官職|官制大観_律令官制下の官職に関するリファレンス
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予備知識:

官職

(最終更新日:99.05.31

 − 目次 −




 

『官』と『職』と『役』


たとえば「摂政」という仕事は『官』なのか『職』なのか『役』なのか。
『官』『職』『役』という言葉には当然のことながら区別があります。

しかし実は、律令時代当時どうだったのか、現代ではわからなくなっています。

現代であれば、
『官』は、官吏という意味、もしくは「官/民」などというときに「役所」を指して用いられています。
『職』は、「営業」「経理」などの業務、または「大工」「サラリーマン」などの職業、または「部長」「係長」など職業上の地位・立場という意味で用いられています。
『役』は、「議長」「案内係」「カギ当番」など業務上の地位や役目・役割、の意味で用いられています。
....よね。

しかし、律令時代の『官』『職』『役』の語の用い方は、ほぼ同じ時代の書物でも、「○○省」という役所を一方では『職』と定義してあり、もう一方では『官』と定義してあったりして、混同が見受けられる(らしい)のです。

その傾向は、時代が下るほどにひどくなっていったらしく、現代では、当時の『官』と『職』の区別に関して諸説あります。
 ・ 官位相当のあるなしの違いだった。
 ・『官』=令に規定があるもの / 『職』=令に規定がないもの(令外〔りょうげ〕)、だった。
 ・ 設置時期の違いだった。
 ・ 官舎のあるなしの違いだった。 ....等々。

....というわけで、(なんか、凡例みたいになりますが(^^;)、
わたしは現代語に基いて、『官』『職』『役』を概ね以下のように考えています。これらは当時の定義付けとは異なる可能性がありますし、現代の書籍では『職』と『役』の分類はあまり統一されていない(同一人物の文章内ですら異なる表現がなされている場合があります)ようなので、それらとも違っているかもしれません。


『官』

 例: 「太政官」「中務省」「衛門府」は、それぞれ〜を担当する官です。

役所・組織。またはその役所・組織の官吏。

この「官」という言葉は紛らわしいので、本文中では滅多に用いず(気付かずに使っている可能性はありますが)、通常は「〜を担当する役所・組織です」とか「〜省の役人(官吏)が〜します」というふうに「組織」と「人」とを言い分けています。


『職〔しょく〕

 例: 「左大臣」は〜を担当する職です。

特定の役所・組織内に於ける、官吏としての職務・職責を伴う地位・立場。


『役』

 例: 「摂政」「内覧」は〜をする役です。

それぞれの官吏が務める具体的な任務・担当・役目。

現代で言えば、たとえば「議長」「班長」「幹事」「司会」「案内係」「お茶係」「カギ当番」など。
(摂政・関白などを「役」ということには若干迷いがありますが。)


『官職』

 例: 「摂政」は令外の官職です。

官・職・役の汎称。また、『役職』と言っている場合は、職・役の汎称です。



「官職」のことを、当時は(ご存知のように)『つかさ』と言いました。【つかさ】=積み重なった(高所)、の意があり、たて型の組織形態が表されています。「つかさどる」という言葉も【つかさ】を「とる」ですね。
 
また、位階を指して「くらい」と言いますが、職や役を指しても『くらい』と言いました。これは両語が、同じ【座居〔くらい〕】(=身分等級によって定められた座席)という語に由来するためのようです。
現代でも、部長の「位」に就く、〜長の「座」に就く、〜長の「椅子」に座る、とか言いますね(位階のニュアンスの方が強い気もしますけど)。


 

職の任命


律令官制では、官職に関するあれこれは「令〔りょう〕」や「格式〔きゃくしき〕に規定されており、『職』は、位階を基準として任命されます。この規定が『官位相当』で、大宝令以降、定められます。

