169話 「旅はまだ続くのでしょうが」
スッと入ってきたのは、知世姫のお姉さんで、この国で一番偉いお姫様。
黒たんてば、そんな偉い人にまでエラソーなんだー。
「マシになった」とか言われちゃって、昔の黒たんは、いったいどれだけやんちゃ坊主だったんだろ。
ねぇ、やっぱりビックリするよね。小狼君も、黒様はここに残ると思ってたでしょう?
黒様ね、一緒に行ってくれるんだって。
飛王を倒して、サクラちゃんを無事に取り戻すまで、今までどおり付き合ってくれるんだって。
あんなに帰りたかった日本国なのに、また旅を続けてくれるんだって!
今朝の目覚めは、すっごく心臓に悪かったよ。
夢の中でオレはとても幸せで。でもそれは、目覚めるまでの期間限定だって。そう覚悟してたのに。
目が覚めて、落胆する暇も与えられず、あり得ない状況にオレの思考はストップした。
なんでオレ、ここにいるの。なんでこの人が目の前にいるの! って。
完全に固まってしまったオレの耳に届く、その声。
「俺は蝙蝠野郎を討ちに行く。おまえも手伝え」
夢の続きかと思って、自分が本当に起きたのかどうかすらあやふやになって。
パニックに陥っているオレに、黒たんは「正夢だったろ」と言って笑った。
本当だよ。笑ったんだ。信じられないけど、声に出したりはしなかったけど、確かに。
途端に心臓が跳ねたから、これは夢じゃないって、わかった。
本当のことだって解ったら、なおさら心臓がバクバクし始めて。
でも。本当に本当のことなら。この人と、まだ一緒に行けるのなら。
オレは黒様から、またひとつ、大きな宝物を貰うことになるんだ。
「なんて顔してんだ」
オレ、どんな顔してる? きっと目も口も歪んだ、ヒドイ顔してるよね。
「なんか、……泣きたい?」
「聞くな。何だ、いつものへにゃ顔はどうした」
へにゃ顔って、ひーどーいー! ……けど黒たんは、オレに「笑え」って言ってるの?
でもね、何でかな。得意なはずの笑顔が、君の前ではいつも難しいんだよぅ。
そんな朝のやり取りを、なんだかくすぐったく思い返す。
ねぇ小狼君。頑張って早く飛王を倒して、早くサクラちゃんを取り戻そうね。
少しでも遅い方がいいなんて、オレはもう、絶対に思わないからね。
次は「決着がつくのが恐い」なんて言ったら、今度こそ罰が当たっちゃうでしょー。
本心からそう思えたことが嬉しい。それはきっと、オレが今、とても幸せだからだよね。
オレはずっと恐かった。日本国が。知世姫が。黒様の帰りを待つ人たちが。
黒様の大切な国なのに、オレは、帰れる日がずっと先であるように願ってさえいたんだ。
でも実際に辿り着いたこの国は、こんなに身勝手なオレを迎え入れくれて、ただただ有難くて。
もう、恐いものなんてない。お別れが嫌だなんて、もう言わないよ。
オレの身勝手な望みのせいで、償いきれない大きな犠牲を払わせてしまった。
これから先は、今度はオレ、君たちの幸せのために生きることができたら嬉しいな。
全ては黒様のために。小狼君と、サクラちゃんと、モコナのために。
オレの願いは、もう充分過ぎるほどに叶えてもらったから。
飛王との決着がつくまでの間に、今度こそオレは強くなるよ。
黒様と一緒にいられる今のうちに、何としてでも強くならなきゃ。
全てが終わった時に笑ってお別れできるように、今度こそ、本当に、覚悟を決めるんだ。
そろそろファイも大人になろうキャンペーン。しかし、またしても黒鋼の思惑とは擦れ違っているのであった(鬼)
小狼・モコナ組&樹上のサクラ様との再会は、あれこれ悩んだ末、結局完全スルーしました。
当サイトは、黒ファイ捏造だけを目的としておりますので、はい。
21.12.21
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169話 義手
うわー、剥き出しだー。機械の部品と人工的に培養された組織。
あれが新しい黒様の腕。えー、あれが……
いやいや、見た目にショックを受けてる場合じゃない。役に立ってくれさえすればいいんだから。
これからは、あれが黒様の腕。
ちゃんと黒様に馴染んで、黒様の思いどおりに動いてくれますように───
何となく、モコナの口を通して送られてくるものだと思い込んでいた。
そっか。この人が次元移動で。ピッフルから。
───偶然じゃ、ないよね。偶然のはずがないよね。
オレはオレだけの考えで、義手をお願いしたつもりだったけれど……
黒様の腕を心配しているのは、オレだけじゃなかったってことだよね。
魔女さんは、黒様が怪我をするずっと以前に、封真さんに義手の入手と運搬を約束させていて。
実際に作ってくれたのは知世ちゃんで、製作を依頼したのはおそらく知世姫で。
オレはただ漠然と魔女さんにお願いしただけだけど、実際に動いてくれたのがこの人たちなんだ。
魔女さんも知世姫も知っていて、でも言えなくて。それでも、準備だけはずっと前から……
あ、知世ちゃんが怪我した黒様の腕に触れていたのは、もしかして、本物のサイズと感触を確かめるためだったりするのかなぁ?
