど、その前に目覚めた王が、魔力で朽ちないようにしてくれてたりするの?
 もしもまだ間に合うのなら、その可能性があるなら。
 オレは、ファイを最優先にしなけりゃならない。……黒たんより、優先しなくちゃいけない。
 黒たんが、その邪魔をするなら。ファイを生き返らせようとするオレを、その前に殺そうとするなら。
 オレは、オレは、君を───



当サイトのファイはもう、真ファイのことは諦めてたっぽいのですが、原作でまだ粘っているのでしょーがなくこんな感じに。
子ファイへの仕打ちの数々に対する黒鋼の怒りを、自分に向けられているのだと思い込んでしまうファイ。
絶望に目を見開いて、黒鋼の動向に追い詰められていくファイを見るたびに涙。このすれ違いっぷりがたまりません。
あ、黒鋼の怒りがファイに向かってるって解釈は…… (黒ファイ界では)しないよね?

20.5.11




159−161話 『笑顔』


 あの長髪野郎。俺たちに、こいつの過去を見せつけるたぁどういうつもりだ。
 見たらこいつに愛想を尽かすとでも思ってやがんのか。仲間割れするだろうとでも?
 生憎だな。今更、そんな姑息な手で揺らいだりするかよ。
 ……それとも、混乱させたい相手は魔術師か?
 そうだとすりゃ、効果覿面みてぇだが─── それじゃあテメェの願いは叶わねぇだろうに。
 この期に及んでまだ優しげな顔で惑わせつつ、えげつねぇことしやがって。
 子飼いのこいつを可愛がってたのは事実だろうに、このちぐはぐな言動こそが狂気の証なのか。

 腹が立つ。
 こんなにも懐かれていながら、こいつの最も望まねぇことを平然とやってのける野郎に。
 俺たちに隠し事を知られたからって、この世の終わりみてぇな顔してやがるこいつに。
 過去なんざ関係ねぇんだと、あん時言っただろうが!

 それで、何だよ。
 ひたすら待ち続けた挙句、やっと連れ出してくれたのが、そこにいる『あの人』とやらなのかよ。
 自分の都合で連れ出したソイツが、最大の恩人かよ。
 ……気に入らねぇな。
 俺が知世姫に救われたように、おまえを救ったのが、そこにいるいけ好かねぇ奴なのか。
 拾われた恩に報いようとしてたんだろう。俺が知世姫を護ると決めたように。
 自力ではどうにもならねぇことを、おまえを道具にケリを付けようとしてやがった野郎に!



 それだけじゃねぇ。こいつに間違ったことを教え込んだのもテメェか。
 ヘラい『笑顔』を作ってみせれば笑った事になると、変な風に身に付けちまってたのはテメェのせいか。
 あの顔を、見せられた方はそりゃ癒されるだろうが、当人がちっとも本気で笑ってねぇじゃねぇか。

 確かに、こいつが笑えるようになるには修練が必要だったろう。
 だが必要だったのは、鏡の前でヘラっとした顔を作ってみることじゃなく、心から楽しいと感じられる環境じゃなかったのか。
 笑顔ってのは、「笑ってごらん」と言われて作ってみせるもんじゃねぇだろ。
 誰かを喜ばせるために浮かべてみせるもんでもねぇ。
 誰かと一緒にいて、楽しかったり嬉しかったりすりゃ、自然とそんな顔になっちまうもんだろうが。
 笑ってもいいんだと小僧に助言し、姫が笑えるようになって我が事のように喜んでいた。
 それができるのに自分はできねぇってのは、最初の教え方が拙かったってことじゃねぇのか。

 途中で奪われることと、最初から与えられないこと。
 どっちが辛いとかいう話でもねぇが、少なくとも俺は、奪われるまでは笑うことを知っていた。
 失った衝撃は大きかったが、両親に愛された記憶は、その後の俺の確かな基盤でもある。
 家臣に可愛がられ、領民に慕われて育った記憶は、失った後でもかけがえのない大切なものだ。
 そんな礎を持たないとすれば、あれほど不安定にフラフラしてやがるのも当然か。

 そういった記憶がないどころか、虐げられた記憶から始まるというのは、どんなものなんだろう。
 唯一の拠り所であったろう片割れまでも、あんな形で失ってしまって。
 初めて差し伸べられた手に全力で懐くのもしょうがねぇと、納得してやんなきゃならねぇのか。
 ……冗談じゃねぇぞ。
 いや理解できない訳じゃねぇが、みすみすテメェに返してやる義理は俺にはねぇんだ。
 あんなまやかしの記憶を植えつけるような奴、信用できるか!



