167話前(てか、ほぼ171話) 日本国着
セレスで起きたこと……
小狼と一緒に具合が悪くなっちゃったから、モコナ、細かいところはよくわからないの。
ただ、子供の頃のファイのことは、頭の中に見えた。夢みたいな感じで、でもちゃんと憶えてる。
「いっつも楽しいよぅ」って笑ってたファイが、本当はいつも寂しかった理由もわかった。
ファイはずっと、自分はみんなと違うって思ってたの?
どんなにモコナたちと仲良しになっても、自分だけ本当の『仲間』じゃないって。
そんなの絶対に違うのに!
だけど、もう終わったんだよね。これからは、ううん今までだって、ちゃんと仲間だったでしょう?
知られたくなかったこと、見ちゃってゴメンね。でもあんなの関係ないよ!
見る前も見た後も、モコナはファイが大好きだよ。小狼も、サクラも、黒鋼も、みんな───
……そぅっと。できるだけふわっと着地できるように到着した。
いつもは黒鋼がなんとかしてくれるからポイっと吐き出しちゃうけど、やろうと思えばできるんだ。
だって、今日も誰かの下敷きになっちゃったら、黒鋼死んじゃうもん!
セレスのお城の中で。モコナがぐったりしてた間に、大変なことになってた。
サクラの躯は取り返したけど、黒鋼が、大怪我しちゃったよぅ。
大急ぎでセレスから移動して、改めて見て、もうビックリ!
ファイの顔もコートも真っ赤でドロドロで、黒鋼が倒れてて。
それで、黒鋼の、お手々が…… 片っぽ、ないの。なくなっちゃったの!
着いた場所は空き地みたいなとこで、少し離れた所に、昔っぽいカッコの人たちが集まってた。
最初はね、モコナ、ちょっぴり怖かったの。
だって、あやしい頭巾をかぶった人がいっぱいで、悪い人たちだったらどうしようかと思って……
でも、ファイはそうじゃなかった。その人たちに向かって、迷わず「たすけてください!」って。
魔法で傷を押さえながら、黒鋼のこと、たすけてって叫んで。
お願いしますって。何度も、何度も。
すぐに来てくれた人たちの中に知ってる顔の人がいて、モコナもやっと安心できた。
テキパキと指示を出すのは桜都国で会った蘇摩で、その奥にいるのはピッフルで会った知世で。
あの2人と同じ魂の人と一緒にいるなら、みんないい人たちのはすだもん。
黒鋼がやられちゃうなんて、初めてだよ。
血が止まらなくて、呼吸も苦しそうで、倒れたきり動かなくて。
モコナとファイが何度名前を呼んでも、目も開けてくれないの!
頭巾の人たちが来てくれて、黒鋼が担架に載せられて、運ばれて行く時も、ずっと。
モコナたちは、今まで、黒鋼がいてくれたらいつも安心していられたの。
とっても強くて、怒らせるとちょっとだけ恐くて、本当は優しくて、おとーさんで。それなのに。
すごく、心配だった。こわかった。
黒鋼、ちゃんと治るよね? まさか死んじゃったりしないよね?
モコナも泣いちゃったけど、ファイはもっと泣いてた。
そしたらこの世界の知世が来て、「大丈夫です」って言ってくれたの。「黒鋼は死にません」って。
黒鋼を知ってる? ……知世姫? ここって、黒鋼が帰りたかった日本国なの
!?
……よかった。よかったねファイ! もう大丈夫。夢見の知世姫が言うなら、間違いないよ!
知世姫の言葉を聞いて。黒鋼に縋るのを止めて、ファイは、今度は静かに泣いた。
ぽろぽろ泣いて、それから、「ごめんなさい」って─── 知世姫に。何度も。
違うのに。悪いのはファイじゃないのに!
……でもね、モコナはちょっぴり嬉しかったの。
ずっと嘘泣きしかできなかったファイが、本当に泣けたから。
モコナたちの前では、寂しい時でもいつも笑ってたファイが、ちゃんと泣いたから。
本当は泣きたいのにずっと笑ってるなんて、絶対身体によくないもん!
だからね、大丈夫。いっぱい泣いたら、また笑えるよね。
黒鋼もサクラも、怪我は知世姫たちがちゃんと治してくれるよ。心配だけど、でもきっと大丈夫。
だから、一緒に待っていよう?