でもね、対価はオレが払うよ。
前にオレが死に掛けたときは、黒たんが「対価は俺が払う」って言ってくれた。
黒たんが払う必要なんかないのに。関係ないって、口癖のように言ってたのに。
止めなきゃいけなかったのに…… すごく嬉しかった。だから今度はオレに払わせてね。
当然でしょう? あれは、オレの所為だもの。
それに、黒様の腕をいちばん望んでいるのは、知世姫よりも黒様本人よりも、オレだからね!
もしも他の誰かが払うことになったりしたら、オレ、ヤキモチで暴れ出すかもしれないよ。
オレは、死なない。
「吸血鬼の血がオレを生かしてるから」
黒たんがくれた命だもの。自分を犠牲にしてもいいなんて、もう絶対に思わない。
「自分の命と引き替えにするようなものは渡さないよ。もう」
前に黒たんに怒られちゃったから。心配してくれて嬉しかったけど、ちゃんと学習しないとね。
黒様が、オレがいた方がいいと思ってくれる限り、オレは自分を大事にしたいと思う。
オレね、ずっと死ねないと思ってきたけど…… 生きたいと思ったのは初めてだよ。
約束どおり黒様が殺してくれるまで、今度こそオレは、自分でしっかり生きたい。
だからオレはもう、黒様に…… 「いちばんきらい」なんて言われなくて済むよね?
抜けて行く、オレの最後の魔力。
今のオレの目は、蒼い色を失い、金色に変わっている筈。
あの色を初めて鏡で見たとき、愕然とした。
飢えて黒たんの血が欲しくなったときに顕れる、浅ましく呪われた色としか思えなかったから。
それ以来ずっと、目が蒼に戻るまでの間は、鏡を見ないようにしてきた。
でもこれからは、そんなことも言ってられないよね。鏡を見ても平気にならなきゃ。
これは、オレの命を繋いでくれている色だもの。
黒様がオレにくれた色。黒様が、オレの命を惜しんでくれた証……
だから、きっと大丈夫。そのうちちゃんと好きになれるよ。
大切にするね。早く見慣れて、この色を好きになりたい。
でもね…… 時々でいいから、思い出してくれると、嬉しいな。
蒼い目で、魔術師で、ただ死ねないとばかり思って生きていた頃のオレのこと。
初めてのことばかりで、恐いことだらけで、信じられないくらい楽しかった。
大切な人ができて、苦しくて、幸せで、毎日が宝物みたいだった。
だからね。あの頃のオレのことも、どうか忘れないで───
そろそろファイも大人になろうキャンペーン
第2弾。
「対価は俺が払う」と言いつつ、実際に払ったのは確かサクラ様だった気がしますが…… まぁ気にしない。
22.1.1
(1.26 ちょっと変更)
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169話 悪くねぇ
その形状からして、他の何かと見間違うはずもないのだが。
「何だそれは」
胡散臭ぇにも程があるだろう。何でよりによってこの時に、こんな物を、この男が。
そういや、運び屋として魔女にこき使われるのが対価だったか。ご苦労なこった。
ピッフルというからには、知世姫も一枚噛んでやがるのか?