 あいつの過去は関係ねぇ。関係ねぇがしかし。
 知っちまったからには忘れろと言われても無理だし、今更切り離すことはできない。
 ……しょーがねぇだろーが!
 だが、同情なんてもんは何の足しにもならねぇ。大事なのは今だ。
 今のあいつは可哀想な子供なんかじゃねぇし、今あいつの隣にいるのは俺だ。
 生い立ちはどうあれ、今のあいつは囚われの身なんかじゃねぇ。自由なはずだ。
 自分で進めるはずだ。誰に押し付けられたのでもない、自分のための道を。
 自分で掴めるはずだ。誰のためでもない、自分が望む未来を。
 自分で選べばいい。アイツか、俺たちか。行きたいところがあるなら、自分で行きやがれ。

 だがもし、おまえが俺よりもあの長髪を選ぼうとするなら……
 それをおめおめと見過ごしてやれるかってーと─── それはまた別の話だがな。



王が悪人じゃないのは判ります。ファイが懐いているのも解ります。でも、だからこそ尚更いけ好かないんじゃーーー !!!
……というのが、ウチの黒鋼の本音。対抗心剥き出しです。
しかしあんまり怒りオーラを発すると、ファイが怯えるので程々に。頑張れワカゾー。

20.5.18




161−163話 鳥さん攻撃


 黒たんに攻撃するなんて、あり得ないと思ってた。
 殺せなくなった時点で、大切だと思ってしまった時点で、もう絶対にできないはずだった。
 それなのに。
 ……約束、したから。
「君は約束してくれたんだ。この国に、人々に害をもたらす者は……」
 セレス国に、王に、害をもたらす者は…… それが、たとえ黒たんでも、オレは───
「殺す」

 王と、約束、したから。
 黒たんが、あの人に、向かっていこうとするから。
 セレスを、王を、傷つけようとするものは、オレ、が。
 ……避けてね、黒たん。
 怪我したりしちゃ、やだよ? 相手がオレだと思って油断しないでね。
 オレの魔力にだって、まともに当たれば黒たんを吹っ飛ばせるくらいの威力はあるんだよ。
 わかってる。こんな中途半端な攻撃じゃ、黒たんには敵わない。
 勝とうなんて思ってないよ。ただ、オレは、王を護らなきゃならないから───



 どいつもこいつも。こいつを利用することしか考えてねぇのか。
 こいつは駒じゃねぇ、人間だ。
 いくらフラフラしてようが、へにゃへにゃしてようが人間だ。
 隠してようが押さえ込んでようが、意志も望みもある1人の人間なんだよ。
 いつもヘラヘラした『笑顔』を浮かべていたって、凹んでねぇ訳ねぇだろうが!


 アンタは、前から自分が狂っちまうのを知ってた。
 最初から自分を殺させるつもりで、こいつをあの谷から連れ出した。
 そこまで知ってたくせに、こいつの過去は知らなかったのかよ。
 それとも、古傷を抉ることになると解っていながら、それでも連れて来たのかよ。
 己を制御できなくなった時に、自分を始末してくれる道具として。

 だったらなんで懐かせた! 殺して欲しけりゃ、せめて適度に嫌われといてやりゃあいいものを。
 こいつが慕う相手を殺せるようなヤツかどうか、知らなかったとは言わせねぇぞ。
 見ろよ、このヘナチョコな攻撃。……意外か? 残念だったな。
 アンタほどじゃねぇだろうが、俺だってなぁ、前にちっとは懐かれてた時期もあったんだよ。
 俺に攻撃を向けちゃいるが、その実、俺がアンタに近づく邪魔をしてるだけじゃねぇか。
 たったそれだけのことをするのにも、こんなに悲愴な顔でガタガタ震えちまうようなヤツだぞ。
 ここで「本気でやれ」なんて言ったら、更にこいつを苦しめるだけだからな。不本意だが、この場は手加減されてやる。