「官職」はその人の「立場」を表し、「位階」はその人の「身分」を表します。

官位相当のシステムで大納言職から右大臣職へ官吏として昇進する場合、右大臣職就任に伴って位階が上がるのではなく、大納言職での功(年功・君寵その他を含む)によって位階が上がり、位階が上がったことによって、その身分相当の職(この例では右大臣)に就けられることになります。

ただし規定通りに官位が相当していない場合もあります。
たとえば、在職中、功績を認められて上の位に叙せられた(=次の『除目』での昇進を待っている状態)とか、位階の高い人が本来の職の他に下位の職を兼任している場合などです。

また、現代と同様、職ごとの定員も規定されてますので、位階が上がっても、相当の職に欠員がない場合には、官吏としての地位は、原則的には、上がりません。

他に、位階が上がって、相当の職に欠員がある場合でも、『叙留』して、現職のままで置かれることがあります。
これは現代のサラリーマン感覚では「出世しなかった」印象を受けますが、多くの場合、名誉なことなのです。現代の「出世しない」に相当するのは位階(身分)が上がらないことです。

各役所の長官など、重要な職は位階の高い人があれこれ兼任しています。
また、兼任規定によって、某職に任命された際、付随的に別の某職にも任命される、といったこともあります。

もともと兼任職と定められているものや下級職員の務めるものなどでは『官位相当』の規定がない職も少なくありません。
朝廷には、無位の人(=位階を持たない人)も下級職員その他として多く勤めています。

〔りょう〕規定の定員外に人員を置く場合には、その職名の頭に『権〔ごん〕』を付けて「権大納言」「権中将」などとし、これらを総称して『権官〔ごんかん〕と言います。

【権】は「定員外の・仮の」の意ですが、どの職に定員何名の権官を置くといったことも「式」などで規定しますから、「定員外」と理解するより、正員ではない「張り出し」立場の職、と考えた方が適当かもしれません。

定員はいずれも最大数を規定するものですから、法的には、全くの空席であっても構いません。事実、そのようにして廃れていった職もあります。


 

職の等級

 

四部官〔しぶかん〕(四等官〔しとうかん〕/四分官〔しぶんかん〕


大宝令以降、それぞれの役所では、現代の〜大臣(長官)とか部長・課長・係長といった管理職に相当する地位として、有位(=位階を授けられている)の官吏の四等級の職責区分(長官〜四等官まで)が定められています。
これを『四部官』或いは『四等官』『四分官』などと言い表します。
(※『四部官』『四等官』『四分官』は、いずれも学術用語(と思います)で、現在最も一般的な表現は『四等官』と言い表すものです。)

※ 官制大観が『四部官』優先で3表現を併記している理由は以下の通りです。こだわらない、どーでもいいと思われる方は飛ばしちゃいましょう。

小規模な役所や地方の役所などでは、職責区分が四等級ではない=三部官(三等官)制・二部官(二等官)制である場合もあります。

役所によってそれぞれ『四部官(四等官・四分官)』に当てられる漢字は異なりますが(下表参照)、いずれも[カミ・スケ・ジョウ・サカン]と読みます。
また、当てられた漢字のまま読むこともあります。(例えば「判官」は通常[ジョウ]と読みますが、ご存知のように[ほうがん/はんがん]と読むこともあります。ちなみに源九郎義経判官は「検非違使尉〔けびいしのジョウ〕」でした。)
そうした読みによって、その四部官(四等官・四分官)が務める役所を特定できる場合もあります。

※ 官制大観では、以降、『四部官(四等官・四分官)』はカタカナ表記しています。
  カタカナのカミ、ジョウなどという言葉がありましたら『四部官(四等官・四分官)』のこととお考えください。



 ・「長官」=[カミ]
役所を統括します。

 ・「次官」=[スケ]
カミの統括を補佐する立場で、職掌はカミと同じである場合がほとんどです。
役所によってはさらに大少の等級に分けられていることもあります。

 ・「判官」=[ぜう〔ジョウ〕/ほうがん/はんがん](和名で『まつりごとひと』とも言います)
三等官で、役所内を糺判し、宿直を把握し、公文書の監査審査を担当します。
役所によってはさらに大中少の等級に分けられていることもあります。