絶対みんな元気になる。元気になったら、またみんなで一緒に笑おうね。
ファイは黒鋼のことだけしか頭にないけど、モコナはサクラのことも忘れてない(笑)と思うので、一応入れといた。
モコナの方がまだダメージが少なかろうと、ファイを気遣わせてみましたが…… 原作モコナにはそんな余裕なさそう。
チェス試合時は留守番だったし、セレスでもダウンしてたから、ファイが泣くのをモコナが見るのは初めてだよね?
王を眠らせたときの涙は…… あれは回想シーンだからノーカウントでー(苦)
20.9.15
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167話前(171話) 日本国
───大丈夫です。黒鋼は、死にません───
その一言だけが、意味のある言葉としてオレの耳に届いた。
戦場のように慌しい喧騒の中、その一言だけ。落ち着いた、でも有無を言わせぬ響きで。
その一言でようやく、黒様以外の、周りの様子が目に入ってきた。
駆けつけてくれた人の多さ。手際良く施される応急処置。予め用意された担架。
目の前で、夕暮れの空をバックに微笑む、……知世、ちゃん?
頬に触れる、優しい手の感触。
この人が、知世姫─── 黒様が生涯ただ1人仕えると決め、剣を捧げたお姫様。
……ごめんなさい。ごめんなさい!
オレが怯まずにさっさと王を討ってさえいれば、黒様が攻撃を受けることもなかった。
オレの呪いが発動したりしなければ、黒様が腕を落とすこともなかった。
貴女方の大事な黒様を、無事に帰してあげられなくてごめんなさい。
黒様はオレのせいで大怪我したのに、その血を貰って、オレが元気になってごめんなさい。
オレは魔女さんに、『安全な国』 を願った。怪我の治療が出来て、ゆっくり休める世界を。
……そうだよね。ここが黒様にとっての、一番安全な国。
療養するなら、住み慣れた場所で、黒様を大事に思う人たちに看てもらうのが一番いいよね。
あんなに帰りたがってたんだもの。望みが叶ったと知ったら、きっと元気が出るよね。
また知世姫に仕えられるなら、黒たんはきっと張り切って、1日も早く元気になろうとするよね。
黒たんは、やんちゃのお仕置きで飛ばされたんじゃない。
この国にとっても、黒様は大切な人だったはずだよね。
それでも知世姫が黒様を魔女さんの所に送ったのは、どうしても阻止しなければならないことがあったから。
きっと良い方に導いてくれると、黒様を信じて送り出した。
危険な旅になると知っていて、せめて無事を祈る『守護印』を授けて。
すぐに治療できるよう準備をして待っていてくれたのは、こうなることも、視えていたから?
お願いです。黒様を、たすけてください。
これ以上黒様の血が失われることのないよう、早く止めてあげてください。
オレのせいなのに、治癒魔法が使えないオレには、掠り傷さえ治してあげられません。
助けて貰うばかりで、傷つけるばかりで、この人に何も返してあげられません。
大切な人を不幸にしてばかりだから、オレはもう、一緒にいたいなんて言いません。
日本国に着くのはまだまだ先だったらいいと、ずっと思っていたこと…… 許してください。
黒様が早く元気になれるように、黒様にとって一番良いように、どうか、お願い───
日本国に着いたことを、『よかった』と思えるなんて…… 思ってもみなかった。
黒たんがどんなに帰りたがってるか知ってはいたけど、オレは、嫌だったから。怖かったから。
いくら黒様のためでも、一緒に願ってあげられるほどオレは優しくなかった。
日本国に着いたら、黒様の旅はそこでおしまいだから。
旅を続けるオレたちとは、そこでお別れだから。
日本国に着いて、よかった。……本当に、そう思ってるんだよ?
ここでお別れすることになってしまっても、黒様が死んでしまうよりはずっといいもの!