 オレは何をしてるんだろう…… 一番傷ついて欲しくない人に。一番大切な人に。
 もう最後なのに。これでお別れなのに、こんなことになるなんて。
 約束だから。望みだから。やらなくちゃならないから。
 黒たんが知世姫を守るように、オレにもあるんだ。
 セレスを。王を。ファイを。守らなくちゃいけないものが、ここにはあるんだ。
 約束したから。王と約束したから。

 こうしている間にも、次々と暴かれていく過去。
 知られてしまう。オレがどんなに恩知らずで愚かだったか。
 違う世界に来たんだから、もう大丈夫だと思ってた。ううん、そう思い込みたかったのかも。
 この世界では、本当にオレは災いを齎さないのか、きちんと確認しなきゃいけなかったのに!
 万が一の覚悟と対策はしておかなきゃいけなかったのに、それも怠ってた。
 笑うことを習って、チィを創って、お酒の味も覚えて。平和で穏やかな日常をオレが満喫していた裏で、静かに着実に破滅の時は迫っていたんだ。
 助け出してくれて、あんなに可愛がってくれたあの人の心が、少しずつ蝕まれていたのに。
 取り返しの付かないほど多くの人々が犠牲になってしまうまで、気付きもしなかった。
 こんな不幸を呼び寄せてしまう前に、オレは、もっと早く旅立つべきだったんだ!



 人は、生き返ったりしない。
 そいつはおまえの片割れじゃねぇ。いつまでもそんなまやかしを、後生大事に抱えてんじゃねぇ。
 目を覚ませ !!
「ファイ !!!! 」
 斬りつけると同時に、無数の破片となって砕け散る身体。
 ……見ろ、やっぱ偽物じゃねぇか。人ですらねぇ。長髪野郎の用意した、おまえを誑かすための人形だ。

 恩人に植え付けられた偽の記憶。
 テメェの都合のいいように書き換え、矛盾にも気付けねぇよう暗示を掛けやがったな。
 そのやり口は、あの片眼鏡と同じじゃねぇか。恩人面して、汚い手ェ使いやがって。
 こいつはずっとそれを信じてた。魔女に文様を取られた後は、自分が死んでも魔法は使わなかったんだぞ。
 強くなった魔力のせいで、呪いが発動しないように。アンタに居場所が知られねぇように。
 バンバン使ってりゃ楽に勝てただろうし、姫を刺しちまうこともなかったかもしれねぇのに。

 なんでだ。なんでこいつの回りにはこんな奴らしかいねぇ。
 一番懐いてた相手だろうに、そいつにまで騙くらかされてたとあっちゃ、立つ瀬がねぇだろうが。
 そんな奴らの中で育ってきたなら、腹を割るなんて芸当ができるわけねぇよな。

 騙されていたことが、それほど衝撃的だったか……
 俺の手の下ですっかり大人しくなっちまった魔術師が、この上なく哀れに思えた。



黒鋼を倒したのは陛下が最初かと思ってたら…… その前に、ここでファイに吹っ飛ばされてたと言う衝撃の事実。
そういや、地味ーに蟹夫君もいたか。あー、アニメのカオス様編はノーカウントの方向で。

20.5.26




162−163話 頭


 どういう、こと……? 辻褄ってなに? 
 オレの魔力は、文様は…… 王、は……

 黒たんに斬られて、砕け散るファイの欠片。
 ああ、やっぱりこの子は、本物のファイじゃなかった。
 判ってたけど、それでも…… それでもほのかに温かかったのに。

 黒たんが言う『茶番』って何? 綻びって何?
 オレの記憶の、何かが間違ってるの?
 散らばる、ファイの形だったもののの欠片。
 映し出されている無数の記憶。オレが過ごしてきた時間。
 そっか…… あれはファイじゃなくて、かつてのオレの姿だったのかな。
 見たくない。オレが犯した過去の過ちの全てが、そこには記録されているから。
 でも。
 その中から1つを選んで手に取る。そこに映し出される、真実の記憶───



 オレの頭を押さえ付ける、黒たんの手。
 大きくて、ビクともしなくて、オレ、動けない。
 熱くて、力強くて、オレもう動けないよぅー。
 動けないから、もう、黒たんに攻撃できない。だからもうおしまい。
 もう、黒たんを、攻撃しなくていいんだ───