※ 現場での諸務を実質的に統括しているのはこのジョウなので、単に「どの役所が〜をした」などと言われているときには、概ね「ジョウ」が〜したことを指しているのだそうです。(『官職要解』より)

 ・「主典」=[さくわん〔サカン〕
四等官で、必要に応じて公文書の作成・記録・受付・登録・管理・読み上げなどを担当します。
役所によってはさらに大少の等級に分けられていることもあります。

 
− 各役所の四部官(四等官・四分官) −














兵衛府

衛門府

検非違使




斎院司

鋳銭司

勘解由使

造寺使
など





カミ
長官
太政大臣
左大臣
右大臣
内大臣
大夫
奉膳
大将
別当
将軍長官
使
尚〜大領
スケ
次官
大納言
中納言
参議
典膳中将
少将
副将軍次官典〜少領
ジョウ
判官

少納言
将監軍監判官掌〜主政
サカン
主典

外記
令史令史将曹軍曹主典主帳

この『四部官(四等官・四分官)』の下に『史生〔ししょう〕』といった下級職員が配属されています。

役人を指して「官人〔かんじん〕」と言っている場合があります。唐代の役人の正式名称が「官人」で、日本の令制に於いても官吏の総称として用いられ、平安前期までは特に「四部官(四等官・四分官)」を指して言っている場合もあります。しかし平安中期以降は逆に、上級官吏とは一線を画される、六位以下の下級官吏を指す呼称となります。


 

別当と勾当


あらかじめカミは兼任と定められている役であったり、小さな組織などでは、長官を『別当〔べっとう〕とし、その下に『勾当〔こうとう〕が置かれている場合も多くあります。

「別当」=本務とは「別に担当」する、「勾当」=「専任で・専門的に担当」する、の意です。とはいえ「勾当」も兼任で担当している場合が少なくありません。「勾」は「句」の俗字で「任に当たる」の意です。


 

任官時の職等級


大宝令以降、職は、任官の際、以下の等級に分けられています。

ただ、当初はこれが身分等級ともなっていましたが、後世になるとこの等級分けが関係するのは『除目』(=任官の儀式)のときぐらいで、普段の実務では『四部官(四等官・四分官)』によって秩序付けられますし、身分は位階や待遇を基準に「公卿〔くぎょう〕・殿上人〔てんじょうびと〕・地下〔じげ〕・庶人〔しょにん〕」などと言い分けます。(※「公卿・殿上人・地下・庶人」参照)



 ・『勅任』『勅任官』
天皇が自ら任命すること、またその職を言います。
令制初期であれば、大納言以上(時代が下り令外の職が加わると、おそらく参議以上)、及び、左右大弁、八省・五衛府(のちに六衛府)・弾正台・大宰府の「カミ」などが該当します。

 ・『奏任』『奏任官』
太政官から天皇へ奏聞して任命すること、またその職を言います。

 ・『判任』『判任官』
式部省・兵部省から太政官に上申して、太政官で任命すること、またその職を言います。

 ・『判補』『判補官』
式部省で任命すること、またその職を言います。

 

職の種別区分

 

品官〔ほんかん〕


官位相当の規定があって、かつ、役所内で四部官(四等官・四分官)とは別系統の組織を構成する官職を指して言います。
たとえば、刑部省内で、四部官(四等官・四分官)とは別に、裁判に従事するため置かれている「判事」などの職がこれに当たります。

「品官」である官職はいずれも、四部官(四等官・四分官)に較べて職掌の専門性が高い職種ですが、独立した役所を構成するまでには至っていないものです。

ちなみに、中国の制では、位階が九品〔ほん〕(日本の位階では最下位の初位に相当する位)以上の官品と規定されている(つまり、官位相当の規定がある)官職全般を指して「品官」と言います。日本の「品官」とは微妙に異なりますので注意が必要です。