黒たんが生まれ育った世界。きっと素敵な国だから、なるべくたくさん目に焼き付けておこう。
サヨナラする前に、黒様の故郷を見ることができてよかった。
黒様の大切な知世姫に会って、嫌な気持ちを持ってしまわなくて、よかった───
ヒロイン仕様で、ホッとした途端に気を失ったりするのがお約束か? とも思いましたが……
栄養補給して、ある程度は回復してしまったと思うので倒れません。ずっと黒鋼の心配をしていられます(鬼)
ピッフルであれだけ妬いたので、本物の知世姫にはきっとそれ以上に…… と自分で思い込んでいたファイですが、実際に会ってみたら、次元が違うと言うか救いの女神のような存在で、嫉妬するような対象にはなりませんでした(作中で言え)
20.9.23
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167話前 夜
白い薄紙が張られた窓越しの月明かりに、淡くぼんやりと照らし出される室内。
時折遠くから聞こえる夜に鳴く鳥の声は、不吉だと言われていなかったか。
澄んだ空気の中に微かに混じる、一般的には鉄臭いと評される匂い。
眠れない。眠れないよ───
サクラちゃんの躯も別室に運ばれて行って、この部屋には、オレの他に小狼君とモコナだけ。
2人とも、横になってすぐに、吸い込まれるように眠りに落ちた。
セレスで小狼君たちの具合が悪くなったのは、侵入者に備えるトラップの捕縛魔法によく似てた。
あんなのが仕掛けてあったなんて…… ゴメンね。気付かなかった。
きっと、すごく苦しかったよね。ゆっくり眠って、しっかり休んでね。
この建物は、夜魔の国にちょっと似てる……? だから言葉も似てたのかな。
オレたちに供されたこの部屋は、黒様が治療を受けている所からは離れた位置にある。
ゆっくり休めるようにとの配慮はありがたいけど…… うう、気になって気になって仕方ないよぅ。
怪我してる黒たんに関しては、オレの鼻はワンコよりも良く利くんだよ。
オレの身体に付いた血は洗い流したから、今漂って来てる匂いは、黒様がいる部屋から。
まだ血が止まらないのかな。まだ、危ないのかな。
そちらの方向に意識を集中すれば、未だに緊迫した複数の人の気配が微かに感じ取れる。
痛いのかな。苦しいのかな。血は足りてるの? ねぇ、黒様……
大切な人が生死の境にいることが、こんなにも恐いことだなんて知らなかった。
小狼君もよく怪我をしたけど、サクラちゃんは、いつもこんなに怖い思いをしてたのかな。
黒たんは強いから。オレは愚かにも、黒様なら大丈夫と思い込んでいた。
今までだって、黒様が戦いに出掛けてオレがお留守番の時には、もちろん心配してたよ。
でもそれはただ、酷い怪我を負ったりしてないかってことで。
この強い人が死ぬかもしれないなんて、迂闊にも考えたことがなくて。
黒たんなら自分の身は自分で守れるって、何の疑いもなく信じてた。
まさか自分で自分の命を危うくするような、そんな馬鹿な行動に出るなんて思ってもいなくて。
……違う。オレは知ってたはずだ。
前に黒たんが腕を怪我したのは、ドラゴンフライレースでサクラちゃんを庇ったから。
東京で背中を焼かれたのは、意識のないオレを抱えていたから。
優しくて強いからこそ、誰かを守るためには、その身を挺することだってあると知っていた。
でもそれは捨て身とは違ったはず。自分もちゃんと助かる勝算があったはずだよ。
今度だって、命に代えてもとか、そんな馬鹿なこと思ったはずないよね?
オレが死を覚悟した時だって、それを許さなかった黒様だものね。そうでしょう?
本当は傍に付いていたい。何もできなくても、見守っていたい。
何かやれることがあるなら、どんなことだってするのに。
もしも貰った血を戻すことができるなら、今すぐ全部返すのに。
代わりにオレの血は使えないのかな。こんなのでよければ、いくらでもあげる。
黒たんも吸血鬼になっちゃえば? 純血種の血じゃないと無理なの? オレのじゃダメ?
生命力だけでも、治癒能力だけでも、分けてあげられたらいいのに───!
きっと知世姫には、黒様が生きている未来が視えたんだろう。
でもそれは、放っといても大丈夫って意味じゃない。
今も頑張ってくれてるお医者さんたちが懸命に手を尽くして、その結果のはずだ。
黒様は死なないってオレたちに教えてくれた知世姫も、お医者さんにはそれを伝えていないと思う。
死なないはずだと油断して治療に手を抜いたら、違う結果になるかもしれないもの。
ほんのちょっとしたことで、未来は変わってしまうかもしれないんだ。
だから、素人のオレなんかが下手に手は出さない方がいい。それとも、手伝った方がいい?
姫が視た未来は、オレたちのことまで織り込み済みなの? それなら何か行動しなくちゃいけないのかもしれない。けど───
例えば、オレが声を掛けた拍子に、お医者さんの手元が狂ってしまったらどうする?