 ……変だよね。
 こんなに暴力的なのに。こんなに屈辱的な体勢を取らされているのに。
 オレを強制的に床に押し付けている手を、……優しいと感じてしまうなんて。
 これがオレのためだと思えるなんて、オレってなんて図々しいんだろう。
 温かくて、支えられてるみたいで、安心してしまうなんて。
 揺るぎなくて、頼りになって、まるで撫でられてるみたいな……



 黒たんの言うとおりだった。
 黒たんが教えてくれなかったら、オレはたぶん、その矛盾にずっと気付かなかった。
 全ては、あの人が自分の望みを叶えるために仕組んだ、記憶の改竄。
 それでも───

 やっぱりできない。王の命を奪うなんてできない。
 たとえオレの記憶に細工していたとしても、この人がオレに与えてくれたものは消えないもの。
 ファイ以外の温もりを知らなかったオレに、初めて優しく接してくれた人なんだ。
 この人が心を病んでしまったのは、オレのせいかも知れないんだ。
 そんな人を、どうして手に掛けたりできる? 

 それが王の望みだとしたら、叶えてあげなくちゃいけないと思う。
 それをしたくないのは、オレのワガママだってことも解ってる。
 だからせめて、望みを叶えてあげられない代わりに再び眠りの魔法を掛けて、今度は目覚めることのないよう、ずっと一緒にいようと思ってたんだ。
 オレの頭を押さえ付けている、大切なこの手とお別れすることになっても……



 本当に、そうするつもりだったんだ。
 あの人がオレのもう1人の特別、サクラちゃんに危害を加えようとするまでは。



黒鋼の、実は痛くなさそうシリーズ再び。仲間を止めるのにあの体勢はすごくね? しかも保護者の前で(笑)
その手の下から、抜け出そうともしないファイさんが大好きです。暴れないから、手も置かれてるだけっぽくてイイ感じ。
20.6.3




163−164話 泣


 魔女が言ってたな。「仕組まれたことと、そうでないこと」があると。
 どこからだ。どこからが企てだ。どこまでが信じられる。
 記憶を差し替えられたと判った今も、魔術師はまだあの王を慕っている。
 アンタは本当にこいつの恩人か。あの蝙蝠野郎とグルってこたぁねぇのか。
 あいつを虐げた祖国の皇は。あいつらを忌み嫌った国民は。
 双子が不吉だっていうあの迷信からして、蝙蝠印の一味が故意に広めたんじゃねぇのか。
 畜生。どいつもこいつも、みんなぶっ飛ばしてやりてぇ。

 俺の声なんぞ耳に入らねぇってか、王の言葉はひょろいのだけに向いている。
 あの野郎にとって俺達は、魔術師を自分の意に副わせる道具でしかねぇってことか。
 ……気に入らねぇ。
 魔術師の過去を俺たちにバラしたのも、俺を攻撃させたのも、単に動揺させるためか。
 テメェはこいつにとって保護者、つか一番大事な奴だったんだろ。一体何がしてぇんだ。苦しめてるだけじゃねぇか。

 こんなに気の長ぇことをしてまで、こいつに殺されたい理由ってのは何だ。
 単に殺して欲しいだけなら、わざわざ嫌がってるヤツに手を下させる必要なんてねぇだろ。
 俺でよけりゃ、ひょろいのの代わりにいくらでも斬り捨ててやるのによ。
 何か、こいつの手に掛からなきゃならねぇワケがあんのか。
 それならそれで、何も無理して全部させるこたぁねぇだろう。最期のとどめだけは魔術師が刺せばいい。



 胸クソ悪ィ回想は続く。
 この仕打ちの後に「ユゥイ」はねぇだろ。
 ただでさえベソかいてる奴に、今更その名前で呼ぶのは追い討ちじゃねぇのか。
 そういう優しげな言葉を掛ければ掛けただけ、こいつは辛い思いをするだろうが。

 最近、こいつの泣き顔ばっか見てるような気がする。
 最初に移動した国では、さも自分は泣けねぇみてぇな言い方してたくせしやがって。実は違うんじゃねぇか。
 こんなことがあった直後に、ヘラヘラ笑ってられる方が変だろ。
 胡散臭かったのも道理だ。あの頃の『笑顔』は、人畜無害を装おうと、精一杯ガチガチに気ィ張って作り出された産物だったってことだ。