 

京官(内官)/外官


 ・「京官」「内官」
在京諸司(及び、その職員)を指します。具体的には(時代による変遷はありますが)、二官八省とその配下の諸司・弾正台・五衛府(六衛府)・馬寮・兵庫・京職・市司など、及び、後宮・東宮・家令(親王及び位階三位以上の人の家事を担当する職)が該当します。これら以外は「外官」ですが、摂津職は例外的に「京官」に準ずるものとされています。
ちなみに、養老令の頃の京官の人数を定員で見ると、四部官(四等官・四分官)で約430名、これに史生以下の下級職員を加えると約8300名となるようです。

 ・「外官〔げかん〕
いわゆる地方官です。在京諸司に対して在外諸司・京外諸司などとも呼びます。大宰府、国司、郡司、軍団などの役所・役人が該当します。

 

武官/文官


 ・「武官」
軍事・警察関係の役所に勤める役人、その他、刀剣を帯する役人の殆ど、を指します。具体的には(時代による変遷はありますが)、前者は弾正台、五衛府(六衛府)、軍団、後者は馬寮、兵庫などが該当します。
明治以降、陸海軍人(の下士官以上)を武官と呼ぶようになったので混同しそうですが、律令制下では、警備・警察の人員、下級役人等も武官ですので、注意してください。
官職としての武官の位置付けは文官に劣ります(もっとも一人の人が文官と武官を兼ねることが珍しくありませんので、武官である人が文官である人より低く扱われる、ということではありません)。武官の最高位は正五位上です。人事・管理等は兵部省(文官)が担当し、有事の際は文官が軍事指揮権を任せられることも少なくありません。

 ・「文官」
武官以外の役人を指します。上で、刀剣を帯する役人の殆どが武官であると説明していますが、文官でも例外的に、内舎人や大宰府の役人等、日頃から刀剣を帯している職があります。文官の人事・管理は式部省が担当します。

 

長上官/番上官


京官/外官を問わず、朝廷に勤務することを「上〔じょう〕」という語で表現し、毎日同じ職を勤務すること、つまり現代で言う常勤を「長上する」と言います。これに対し、ひとつの職を複数の人が交替で勤務することを「番上する」と言います(同様の語で「分番する」という言い方もあります)。番上は現代で言う非常勤とか派遣・出向・強制アルバイトに概ね相当します。
長上官/番上官というのは、この「上」の形態による区分です。

 ・「長上官〔ちょうじょうかん〕」「長上」
現代で言う常勤社員の立場が長上官です。略して「長上」とも言います。職を指しても役人を指しても用います。
ただし、「才伎長上〔さいぎちょうじょう〕」と総称される雑工は、常勤ではありますが、いわゆる長上官(長上)には含みません。

 ・「番上官〔ばんじょうかん〕」「番上」「番官」
現代で言う非常勤社員などの立場に概ね相当するのが番上官です。略して「番上」「番官」とも言います。職を指しても役人を指しても用います。
番上官は概ね役所の下級職員、その他、防人や衛士など庶人が課役として働く臨時職員です。
勤務評定(成績考課)の際の扱いが長上官よりも低く、ここから位階を進めて(昇進して)いくのは通常はかなり難しいでしょう。20歳から勤めて考課の機会ごとに毎回昇進したとしても、お爺さんになった頃、ようやく五位になれるか、といった感じです。

役人の出勤日数のことを「上日〔じょうじつ〕」と言います。
長上官の宿直の当番や、番上官の個々の勤務当番日を「上番〔じょうばん〕(の日)」と言います。非番のことは「下番〔げばん〕」と言います。ただし番上官であっても防人や衛士などの下番の日は必ずしも休日ではなく、軍事教習などに充てられたりします。


 