オレが何かしたせいで未来が変わってしまったらと思うと、怖くて動けないよ。
今は、じっと待っていよう。黒様の命の心配がなくなるまで。
怪我の治療については、専門のお医者さんに任せた方がいい。邪魔はしない方がいい。
……でも。
容態が少し落ち着いたら、黒様のいる部屋の近くまで行ってもいいかな。
どんな小さなことでもいいから、手伝わせてもらえないかな。
うるさくしないから、邪魔しないから。部屋の外まででもいい。そばに、いたいよ……
黒たん。生きて。生きてて。お願い。
アシュラ王のときは、自分で決めた(できなかったけど)から、祈る資格なんてなかった。
ファイのときは一瞬で終わってしまって、祈ることすらできなかった。
でも今は。力がなくて、時間ばかりがあって、祈ることしかできない。
微妙な匙加減で危うい均衡を保っている天秤が、何かの弾みで向こう側に傾いたりしないように。
ギリギリのレースに勝つつもりで行動に出たはずの黒様が、万が一にも失速しないように。
死なないって言ってくれた知世姫の先見に、何かの間違いが生じたりしてないように。
神様なんていないと。どんなに祈ったって助けてはくれないと。
子供の頃に骨身に沁みたはずなのに、それでも祈らずにはいられない。
ヴァレリアにはいなかったけれど、日本国には別の神様がいるかもしれない。
阪神共和国みたいに八百万人もいる国があったんだから、日本国にいてもおかしくない。
神様じゃなくても、精霊とかサンタさんとか、願いを聞いてくれる人がいるかもしれない。
黒たんのご両親とかご先祖様とか、それよりやっぱり、現実に力を持つ知世姫の方が……
ううん。そう考えていくと、誰にお願いするより、黒様に直接言うのが一番効き目がありそう?
……オレも夢を渡れたらいいのに。そしたら黒たんの夢に入って直談判するよ。
知世姫に会ったって自慢して、羨ましがらせて、負けず嫌いの黒様が早く帰って来たくなるように。
こんな夜は、きっと碌でもないことしか考えない。あまり脈絡がなくて、しかもエンドレス…… な、はず。
元凶の自覚があるので、今の段階では付き添いたいとは言い出せないファイさんです。
しかしファイよ。邪魔しないと言いつつ、恨みがましく襖の外にベッタリ張り付かれたらかなり鬱陶しい───てか怖い。
医療班の精神衛生上良くないので、きっとすぐ中に入れてもらえると思います(笑) (そーゆー作戦か)
20.9.30
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167話前 枕元の右側を手に入れた
黒たんは、この国に着いてからずっと眠っている。
いつも呆れるくらいにタフで、眩しいくらいに力強く生きてる黒様が。静かに、静かに眠っている。
傷口が化膿しないよう注意する必要はあるけれど、取り敢えず容態は安定してるんだって。
お医者さんの監督のもと、術と薬で調整された深い深い眠り。
ピクリとも動かないその様子は、見ていて不安になる。もう二度と起きてくれないんじゃないかと。
ううん。呼吸が静かなのはいいことだ。今目覚めたりしたら、酷い痛みに苦しむだけ。
だから眠らせたままで、体力を温存して、回復を待って……
黒様はとても頑丈だから、待っていれば、そのうちきっと元気になる。───
本当に?