 せっかく、ちっとは自然な顔ができるようになってきたってのに。
 ガキ共を可愛がることを覚えて、だんだんいい顔になってきたってのに。
 それすら取り上げられてしまうような、そんな報いを受けなきゃならねぇようなことを、こいつは何もしてねぇだろ。
 片割れ、君主、2つの祖国…… 必要なものは与えられず、失ってばっかりじゃねぇか。



 長髪野郎が上げた腕の先、池の中から浮かび上がったのは、捜し求めていた姫の躯。
 ヤツが姫に手を掛けようとするや、攻撃の矛先をさっきまで庇っていた主に向ける。
 フン、そこは迷わねぇんだな。姫を取り戻すって目的までは忘れていないようで安心したぜ。

 ひょろいのの攻撃を、ヤツは見えねぇ盾のような物で弾き、だが僅かに受け損ねた。
 負った筈の傷をまるで意に関していないように穏やかな、むしろ満足げな表情。
 だがその王からひとたび繰り出された攻撃の威力は、さっきのひょろいののものとは比べ物にならない。
 咄嗟に魔術師が張った、王のと同じような防御の膜は、僅かな時間しかもたなかった。

 わからねぇ。自分を滅ぼして欲しいなら、なんで攻撃してくる。
 眠らされた時といい今回といい、殺されてぇなら、大人しく攻撃に晒されてりゃいいじゃねぇか!
 姫や俺達を餌にして、こいつに自分を殺させようと仕向けるくせに、いざ攻撃されると、なんで反撃したり、こいつの手が緩むようなことをしてみせる。
 殺されたいという願いと、魔術師を攻撃することは、あの野郎の中では矛盾してねぇのか。
 異常を予見していても自分じゃ止められねぇってのは、狂気に支配されるってのはこういうことか。

 畜生。
 俺は容赦しねぇぞ。テメェがこいつの恩人だろうが、俺には関係ねぇんだからな。
 いくら微笑もうが優しげな物言いをしようが、攻撃してくる奴ァ敵だ。
 ひょろいのができねぇってんなら俺が……!



 ……いつもの半分も冷静でいられなかった自分は、まだまだだと思う。

 身体を、半分、持っていかれたかと思った。
 自分の体がひとたまりもなく横倒しになるのを感じたが、踏み止まるどころか為す術もなかった。
 畜生。俺が、こいつの足を、引っ張るわけ、には……

 こいつはまた泣くだろうか。そういや久しく、こいつのへにゃ顔を見てねぇ───
 意識が途切れそうになる瞬間に脳裏を過ぎったのは、そんな埒もないことだった。
 眠りに就く前に本当の名前を呼んでやった王の心境が、解らんでもないような気がした。



今回の黒鋼→陛下の敵視は、サイト主の心境を反映─── ではありません
黒鋼もすっかり大人になって、陛下の事情も察してやっていたかもしれない。とは思いつつ……
でもやっぱり、(それが嫉妬だとは気付かず)無意識に王をいい人認定したくない、大人げない黒が好きです。

20.6.22




163−164話 やられ黒


 黒たんが…… 飛び出すのが見えた。
 黒たんの動きが、不自然に止まるのが見えた。
 それがにおいだと咄嗟には認識できないほど、ガツンとぶつかる勢いで充満したのは。ほんの一滴でもオレには判るようになってしまった、黒たんの、血の。
 大きな身体が、グラリと傾いて、そして……
 赤い色を撒き散らして、床に、沈むのが見えた。
 ドサリと、重たい音がした。
 遠い昔に数え切れないほど聞いた、ヒトの躯が落ちてくる、音───

 ……くろ、たん? 
 うごかない。
 ウソだ…… 黒たんが、たおれるなんて。だって、あんなに強いんだもの。
 ねぇ、くろさま? 
 倒れたまま動かない。動か、ない───
 ……ねぇ、冗談だよね? やられたフリしてるだけなんでしょ?
 黒、さま……?



 ───血の気が引くって、こういうことを言うのかな。
 手足が冷たく痺れて、視界が暗くなって、息が、できなくて。
 いちばん傷ついて欲しくない人が傷ついてしまうのは、オレがまた間違えたから?
 オレはまた、喪ってしまうの?
 いちばん大切な人を、また目の前で亡くしてしまうの?
 オレがあの人を本気で攻撃できなかったから。ここに1人で来なかったから。
 ……オレが、全ての不幸の始まりだから?