あの魔女が厚意で物を寄越す筈もなく、誰かが魔女に願ったはずだが───
……こいつしかいねぇだろ。
当然のように肯定しやがった魔術師が、徐に眼前に翳した手の中に、蒼い光が集まり始めて。
それと引き換えに、ヤツの目からは次第に色が抜け落ちて行く。
咄嗟に止めさせようと声が出掛けたが、こっちが先に腕を切り落とした手前、俺は制止の言葉を持たなかった。
蒼の代わりに残されたのは─── あれほど嫌がっていた吸血鬼の特徴である、金色。
馬鹿野郎が。
俺に断りもなく、勝手に決めちまいやがって。
対価というならそれなりに大事だったはずの魔力を、魔女にありったけ渡しちまうなんて。
……だが。
もう命と引き換えにはしないと言い切ったこいつが、やけに満足げで。
例の『笑顔』とは違う、穏やかに吹っ切れたいい顔で笑いやがって。
そうだな。いつまでも責任やら負い目やらを感じてウジウジされるよりは、良しと……するしかねぇってか畜生!
「妙な感じだが」
肩との接続部分に何やら違和感がない訳でもねぇが…… 感覚が戻ったのは驚いた。
たいしたもんだな。どうやら指先まで思ったとおりに動くし、力も入るようだ。
「悪くねぇ」
無駄にはしねぇ。これは、こいつの大事なもんと引き換えに与えられた腕だ。
切り落とした腕に、俺は未練を持たなかったが、こいつにとってはそうじゃなかった。
俺が納得しているのだから気に病む必要はねぇと思っていたが、今なら、ヤツが泣いた気持ちも少しは解るような気がした。
……正直、堪える。ただでさえあの色は、既に片方奪われちまって久しいってのに。
それ以来、残りの1つにもずっと逸らされまくっていて、ようやく、また向き合えるようになるかと思った矢先だってのに。
あの蒼は惜しい。失ってしまうのが悔しい。自分の所為ならなおさらだ。
ふと、夜叉族の住む夜魔ノ国を思い出した。
半年もあそこにいて、こいつの黒い目にはとうとう最後まで慣れなかった。
もうあの蒼は、一生拝めねぇのか……
これが、こいつから腕を貰う代わりに俺が払う対価、ってことなのかも知れねぇな。
うちの黒助、ファイの蒼い目が相当お気に入りだったようで……(笑)
てか、ファイから何かが奪われることは何であれ赦し難い、ってことなんだと思います。
22.1.11
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169−171話 犬猿(一方的に)
ったく、何だってんだこの兄弟は。呼んでもいねぇのに次から次へと湧いて出やがって。
弟の方はまだしも、兄の方は、羽根のことさえなければ二度と見たくなかった顔だ。
魔術師と小僧の仇。途中で魔女に邪魔されて決着がつかなかった相手。
実は本当に死んだ訳じゃねぇと判ったところで、それで全てを水に流せるってモンでもねぇだろ。
到底許せる相手じゃねぇ。
俺達が色々と変わったから何だってんだ。テメェにゃ関係ねーだろーが。
あの吸血鬼らの血の匂いを嗅ぎつけて、ここまで辿り着いたってのか。ご苦労なこった。
気の毒だがここはハズレだ。羽根だけ置いて、さっさとどこへでも行っちまえ。
尋ねたいことがあるのはそっちだろうに、口と同時に手が出るってのは、どういう了見だコラ。
黙って立ってるだけで気に食わねぇってのに、またしてもひょろいのに手ェ出すとは、いい根性してんじゃねぇか。
伸びた爪、あの身のこなし。奴の攻撃を躱し、反撃するひょろいのの動きに危うさはない。
……吸血鬼の血ってのは、身体のそんなところまでも作り変えちまうものなのか?