職事・職事官/雑任/散事/解代/見任(現任)/散位・散官


 ・「職事」「職事官〔しきじかん〕
「職事」とは、一応は、京官/外官を問わず、「職員令」及び「後宮職員令」に職掌を規定されている職を指すものですが、そのうちでも主に、概ね四部官(四等官・四分官)以上(後宮は三部官(三等官)制)の長上官、及び、令外の職の六位蔵人以上など四部官(四等官・四分官)に準ずる扱いのものを指して言います。「職員令」に規定されているものでも郡司・国造や軍団職員は含みません。「四部官(四等官・四分官)」が現代で言う管理職に相当する言葉とすると、「職事」は上級職に相当する言葉といえるでしょうね。この語は使われる場によって微妙に指す対象が異なるのですが、大雑把に有位の京官と国司・大宰府等の大規模な外官と考えてさほど外れません。職を指しても役人を指しても用います。
「職事」は「職事官」とも言いますが、その場合は概ね「職事」を勤めている役人を指すようです。

 ・「雑任〔ぞうにん〕
「職員令」に職掌を規定されている職のうち、「職事」から除外される、史生・使部・大舎人・兵衛といった下級職員を言います。大雑把に無位(=位階を授けられてない)の男性職員と考えてもさほど外れません。

 ・「散事〔さんじ〕
「後宮職員令」に職掌を規定されている職のうち、「職事」から除外される、女孺・采女といった下級職員を言います。大雑把に無位の女性職員と考えてもさほど外れません。

 ・「解代〔げだい〕
「職員令」に職掌を規定されている職のうち、「職事」から除外される、郡司・国造や軍団職員といった地方職員、及び、外散位(地方の散位)を言うようです。

 ・「見任(現任)〔げんにん〕
現在、何らかの職掌のある職に就いている人を言います。ただし通常、「雑任」「散事」や「解代」には用いないので、結局は「職事官」を指す言葉ということになります。

 ・「散位〔さんに/さんい〕」「散官〔さんかん〕
「職事」に対する言葉で、位階は授けられているけれども、現在、職掌のある職には何も就いてない人を言います。(ただし太政大臣は、まぁ職掌のない職とはいっても、散位とは言いません。)
「散位」は、過去に大臣等の重職を勤めた元エライ人の場合もありますが、その他、定員に空きがなくて就職できないとか、欠員はあるけれどもその職に就けるには本人の能力が足りないとかの場合もあります。いわゆる就職浪人の場合、もし六位以下であるならば、分番して散位寮に勤務しなければなりません(9世紀末に散位寮が式部省へ吸収されるまでの規定)。
「散位」は「散官」とも言います。「散官」という言葉は中国(唐)にもありますが、日本の「散官」とは意味が全く異なります。(詳細は「中国(隋・唐)主要官職概覧」の「官名」を参照してください。)

 

職の任免等に関する用語



 『除目〔じもく〕
古い官を除き新官を目する、の意で、任官の儀式です。以下の二種があります。
なお、「大臣」は除目ではなく『任大臣節会〔せちえ〕』を催して任じます。

司召除目〔つかさめしのじもく〕
京官(在京の官吏)を任命する儀式で、『京官〔きょうかん〕の除目』とも言います。もとは3月(2月?)3日(またはそれ以前)に行われましたが、平安中期以降、秋(または冬)に行われるようになり、よって『秋の除目』とも言います。

県召除目〔あがためしのじもく〕
外官(国司などの地方官)を任命する儀式で、『外官〔げかん〕の除目』とも言い、1月11〜13日に行われますので、平安中期以降、『秋の除目』に対して『春の除目』とも言います。

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 『現任』
職に就いている、という現役の立場(『職事官〔しきじかん〕』であるという立場)を表します。

 『散位〔さんに〕
位階はあるが何の職にも就いていない、という立場(『散官〔さんかん〕』であるという立場)を表します。

公文書へ署名する際、『現任』でない人は『散位』と記します。
ただし、過去に参議以上の重職を勤めたことのある人は「前右大臣」「前参議」などと書きます。

 『兼任』『兼帯』『兼官〔けんかん/かけつかさ〕
一人で複数の職に就くことを言います。
『兼官』を[かけつかさ]とも読むのは、「兼ねる」ことを「かける」とも言ったためです。