知世姫が掛けてくれる『癒しの術』って、治癒魔法、だよね。……やっぱり敵わないや。
この国でその術を使うのは、すごく特別なことらしい。
使える人もとても少なくて、普段の治療では主に植物を使うんだって。
そのままでも使うし、干したり、潰したり、燃やしたり、煮出したり、様々な形で薬効を引き出す。
傷口の殺菌乾燥はもちろん、病気にも効くし、解熱鎮痛栄養補給で回復を促す。
知世姫のような『特別な力』を持たない人たちが、様々な薬草を駆使して治療に当たる。
薬草の見分け方や使い方を覚えれば、魔力なんかなくても、怪我や病気を癒すことができるんだ。
……オレ、もっと勉強しておけばよかったな。
治癒魔法が覚えられなくて、いじけて王に慰められて、そこで終わりにしないで。
魔法で治せない代わりに、止血や細胞蘇生に効く成分の調合とか、研究しとけばよかった。
そうしたら、オレもこの人たちと一緒に、黒様の治療の役に立てたかもしれないのに。
黒様の眠るこの部屋に入れてもらって、どれくらい経っただろう。時間の感覚があまりない。
何か手伝いたいけど、間違えると黒様の命に関わってしまうから薬に手は出せない。
それでも側に付いていたいお荷物なオレに、お医者さんはお水の係の仕事をくれた。
清潔な布を水に浸して、乾いた口元に含ませる。ほんの少しずつ。カサつく唇を湿らせる程度に。
まだ飲んだり食べたりできない黒様が、少しだけでも水分を摂れるように。
一定の時間毎に苦い葉っぱを噛まされたり、蒸して包んだ草の蒸気を嗅がされたりしてる合間に。
眠りの邪魔をしないよう、身体の負担にならないよう、そっと、そーっと。
……そう言えば黒たんの寝顔って、こんなにじっくり見たことなかった気がする。
眠ってても、近づくとすぐに起きちゃうんだよね。ニンジャだから、って言ってたっけ。
なのに今は、こんなに近くで見てるのに何の反応もない。観察日記とか書けそうだよ。
看護の人が交代で、常に誰かが付いていてくれるから、オレは辛うじて普通に座っていられる。
誰もいなくなったらきっと背筋の力が抜けて、右目の堤防だって決壊してしまうことだろう。
助けてもらったくせに、オレのせいなのに、恨み言をぶつけてしまうに決まってる。
だって。黒たんてば、自分から生きようとしない奴がこの世で一番嫌いだ、って言ってたくせに。
オレだって、死んじゃおうとする黒様なんて、黒様の中で一番嫌いなんだから……っ!
黒たんにそのつもりがなかったのは知ってる、けど。
日本国に着かなければ、知世姫に術を掛けて貰わなかったら死ぬとこだったんだ。
……黒様が死ぬのなんて、許してあげないよ。
殺してくれるって約束も果たしてもらってないし、黒たんはもうオレを責められないんだから。
もしも死んだりしたら、オレよりも嘘吐きで大馬鹿者だって認定するからね。
オレに馬鹿呼ばわりされたら、黒様イヤでしょう? 君は負けず嫌いだものね。だから。
起きて。オレはここで待ってるから。
こんなに恐いのを待っていられたら、他のどんなことでも我慢して待てる。
だから、最後までちゃんと待っていられたら誉めてよね。
喚いたり揺さぶったりしないで、おとなしく待ってるから。
だから、絶対目を覚ましてね。
今すぐじゃなくてもいいから。ゆっくり休んで、しっかり治して、元気になって、必ず起きて。
そしたら、オレが怒ってあげる。心配させた罰に叱ってあげる。
黒たんが叱ってくれて、オレは凄く嬉しかったから。だからお返しをするんだ。
人を殴るなんて初めてだよ。加減がわかんなくて、泣くほど痛いかもしれないから覚悟してね。
あぁ、黒さまが泣くとこなんて見たことない。見てみたいなぁ…… 早く起きてくれないかな。
喉が乾きすぎると涙も出ないかもしれないから、お水はたくさん補給してあげるからね。
結界やら守護印やらが普通にある日本国なら、癒しの術とかもきっとあるよね?
特効の薬草も生えてて、香とか、軟膏、丸薬、煎じ薬とかいろいろ作って活用してるよね。
血止め、痛み止め、化膿止め、増血、栄養補給…… 何でもできるよね!
だってできないなら、知世姫は日本国には呼ばないでしょう? ピッフルの知世にでも託す方が、高度医療受けられそうだ。
衣服に沁み込んだ黒鋼の血もどーにかして、ファイの携帯非常食用に、丸薬にでもしてくれないものか(梅仁丹仕様)
水分補給係に任命したのは、黒鋼の顔だけ凝視してなさいと。あまり傷口を見せまいという配慮だと思います。
20.10.13
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167話前 知世ちゃんの魂百まで
「明日、黒鋼を目覚めさせようと思います」
そう告げると、ビクリと震える身体。ああ、ようやくお顔を上げてくださいましたね。
私の前では、いつも申し訳なさそうに面を伏せていらっしゃるのですもの。寂しいですわ。
「……本当、ですか?」
「ええ。もう1日様子を見て…… おそらく明日の晩くらいには、眠りを解いても大丈夫かと」
傷も塞がりましたし。無理をしなければ、少しくらいは動いても大丈夫でしょう。
……と言うより、起きたら無茶をすることが目に見えているので、強制的に眠らせておいたのです。
過去の実績から鑑みるに、大人しく寝ているはずがありませんもの。
本人は自業自得ですが、看ていたファイさんの方が、かわいそうにすっかり憔悴してしまって。
「ずっと付いていて下さったこと、感謝いたします。でも休息はきちんと取って下さらなくては」
せっかくの美貌が台無しですわ。黒鋼が目覚めたら、無理をさせたと怒られてしまいそう。
明日は、再会という記念すべき日に相応しい衣装に、着替えて頂かなくてはなりませんのに。
わが国では見ない、金と蒼がよく映える清楚な色目の衣を、かねてより用意しておりましたの!