こいつが爪で戦うのは初めて見たが───相手があの王でさえなけりゃ、遠慮なく戦えるってか。
どっちも本気じゃねぇし、魔力はずっと使わずに来てんだから、戦うのに支障はねぇ筈だしな。
心配なんぞ無用だと、解っちゃいるんだが…… 気に入らねぇ。
本気でやり合うつもりもねぇ癖に、挨拶代わりにちょっかい出してみたって態度が余計に腹立たしい。
ただの『困った人』で済むかよ。こいつは、桜都国で魔術師を殺った張本人なんだぞ。
また失くしたかと思ったんだぞ。また喰われちまったのかと思ったんだぞ。
穏やかに向き合える相手かよ。和やかに話なんかしてられっかよ。
怒って当然だろうが! それなのに……
てめぇ…… 覚えてろよ。
よくも笑い者にしやがったな。知世に天照に、白まんじゅうまで調子に乗るじゃねぇか!
あの忌々しい剣。羽根を取り戻すため、奴とはやっぱり一戦交えなきゃならんらしい。
が、加勢は不要だと、今度は小僧に目で止められる。
ったく、ここんとこ寝過ぎで身体が鈍っちまってるんだ。ちっとは暴れさせろ。
だが、まぁ…… 前回と同じだ。今のところは小僧に譲ってやる。今度は勝てよ。
桜都国で俺は、魔術師と小僧の仇として奴と戦った。必ず討ち取るつもりだった。
だが結局は2人とも生きていて、今の俺は奴と戦う理由を持たない。相手に殺気がねぇなら尚更だ。
決着をつけたい気持ちはあるが、戦わなきゃならねぇ理由は、今は小僧の方にあるからな。
神木を祀る堂の中に張られた結界。
知世姫とヘラいのが2人して外ってところに、何やら意図的なものを感じるが……
俺には解らねぇが、あいつらには何かそうする必要があるんだろう。
気が済むまでじっくり話し込んでこい。小僧の戦いは、俺が見届けといてやるから。
藤隆さん関連が入らんかったー。「君が言うか」の一言さえなけりゃ、もっと簡単だったと思うのですが。
ファイが『ヘラいの』に戻ったことを示す重要セリフの割に、イマイチぎこちない気が。
なんか取って付けたみたいで、上手く戻りきれてない? まだ無理してるから、と解釈しとくべきか。
22.1.23
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171−173話 『呪』
やっぱり、敵わないなぁー。黒様が、頭が上がらないのもわかるよね。
黒様が生涯にたった1人仕えると決めた、大切なお姫様、だもんね……
この国を護ることだけでも大変なお仕事なのに、黒様のこと、ずっと気に掛けていてくれたんだ。
出来る事はとても少ない、と言うけれど───
この姫がいくつかの手を打っておいてくれなかったら、きっと今頃、黒様はここにはいない。
この国を出るときに施しておいてくれた守護印。辿り着いてから何度も掛けてくれた癒しの術。
セレスの次に安全な国に行くための対価も、足りない分を払ってここに導いてくれた。
この国で受け入れ準備を万端に整えて待ち、即座に対処してくれて。
……大切な夢見の力を失ってまでも、黒様を助けたかったんだね。
そのおかげで黒様は、今も生きてここにいてくれる。
あ、おかげって言えば。
「黒様はずっと、額の守護印を、自分を戒めるものだと思っていましたね」
「ええ…… 視える人の目には、さぞ滑稽に映ったことでしょうね」
くすくすと笑う知世姫。うん、そうそう。確かにあの頃は。
「えーと。とっても微笑ましかったですー」
あんなに凄い守護の力を燦然と振り撒きながら、プンスカ怒ってるんだもの。
「ですが、あれが『呪』だというのは嘘ではありませんのよ」
? 首を傾げるオレに、姫は楽しそうに微笑んで続けた。
「ファイさんは、願いが叶うように、何かおまじないをしたことは?」
うーん。祈ったことは数限りなくあるけれど…… あ。
「前にサクラちゃんが。怖い夢を見た小狼君に、もう見ないようにー、って」
「『呪』とは相手を力で縛り、意図する方へ導く術。その方向によって、『のろい』でもあり『まじない』でもあるのですわ」
そっか。あの守護印は、黒様を無事に帰還させるための、おまじない───
『のろい』も『まじない』も、同じ呪術。
執り行う者の力によって、気休め程度だったり、絶対的な強制力を持ったりする。
飛王が願いを叶えるために仕掛けたまじないが、オレにとってはのろいだったのかな。
まさか…… まさか、王の辿った運命もその一環だったなんてことは…… ないよね?