公文書へ署名する際、通例で『兼』の字を付記します。(※後述の「役人の署名」参照)

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 『兼宣旨〔けんせんじ〕』『召仰〔めしおおせ〕
大臣を任命する際に、前もってその旨、その人に申し下す宣旨を言います。

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 『補〔ほ〕
欠官を補う、の意で、任命することを言います。「〜に補す」

 『任官』『拝任』
職に任命されることを言います。

 『推任』
希望の有無に関わらず、上から推されて任命されることを言います。

余談:
当時、自分のよほど熱望する職がある場合、盛んに運動して根回しして願掛けもして、そうして任命されたものでした。(しかしそれが常識でも、あまり派手にやりすぎるとやはり呆れられました。どんなに運動してもダメなときはダメです。)


 『転任』
右大臣から左大臣へ、というふうに、官位相当通りに出世することを言います。
右大臣が大納言に落とされるようなときには、この言葉は用いません。

 『遷任〔せんにん〕
『武官』から『文官』に、『外官』から『京官』に、など職域違いの部署へ異動することを言います。

 『叙留』
「留」を叙す、の意で、位階が進んでも『転任』せず、そのまま現職に留められることを言います。
これは官吏としての地位が上がるよりも名誉なことで、「その職に於いて抜群の功績があった」とか「他にその職を勤めることのできる有用な人材がない」といった理由によるものです。

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 『服解〔ふくげ〕
父母の喪に遭ったとき、一時的に職を解かれることを言います。

 『復任』
服解があった人の喪が明けて(=「除服」)、元の職に復帰することを言います。

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 『致仕〔ちし〕
老年退職を言います。

 『復辟〔ふくへき〕
摂政がその役を辞すことを言います。【辟】=諸侯、の意です。


 『停任〔ちょうにん〕
過失その他の理由で一時的に職を解かれることを言います。

 『解官〔げかん〕
罪を犯したり、その他の事情によって職を解かれることを言います。


 『再任・元任・還任〔げんにん〕・還補〔げんぽ〕
退職した人が、その後、元の職に再び任命されることを言います。

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 『延任』
国司の所定の任期が延ばされることを言います。

 『重任〔ちょうにん〕
国司の所定の任期が過ぎても、引き続き勤めることを言います。

 『成功重任〔じょうごうちょうにん〕
功を成すための重任、の意で、寺の造営(天皇の願掛けなどのために建てられることも多いのですが)その他で資金が入用となったとき、朝廷への献金を行ったり造営を一身で引き受けるなどの運動をして、特別に許される重任を言います。
(※ 重任すると国司収入が増加するのです。)

 

役人の署名


現代と同様、公文書にはそれに関わった人の署名が必要ですが、その書き方には以下のような通例があります。




他に、中国では『試』の文字を付記することがありますが、日本では用いません。

以上の組み合わせで、従三位の人が官位相当の近衛大将の他に、正四位下相当の民部卿を兼任しており、民部卿としての仕事で署名する場合、

例: 左近衛大将 従三位 行 民部卿 足柄太郎金時

といった署名をします。

なお、『現任』でない人は『散位』と記します。ただし、過去に「参議」以上の重職を勤めたことのある人は「前右大臣」「前参議」などと書きます。




[官職] [位階] [俸給] [公卿・殿上人・地下・庶人] [皇居、及び、皇族呼称など] [京・宮・みやこ(付:唐の長安城)] [藤原宮(新益京=藤原京)] [平城宮] [長岡宮] [平安京] [大内裏(宮城)] [内裏] [清涼殿] [八省院(朝堂院)] [豊楽院] [諸国]
[官制大観総目次][予備知識 総目次][官制の沿革 総目次][官職 総目次]
[役所名50音別索引]

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