一般的ではない意匠ですけれど、この方ならば見事に着こなして下さるに違いありませんわ
!!
私がまだ見ぬ晴れ姿をうっとりと思い描いていた間、当のご本人は何やら葛藤してらしたご様子。
「あの、知世姫…… お願いがあります」
暫しためらう素振りの後で発せられたのは、思い詰めたような緊張した声。
「何でしょう?」
「黒様が起きたら…… オレが殴ってもいいですか」
そんな真剣なお顔で、何を仰るかと思えば。
「理由を、お聞きしてもよろしいですか?」
「サクラちゃんがみんなを心配させたときに、黒様は『帰ってきたらぶん殴ってやる』って言ってて……」
訥々と語られた内容は、黒鋼に叱られた時のこと。心配されたことが、とても嬉しかったのだそう。
……まったく。相変わらず乱暴ですこと。
いくら心配と言えども私は御免被りますし、ましてや桜姫に手を上げるなど、とんでもありませんわ!
ですが…… この方にとっては、その方法はとても効果的だったようですわね。
過ぎ去った遠い昔を懐かしむような、幸せそうで、でもどこか寂しげな眼差し。
決して失われた訳ではありませんのに、既に手放したものを惜しみつつ諦めたような。
「だから、今度はオレがお返しするんです。もの凄く心配したって、黒様にも教えてあげないと」
まぁ素敵。
「……それとも、知世姫がご自分で殴りたいですか?」
視界の隅で、側に控えている肩が震えている。蘇摩ったら、修行が足りません。
「せっかくのお心遣いですけど…… そのお役目は、ファイさんにお譲りいたします」
かく言う私も、危うく、手にした扇で口元を隠さねばならないところでしたが。
「どうぞご遠慮なく。ぜひとも、私の見ている前でお願いしたいですわ」
そんな面白そうなこと、見逃す訳にはまいりません。
「ありがとうございます。……そうしたら、その後はもう、オレは黒様には近づきませんから」
「まぁ、なぜですの?」
「オレは……」
口篭ってしまうファイさんの仰りたいことは解ります。かの王も、ずっと気に掛けていましたから。
生まれた時から浴びせられ続けた呪詛の言葉が、今も枷となってこの方を縛っている。でも。
「それは、どうぞ当人同士でお話しください」
どうせ黒鋼が許す訳などないのですから。私が勝手に承知などしては恨まれてしまいます。
腕と引き替えにすることを選ぶほどに大切な方を、手放すはずがありませんもの。
「それよりも、こちらこそ黒鋼がご迷惑を」
「え?」
「痣はもう消えましたか?」
私の問いに、パッと右の手首を押さえる正直な人。……そんなことではないかと思っていました。
「いつまでも加減を知らない乱暴者で。お恥ずかしいですわ」
「そんな! あの時の黒様は、自分も大怪我してたのに、オレを助けようと必死で……」
「ええ。緊急事態ということで、許してやってくださいませ」
努めて軽く流しましたが、本当は私の方こそ、お礼と謝罪をしなければと思っていました。
術から抜ける方法を伝えたのは私、迷わず実行したのは黒鋼。あなたの責任ではありません。
そのために辛い思いをさせたこと、どうかお許しください。
……ですが、その件について、私の口から謝るべきではないとも思うのです。
未来へ繋ぐための、あれが唯一の手段でしたから。
飛王の手に屈せずに先へ進むことが、私の譲れない願いでもある。
そして貴方も、共に歩む未来を望んでおられるのでしょう? いいえ、違うとは言わせません。
私はファイさんにお会いしてみたかった。私が出来なかったことを成し遂げてくれたその人に。
かつての黒鋼は、手に負えない暴れん坊でしたわ。
賊を捕らえるだけで用が足りるものを、鍛錬代わりに容赦なく斬って捨てるような。
元々黒鋼は、守る為に強さを求めていた筈でした。
愛する者を守れ、とのお父上の教えに従うべく、強くなろうとする努力は怠りませんでした。
けれど、せっかく手にした力も、守りたい大切な人がいなくては意味がありません。
……私では、それは適いませんでした。
主と仰いではくれましたが、護るべき者と守りたいものは、やはり別物ということですわね。
強くなるために護衛職に就くのと、守るために強さを求めることは違います。
警備の要としてはこの上ない人材でしたが、中身はいつまで経っても腕白坊主のままでしたわ。
守りたいものを失い、蓄えた力を持て余して、賊を相手に暴れることで発散させていた。