自分の未来を知ってしまうって、どんな気持ちだろう。きっと凄く怖い。
それでも王は、垣間見た絶望的な未来の中に、僅かでも救いが残せる道を探し続けていたんだ。
オレを拾ってくれたのはきっと、それが最善の手段だと思ったからなんだね。
王の理性がまだ残っているうちに、どんどん魔力が増して、そしてオレの呪いが発動する。
殺戮を止められない自分の命を奪わせ、代わりに1人の『可哀想な子供』の呪いが解ける。
それがきっと、王が見出した最良の筋書きだったんだろう。
王ってば、最初からそのつもりなら、あんなに可愛がってくれない方が良かったのに……
結局は、その前に限界が来てしまって、彼の願いどおりにはしてあげられなかったけれど。
そして、あの人の最期の言葉─── 「彼らとなら呪いを越えられる」
王にはそれも見えていたのだろうか。
セレスを閉じる呪いから、彼らがオレを救い出してくれることを。
黒様がオレを見捨てないことも、あそこから連れ出してくれることも。
……そのために払う犠牲のことも?
呪いが解けた今、オレを縛る枷はなくなり、同時にやり遂げるべき目標も消えた。
だからこれからは、オレを解放してくれた彼らのために生きたいな。
オレに残された命の全てを、黒様と、あの子達のために。
辛い現実を認められず、叶わぬ夢だけにしがみ付くのは、大人のすることじゃない。
オレはずっとずっと長い間、大人になれずに来てしまったなぁ……
最初はあんなにやんちゃ坊主だった黒様にまで、あっという間に追い越されちゃってさ。
弱くて、飛王に反抗も出来ず、王の期待にも応えられず。逃げてばっかりだった。
常にただ笑って、深入りもせず、何事も無難にこなし、唯一自分の力である魔力までも封印して。
一生懸命な人が好きな黒様には、怒られて当然だったね。
いくら人より長生きしても、ただそれだけで立派な大人になれる訳じゃない。
あの飛王ももしかしたら、大人になれなかった人なのかな。
どんなに強い魔力を持っていても、それを役立てなければ何の意味もない。
誰かのために、持てる力の全てで、自分にできる限りのことを。
だからね。だからこのお姫様は…… 日本国には無くてはならなくて、とっても大人だなぁと思うんだ。
集中キャンペーンの第3弾。ここで一旦自覚させておかないと。
王の思惑どおりなら、ファイは立ち直れないほど傷つく上に、生き残った国民からも追われて旅立つことに……
それって酷くね? いや、でも、大して変わらないかな。
22.2.22
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171話 天照
小僧と星史郎が戦うために張られた結界の外に、ひょろいのは知世姫と共に取り残された。
ふん。また俺に知られたくねぇ話でもするつもりか。この期に及んで、まだ訳有りかよ。
小僧の父親のことも知ってる風だったし、俺たちに話せねぇことを、あとどれだけ抱えてやがる。
知世になら話せるのかと面白くなかったが…… こっちでもマズイ話が出たので、逆に助かった。
結界に閉じ込められたガキの頃の話なんぞ、あいつに聞かれてたまるか!
白まんじゅうと一緒になって、大喜びで囃し立てるに決まっている。
……いや。昔ならいざ知らず、今のあいつにそれはねぇか?