 全身に顫えが走って。指も、脚も、ガクガクが止まらなくて。
 錆付いて音がしそうな首を無理矢理に動かして視線を戻せば。そこにあるのは、オレを後悔と絶望に突き落とした人の、優しげな微笑み。
「………」
 声も、魔力も、抑えが効かなくって、迸って。
「…─── !! 」
 力の、抑えが効かなくて、暴走しそうで。でも。
 ───サクラちゃん。サクラちゃんだけは。

   サクラちゃんだけは守らなきゃ。
 揺らいでぼやける視界の中で、微笑むあの人の目は、やっぱりやさしくて。でも。
   オレが傷つけたサクラちゃんの躯。これ以上傷つける訳にはいかない。
 真っ直ぐに向けられる穏やかな眼差しは、実際には、もうオレを見てくれている訳じゃない。
 願いを叶えるべき相手がいつまでも言うことを聞かないから、早くしなさいと待っているんだ。
   サクラちゃんの躯さえ取り戻せば、もう…… 
 狂気にすっかり取り込まれてしまった今でも、その望みの内容を彼は覚えているのだろうか。
 オレの精一杯の力をぶつけても微動だにしない王から、サクラちゃんをかろうじて奪い返す。
   サクラちゃんを小狼君に預けたら。そうしたら。
   後はもう…… どうなっても構わない。



「だめ……だ」
 何かの力が干渉してるせいで物凄く具合が悪いのに、それでもオレを気遣ってくれる小狼君。
 ありがとー。やさしーね。
 オレは弱くて逃げてばかりだったのに、一緒に旅した君たちは、みんな本当に強くて優しかった。
 でも…… ごめんね小狼君。オレはもう、ここで終わりにしたいんだ。

 こうなったのは、みんなオレのせいだから。
 オレがあの時逃げ出さずに、ちゃんと与えられた役目を果たしていれば。
 時間稼ぎに眠らせて逃げたりしないで、王の望むとおりに、ちゃんと命を絶ってあげていれば。
 そうすれば、こんなことにはならなかった。
 サクラちゃんの躯だってすんなり取り戻せたし、小狼君を危険な目に遭わせることもなかった。
 黒様がたおれることだって、なかったんだ。

 黒たん……
 俯せに倒れ伏したまま、やっぱり動かない。
 辛うじて、生きてはいるけど…… このまま、死んじゃうのかな? 本当に?
 床にゆっくりと、でも着実に広がっていく、鮮やかさと昏さを兼ね備えた命の色。
 ただでさえオレがいつも奪ってるのに。あんなにいっぱい流れたら、全部なくなっちゃうよ……
 黒たんが死んじゃったらどうしよう……!
 黒さま、起きて。起きて。君はまだ、小狼君やサクラちゃんを守ってくれなきゃ。
 日本国へ戻るんでしょう? 知世姫のところへ帰るんでしょう?
 小狼君たちと一緒に行かなきゃダメだよぅ。



 ……もう、ダメだ。
 オレのせいで、これ以上不幸が続くなんてダメだ。

 終わりにしよう。
 旅も、ファイも。王も、セレスも。黒たんのことも。みんな、みんな、全部終わりに。
 オレの全ての魔力と引き換えに、小狼君たちはなんとか脱出させてみせる。
 次の世界は安全なはずだから。サクラちゃんの魂が戻っても大丈夫なように、ちゃんと休んで治療してあげてね。
 そうして魔力を使い果たして…… オレの命も終わりにしよう。
 誰もいなくなったセレス国で、王と、ファイと、ここで一緒に眠ってしまおう。
 そして、もしも黒たんが斃れたままになるのなら…… 黒たんも、一緒に?

 ……まだ、生きてる。生きようとしてる。でも……
 その瞬間を見るのは耐えられない。
 これ以上、オレのせいで黒たんが傷つくのは。不幸になってしまうのは。
 そんなのを見なきゃいけないくらいなら。その前に、王と一緒にここで。今直ぐに───



長ェ! こんな冗長な場面じゃないはずなのですが…… いっそサクラも小狼も陛下も省いてしまいたかっ…(オイ)
必死に止めたのに、ファイの決意をこれっぽっちも揺るがせられない小狼が哀れです。
黒鋼の腕掴みにはあんなに動揺したのにー。この正直者め!

20.6.30








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