視えた未来はともかく、本当に桜姫の守り役が務まるのかどうか、甚だ不安でした。
でも。異なる世界の私から聞いた限りでは、なかなか立派に務めを果たしていたとのこと。
ここまで成長させて下さったこと、感謝いたします。
そしてこの方の様子を見れば、どうやら慕われるに足る人間にもなることができたようですし……
今の彼ならば、きっとお父上との約束も果たせることでしょう。
強さを求めるばかりだった黒鋼が、ようやくその力を揮うべき対象を得られたことが嬉しいのです。
どうかこれからも、良い方向へ導いてくださるよう、末永くよろしくお願いいたしますね。
黒鋼がぶん殴られる所を見たがる知世姫(笑)が書きたかっただけなのに、長ぇよ! すごい時間も掛かったよ。
微妙に外れた敬語ムツカシイ……(さすがに、黒鋼に対して尊敬語は違うんじゃないかと思うんだ)
知世姫って、ファイから見ると聖母様のようでいて、その実、素の性格は腐っても知世ちゃんであって欲しい。
OAD日本国衣装のカラーが公開されましたが、ちょっと清楚とは言い難いかもー(笑)
20.11.10
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167話前 発注
知世姫に呼ばれるままについて行った部屋を辞すると、少し湿った夜の空気がオレを包んだ。
吹いている風は、こんなに薄い服でも寒いと感じないくらいに、ほんのりと優しい。
日本国には四季があるって言ってたっけ。えっと、たしか暑いのが夏で、寒いのは冬。今は?
無数に煌く星。弧を描く月の白い輝き。その前を、霞みたいに薄ーい雲がゆっくりと流れる。
風に乗って廊下に舞い落ちる花びらは、桜都国で散り果てることなく咲き誇っていた桜の花。
あぁ、綺麗だね…… この国に来て、今初めて景色を見たような気がする。
花びらに誘われて、庭に下りてみる気になった。
見渡せば、桜以外にも様々な植物が花をいっぱい咲かせている。
姫様のお部屋の前だから特別なのかもしれないけど、今まで気付こうともしなかったなぁ……
夜だから色は判らないけれど、多くの植物が競うように花を付けて、幽かな月の光を浴びている。
きっと昼に見たら、色とりどりの花で彩られているのを見ることができるんだろう。
少し歩くと、大きな池に出た。お庭の中なのに、立派な橋まで架かっているのが見える。
平らで大きな石が水の中に飛び飛びに並んでいて、その上を歩けるようになってるのが面白い。
渡ってみようとして1歩踏み出したら、フラついて落ちそうになるほど足が萎えてた。びっくりー。
なんとか無事に真ん中の小さな島まで渡って、そこでひと休み。
金ピカや赤白黒ブチの大きな魚がいるのを見た気がするけど、今は姿が見えない。
とろりと黒く静かな水面に、時折風に運ばれた花びらが舞い落りて、月の姿を揺らす。
黒様が、明日、目覚めるんだって。
黒様に、明日、会えるんだって。
……どうする?
言いたいことがあり過ぎる気もするし、何も言えないような気もする。
何を言ったらいい? オレのせいで腕を失くした黒様に。旅の最終地点に辿り着いた黒様に。
でも今は。それを考えるよりも先に、することがあるよね。
池のほとりにしゃがみ込んで、月を映した水面に手を伸ばす。
指先を水に浸して呪文を紡ぐと、揺らいだ月の形が戻ると同時に、人の姿が現れた。
額から光を出してる黒いモコナを肩に乗せた、お馴染みの。
「魔女さん、こんばんはー」
「今晩は。最近よく呼ぶわね。モコナを通さずに」
セレスに行く前、初めて自分で魔女さんにコンタクトを取ったのが、もう大昔のことみたい。
「魔法を使わない理由はなくなりましたしー」
王も、呪いも。酷い形でだったけど、一応の決着は付いた。もう恐れる理由はないんだ。
「それに…… これで最後ですから」
そう、これが最後の魔法。
できるなら黒様のために使いたかったけど…… 使った結果が、あんなことになっちゃったし。
「決めたのね」
「……はい」
残り少ないですけど、オレにとっては、自分が持って生まれた最後の力です。
強すぎる魔力を呪ってもいたけど、やっぱりオレはずっと『セレス国の魔法使い』だったから。
魔法を使わなくても『魔法使い』を名乗れたけど、魔力を失ったら魔法使いではいられない。
だから。オレにとって、それなりに大切なものだと認めてくれますか?