ついさっきの様子は、元の胡散臭ェはしゃぎっぷりに近かったが…… クソ、読めねぇ。
戦いを見てるだけってのは歯がゆいが、小僧が自分でケリを付けるってんだからしょーがねぇ。
ただ見守るより一緒に戦う方が、精神的にはよっぽど楽なんだがな。
「新しい腕の使い心地、試しておきたいのではありませんか?」
そしてこの血の気の多い帝からは、別の意味で好戦的な気分が伝わって来る。
「るせぇ。自分の方こそ、強ェ奴とは戦ってみたくて腕が鳴ってるんだろうが」
「否定はしません」
「相変わらず、喧嘩っ早ぇなテメェは。いつか死ぬぞ」
「黒鋼にだけは言われたくありませんね」
例によって蘇摩が言葉遣いを咎めるのを聞き流しながら、ふと思いついた。
ひょろいのに聞こえねぇ今のうちに、天照に言っておかなきゃならねぇことがある。
「おい。……テメェは早死にするなよ」
「もとより、そのつもりです」
俺達がここにいる間は、戦死も病死も却下だ。できれば老衰で頼みたい。
「それから年取って耄碌しても、乱心だけはすんじゃねぇぞ」
俺の口を塞ごうとする蘇摩を制しつつ、天照はこちらを胡乱な目付きで睨み付けてくる。
「……一体何が言いたいのです」
暴言なのは承知だ。だが言わせてもらう。
あいつは、2つの祖国を両方とも失っている。これ以上はダメだ。
どちらも王が乱心して、それを自分のせいだと思わされてる。だから……
「今度こそ、自分のせいで国が傾いたなんて思わせる訳には行かねぇ」
「……惚気にかこつけて、人をボケ老人扱いするのは止めてもらいましょうか」
「んなっ!」
誰が惚気だ。んな訳あるか!
「そんな心配は、相手を口説き落としてからにして欲しいものです」
思わずグッと詰まる。確かに俺は、あいつに何も言っちゃいねぇが……
「それに、わが国にはちゃんといるでしょう。私が道を見失う前に、逸れそうになった時点で対処してくれそうな人材が」
だが俺が言いたかったことは、正しく伝わったようだ。
「ふん。その前にこっちがヨボヨボにならない限りな」
テメェら姉妹の寿命も、人より長ぇんじゃねぇのか?
「誰もそなただとは申しておりません。蘇摩の方がよほど頼りになります」
あー、そりゃそうだ。知世や蘇摩に任せときゃ間違いねぇ。
俺が手を貸さなきゃならねぇような状況こそが、あってはならない緊急事態だ。
「人のことを心配する前に、自分を省みてはいかがです。二度とあんなに泣かせぬように」
泣いた? あいつが人前でか? まさか。
「おや、知らなかったのですか。月読が、子供にするように宥めていましたが」
聞いてねぇ……
「乱暴者の貴方に取り縋って泣く者がいるなど、迎えに出た者一同、目を疑ったと思いますよ」
……一同、だと? って、頷くな蘇摩!
確かに最近、泣き顔ばっか見てるとは思っていたが……
だがそれでも、ガキ共の前じゃそんな顔は見せてねぇはずじゃなかったか?
……クソ、やっぱ読めねぇな。
笑えるようになりゃいいと思ってきたが、泣けるってのは…… 良いのか悪いのか、どっちだ。
昔の話を知ったあいつがからかってきたとして、俺は以前のように腹を立てるだろうか。
いや、からかわれりゃ怒るに決まってるが、その一連の流れは、何と言うか……
悪く、ねぇ…ような気がする。─── それであいつが笑えるなら。
あの頃の『姫』も『小僧』もいなくなっちまったが、それでも笑うことを思い出せるなら。
作り物じゃなく、あいつが本当に楽しくて笑えるなら、それに越したことはねぇ。
そのためならガキの頃の話くらい聞かせてやっても…… いや待て、何か他の手段はねぇのか。
と、取り敢えず今は、そんなことに頭を使ってる場合じゃねぇ。そのうちだ。そのうち……
小狼が死闘を繰り広げる脇で、漫才を演じる人々。うちの小狼はほんと、報われない…… ゴメン。
今の時点で、ファイは日本国に長居しちゃいけないと思ってます。不幸を呼ぶ前に出て行かねばと。
しかし黒鋼は、ファイと共に日本国に戻ってくる気満々です(笑)
22.3.11
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