厄介払いだと思わないでくれますか? 対価として、認めてくれますか……?
「その魔力と引き換えに、何を願うの?」
何でもお見通しのくせに、魔女さんは律儀に訊いてくる。
「黒様の左腕を」
「身体の一部も命と同じよ。既に失なわれたものは戻らないわ」
「解っています。だから精巧な義手を。どうか、黒様の意のままに動く腕を、お願いします」
オレが奪った腕の代わりに。黒様の失った力を補う、黒様が自由に操れる義手を下さい。
返事がない。……ダメ、ですか?
「それで足りなければ、視力も付けます! あとは、腕や足くらいしか……」
「言ったでしょう? 本人にとって価値のあるものでなければ、対価に値しないって」
「オマエ! 対価にならないほど自分を軽く扱うなよ。これ以上モコナを泣かすな!」
「あ、うん…… ゴメンなさい」
あっちのモコナに怒られちゃった。そうだね、モコナが泣いちゃう。きっと黒様も怒るよね。
黒様が腕を犠牲にして助けてくれたんだから、その分オレは、自分も大事にしなきゃいけない。
「……いいでしょう。魔力を対価として、精巧な義手を。その願い、叶えましょう」
「! ありがとうございますっ!」
「近々届くでしょうから、支払いはそのときでいいわ。それまで、せいぜい名残を惜しんでおくことね」
「はい……?」
オレにはもう、魔法で解決したいことなんてないのに。黒様が明日帰ってきてくれるから。
治癒魔法が使えないオレに代わって、知世姫とお医者さん達が、手を尽くして治してくれたから。
……あ。でもだからって、要らない物って訳じゃないです! 大事なのは本当ですよ!
これで大丈夫。魔女さんが約束してくれた。
黒様には、失くした腕には遠く及ばないけれども、それなりに動く義手が手に入るはず。
黒様の左手。
力強くて優しくてあったかい、オレの大好きな、黒様にとってはもっとずっと大事な左腕。
日本国を思うとき、掌に白く残る古い傷痕を見てた。
ドラゴンフライレースで怪我をして、掴まえたままお医者さんに引っ張って行った。
都庁で。チェス会場で。オレの腕を心ごと鷲掴みにして。
オレに食事させるたびに増える傷を子供たちに見せないため、リストバンドが手放せなくなって。
セレスでは、最後の最後までオレを離さないでいてくれた。指の跡が残るほどに。あんなに重傷だったのに。
蒼氷を肌身離さず持っていられるように、オレが魔法を掛けた腕。
黒様の役に立ちたかったんだ。なのに。……そのせいで腕を失うことになるなんて!
戦いの最中、何種類も自在に繰り出してた剣技も、片手じゃきっと使えない。
だからせめて、自由に動く代わりの腕を。
違和感を感じないくらい高性能な義手なんて無理だろうけど、不自由を少しでも減らせるように。
強くなりたかった黒様の、腕を失くしたことで激減してしまった力。少しは補えるといいけど。
黒様の腕の、力強さだけでも取り戻せたらいいなぁ。
どんなに高性能な義手だって、どうしても再現できないものはあるから。
あの泣きたいくらいの優しさと温かさは、もう、戻らないんだ───
書かないよと開き直りの宣言までして、普段は極力省いてる風景描写ですが、時に必要なこともある……
そんな状態でまともに書けるはずもないので、字書きのくせに不憫な奴とスルーして下さると助かります。
一人称なので、結果的に風流を解さないキャラになってしまって申し訳ない。
勝手に花いっぱいにしちゃったけど、実際は桜しかなくて、わびさびの石庭メインだったらどうしようー(笑)
実際三日月だと、ほとんど闇夜だと思うのですが、そこはそれ吸血鬼の視力でカバーしてください。
吸血鬼化の時にも黒鋼の左腕が萌えな活躍をしてた覚えがありますが、さすがにファイにその認識はないよね。
20.11.23
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